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ラケッティア! ~異世界ゴッドファーザー繁盛記~  作者: 実茂 譲
カラヴァルヴァ カルチョ・カラヴァルヴァ編
1262/1369

第一話 レウス商会、手荷物の中身。

 カルヴェーレ街道の宿場町は密輸品監査官がいる。

 街道は北からカラヴァルヴァに入るのだから、それも当然だ。


 そして、密輸品監査官は賄賂が利く。

 これもまた当然である、


 実際、カラヴァルヴァに通じる道沿いの密輸品監査官の地位は高値で売買されていて、一年で金貨千枚。日本円で三千万円。


 恐ろしく高いが、最初の三か月で元が取れてしまうあたり、カラヴァルヴァの罪深さがうかがえる。


 レウス商会の統領であるアルファロ・レウスとその副官テオフィロ・イェードは宿場町の一番安い宿に泊まり、一番安い駅馬車に乗ってカラヴァルヴァに入る予定だった。


 馭者が納屋に馬車を取りに行っているあいだ、密輸品監査官があらわれた