第八話 アンダーボス、曰くつきの店。
まずパンツが捨てられた場所を特定する。
そして、トランクを取り違えたやつを見つけて、爪を剥いで、帳簿の読み方を吐かせる。
でなければ、レウス商会は滅亡である。
「これは役に立つ情報か分からないが――」
と、クルス。
「ダミアン・ローデヴェイクは〈お百姓さん〉と呼ばれている。怒らせると、真上から拳が降ってきて、人間が縦に、首まで地面にめり込む」
「貴重な情報をありがとう。ドン・ヴィンチェンゾ」
アルファロの態度は落ち着いていて、立派だ。
さっきまでふたりでぶち込まれていた牢屋で、ヤバい、と連呼していたとは思えない。
「きみたちは契約殺人を生業としていたな。試すだけのことはしてみるかね?」
「いや。自分の実力はきちんと把握しているつもりだ」
ああいう人間はみんな戦争に行くべきなのだ。
「昼食はどうだね? いい店を知っている」
その店はロデリク・デ・レオン街の路地にある〈ブリガンド〉。
名前だけはテオフィロもきいたことがあった。
去年の十月。ケッレルマンネーゼ戦争でポルフィリオ・ケレルマンとパスクアル・ミラベッラが殺された店だ。
ポルフィリオは滅多切りにされ、何十発も弾丸を食らって飛び散った。
今でも、掃除をすると、ごく小さな干し肉のようなものが床板の隙間から見つかるが、これが爪楊枝でほじくり出された牛肉のスジとは言い切れない。
〈ブリガンド〉は個室がない店で、入り口から廊下に入り、右の扉にテーブルが五つあるだけだ。
クルス・ファミリーのアサシンのうち、ふたりが表に残り、ふたりは裏手を警備するために姿を消した。
食堂には先客があった。
バジーリオ・コルベックとバティスタ・ランフランコ。
現在のケレルマン商会の統領と副統領だ。
ふたりとも山賊派閥の人間だが、灰色の山羊髭のバジーリオは学者風に見えた。
一方、照り焼き風に焼かれた手羽先の山を無心で引き裂いて肉を皿にためているランフランコは太い首にいかめしい顔で、三キロ先からでも山賊と分かる。
クルスがあらわれると、ふたりは食事の手を止めて、お互いの名前にドンをつけあって、握手し、家族のことや天気のこと、明日カラヴァルヴァを阿鼻叫喚の巷に叩き込む予定のサッカー、最近死んだ共通の知り合いのことを口にした。
「ラサレーロが死んだそうだ。ドン・バジーリオ」
「風呂で溺れたときいたよ。足でもつったんだろうな。トマソ・ランパはカサレス塔から飛び降りたときいたが」
「ある賭博師から、田舎者の金持ちのカモがカードをしに来るから、裸に剥いてやろうと持ちかけられて、全てが終わってから、そのカモが自分だったと知った」
「カモはいつでもカサレスから飛ぶ」
「違いない」
「そちらは? 初めて見る顔だ」
「こちらはドン・アルファロ・レウスとドン・テオフィロ・イェード」
「辺境伯領だな」
それまで一心不乱に手羽先の肉を削いでいたランフランコが口を開いた。
それから何か言葉が続くかと思ったが、ランフランコはまた手羽先裂きに戻った。
ゼメラヒルダはバジーリオ・コルベックと既に面識があった。わけあってマリスオドの両替屋から動かせなかった三千枚の金貨を見事な取引で逃がしてくれたことがあったのだ。
人間とゴブリン、それぞれ非の打ちどころのない作法で挨拶し、先物取引の危なさに関する軽いジョークを交わした。
テーブルにつくと、やってきた給仕に鶏の山賊焼きを頼み、それから話が始まった。
「大方、トランクを間違えた男はコルデリノ商会から強請るか、ライバルに売りつけるつもりで帳簿を持ち出したんだろう。街道で襲ってきた盗賊や下着を食わされた剣士たちもコルデリノが雇ったに違いない。見つけたらどうする?」
「欲しい情報を引き出して、後は放っておく。コルデリノが始末をつけるさ」
「まあ、これは身内のごたごただからな。コルデリノがやらなきゃメンツが立たない」
ヴィンチェンゾ・クルスや他の〈商会〉と話すときのアルファロはとても理知的で、まさにボスになるために生まれたように見える。
これでボスは嫌だ、面倒くさい、怖い、というのがテオフィロには理解できないし、自分が副官として精いっぱい支えなければいけない。
だが、その支える内容は多めに注文した鶏を持ち帰るための小さな陶器を取り出そうとするアルファロの手をつかんで押さえるとかそんなことだったりする。
「本来なら帳簿も返したいところだが、それはダミアン・ローデヴェイクが絡んだ時点で不可能だ。ドン・フェルナンド・コルデリノもそのくらいのことは分かっている。ローデヴェイクは全ての商売を潰せるとは思っていないが、人身売買だけは潰される。仕方がない。麻薬や人身売買はリスクが高い。ダミアン・ローデヴェイクもまたそのリスクの一部だ。勉強としてあきらめてもらおう」
「コルデリノが納得しなかったら?」
クルスは小さく渋面をして、小さく首を横にふった。
「それはあり得ない。ドン・フェルナンドは絶対に納得する」
つまり、納得するしかない状態に追い込むということだ。
食前酒が運ばれてくると、ヴィンチェンゾ・クルス以外の全員が透明な果実酒で舌を湿らせた。
クルスは細い葉巻の端をナイフで切り取り、燭台で火をつけると、紅茶の香りがする紫煙をくゆらせた。
「帳簿係は甥に探させよう。あれでもなかなか働きものでね。年上を敬うことも知っている」
「礼を言う。ドン・ヴィンチェンゾ」
「むしろ、こちらが招待したのに、こんなことになって申し訳ないくらいだ」
スパイスのきいた鶏を食べながら、ヴィンチェンゾ・クルスは〈石鹸〉がまた流行り出したこととサアベドラが活発に活動していることについて話した。
「サアベドラはヤク専門のダミアン・ローデヴェイクだ。魔族の血が半分入っていて、自分では魔法剣士を名乗っている。実際、立派な魔導属性付きの剣を背負っているが、それが使われているところを見たことがない。基本的に素手だ。わしらはヤクは扱わないから、心配はないが」
「サアベドラ……。兄にヨシュアという男がいないか?」
「ああ。いる。知っているのか?」
「一緒に仕事をしたことが何度かある」
「ほう。てっきりひとりで仕事をすると思っていた」
これがアルファロのことを言っているのか、ヨシュアのことを言っているのか。
アルファロからきいたのだが、最後にヨシュアと会ったとき、暗殺術が冴えに冴えたのを見た。
なんでも、大切な人ができた、その人に釣り合うよう、自分を高めなければいけない、と切磋琢磨しているらしい。
正直、ヨシュアは女に興味があるタイプには見えないし、色恋に惑う男にも見えなかったので意外だった。
「これから、ある製本業者のもとに行って、それからコーデリアのもとに行く。どこで下着を手に入れたかたずねるが、まあ、故買の仁義があるから教えられないと言うだろう。そこで製本屋が利いてくる。その男は〈ハンギング・ガーデン〉に金貨八十枚の借りがあるからな。たとえ下らん詩だとしても、さぞ豪華な本を大急ぎでつくってくれることだろう。さて、メインディッシュがやってきた。いまは昼食を楽しもう」




