第七話 ラケッティア、保釈金積んどこっか。
レウス商会のボスとアンダーボスが往来で人間にパンツを食べさせようとした罪で捕まったときいた。
街の浮浪児たちはこの手のネタを教えに〈ちびのニコラス〉まで走る練習をしている。
この手のメッセンジャー・ボーイたちは他の商会にも行くが、〈ちびのニコラス〉では白銀貨が一枚とラム酒がちょろっともらえるし、普通なら何ももらえないはずの二番手三番手にも大銀貨と銀貨二枚を与えている。
そのおかげでヒッチコックの鳥みたいにガキんちょがわらわら集まってくる。
ふむ。しかし、他人にパンツを食わせたとは。
行進沿道やかましく絞首台の階を昇るほどの罪ではないが、捕まった相手がダミアン・ローデヴェイクだったのが、ついてない。
「ダミアン・ローデヴェイクとはどんな人ですか?」
ゼメラヒルダにたずねられたので、
「カネが通用しないサツ」
修辞学をすっぱり切り落とした理想の解答。
「賄賂が通用しないんですか?」
「非常に珍しい職業倫理をお持ちだ。身の丈はここの梁に届くくらいデカくて、もし、やつを怒らせたら、真上から降り注ぐ拳を避けるために走りまわらないといけない。でも、ほんとにデカいやつだから、ここからサンタ・カタリナ大通りまで逃げても、やつの間合いを抜けられるかどうか」
こちらとしては山海の珍味で出迎えようと思っていた連中が、いきなりくさい飯を食うハメになるというのは、同盟相手としてどうなんだろう?
ちょっと甲斐性がないよな。
でも、賄賂が通じないしなあ。
話もあんまり通じるほうじゃない。
「アレンカ。二階に行って、ジルヴァとマリスも呼んできてくれ。ふたりの身元を引き受けにいく。それとカールのとっつぁんが印刷所に〈ラ・シウダデーリャ〉にいるはずだから呼んできてくれ」
――†――†――†――
治安裁判所ってのは時計塔なんて生やしてるくせにひどくボロくて隙間だらけの安普請で、一度大金出して、匠にリフォームしてもらえばいいのに、ケチってちまちまなおすもんだから、結局一番カネがかかっている。
家は三度建てて、ようやく完成を見る、なんて言うから、そりゃあリフォームを極めるのは難しいが、問題は複式簿記での話なんだから、もうちょっと思慮を働かせるべきだろう。
結局、自分の懐が痛まないから、そういう中途半端で無駄のある使い方をする。
「ここが治安裁判所なのですか?」
「うん。街で一番カネを持っている建物だ。なにせカラヴァルヴァじゅうの〈商会〉から売り上げの半分を取ってる」
「あなたのカジノよりも?」
「だって、あそこの儲けの半分をここに収めてるんだよ?」
メンツはゴッドファーザー・モードのおれ、マリスとツィーヌが前衛、アレンカが火力支援、ジルヴァが偵察、そして、法律顧問としてカールのとっつぁん。ゼメラヒルダが後学のためにしたいとして、オブザーバーとして参加している。
「ゴブリン金融は人間にどのくらい払ってるの?」
「二割です。向こうは七割取った気でいますが」
「いいよなあ。なぜかおれたちの儲けを治安裁判所はきちんと把握してるんだ。絶対に半分よこせって言ってくる。やつらのマイホームの頭金はおれが払ってるようなもんだ」
さて、治安裁判所に入って、ダミアン・ローデヴェイクにどうか釈放してちょーだい、とお願いする決心がついた。
汚職判事や腐敗警吏たちはもうダミアン・ローデヴェイクがおれたちの客をパクったことを知っているから、腫物のごとく避ける。
こいつらは普段売り上げの半分を持っていくくせにおれのためにダミアン・ローデヴェイクに口をきく手伝いをしようともしやがらねえ。
まあ、その口に一発もらって歯が全部吹っ飛んで、残り一生どろどろにした粥しか食えない体にされるかもしれないが。
でも、半分取ってるんだからなぁ。
イヴェスとダミアン・ローデヴェイクは人間が折り重なる腐敗のなかで正気を保つには狂気をはらむしかないことの標本だ。
さて、ダミアン・ローデヴェイクは自分のオフィスを持っていない。
治安判事と警吏長だけだ。自分の部屋を持てるのは。
ダミアン・ローデヴェイクは終わらないすごろくだ。
手柄があって、警吏長に昇進するが、貴族や金持ちのドラ息子を半殺しにして、警吏に戻る。
だが、そもそも出世のために働いているわけではない。
降格されたら、またいつものように犯罪者をしばき倒すだけだ。
ダミアン・ローデヴェイクは一階の夜警用の広い部屋にいた。
夜警たちの外套が壁のフックから下がっていて、そこで潔癖警吏は履いたままの長靴の胴に油を擦り込んでいた。
なんだかんだでやつもイヴェスと同様、極貧生活を余儀なくされているから、物持ちはよくしようと頑張る。
それにあの長靴、つま先に鋼鉄をかぶせている。
殴り倒した相手の顔をあれで蹴るのだ。
「身柄を受け取りにきた」
おれがそう言うと、ローデヴェイクは立ち上がった。
デカい。デカすぎる。牛乳や煮干しでは説明がつかないほどデカい。
人間の心臓の大きさはみんな変わらない。
だから、相撲取りや世界一身長の高い人は心臓に負担がかかり過ぎて長生きが望めないと何かで読んだが、その理論はこの男にも通用するのだろうか。
カラヴァルヴァで手っ取り早く成り上がりたいフーリッシュ・スーサイダーズがダミアン・ローデヴェイクを倒そうとするのだが、みんな首まで地面にめり込んでニンジンみたいになっちまう。
作物になりたくなかったら、賢く生きることだ。
「あのふたりが何を持っていたか知っているか?」
まるで神さまみたいに真上から言葉が降ってくる。
「ひどく粗末の下着を二枚持っていたときいた」
「四枚だ」
「そちらの情報は精度がいいな」
ところで、ダミアン・ローデヴェイクは物凄く大きな顎ヒゲを持っている。
アレンカが丸ごと隠れてしまうくらい大きいが(むーっ、アレンカはそんなに小さくないのです!)、それが胸を隠す程度で済むところにこのデカさを感じる。
「精度も何もない。持ち物を全部取り上げてぶち込んだ。トランクに三枚、口に突っ込まれたやつから一枚」
「それで、この国では襲いかかってきた剣士崩れの口に下着を突っ込むのが罪なのかね?」
「別に。もし、おれだったら、そのパンツは油に浸けてから喉まで突っ込む。人間がドラゴンみたいに火を吹くところを見たことがあるか?」
ある。ツィーヌが作ってくれたチリコンカンを食べたとき、おれは火を吹いた。
「あのふたりを釈放しないのは――」
と、ダミアン・ローデヴェイクは一冊の帳簿を取り出した。
「こいつだ。やつらが持っていた。見たところ、よく分からない符号だらけだが、おれはロンデのコルデリノ商会の裏帳簿だと思っている」
レウス商会のふたりを襲った剣士どもがゲロしたんだろう。
どんな目にあったのかは考えたくないもんだ。
「あのふたりは、これは取り違えたもので自分のものではないと言っている。それが嘘か本当かは分からん。どうでもいい。最近、コルデリノ商会は人身売買を始めようとしている。そのための船と売春宿がある。やつらは子どもに客を取らせるかもしれん。だから、この帳簿の読み方を突き止めるようあのふたりに言った。二日以内にだ。それまで釈放する」
あーあ。
これはひでえことになったな。
二十四時間以内に〈商会〉の帳簿を読めるようにしておけ。さもないと作物にするぞ、と脅してきてやがる。
レウス商会のふたりは沈着冷静タイプだから、落ち着いて対応できると思うが、それでも間違っても逃げたりしないよう、念を押しておこう。
辺境伯領はハードな土地だが、ダミアン・ローデヴェイクはそこまで追ってくる。
振り切るのは無理だ。
帳簿の読み方を知っているのはボスと帳簿係だけだ。アンダーボスだって読めない。
トランクを取り違えた男。
そいつを探させよう。
まったく。
おれときたら、とんだお人よしだぜ。




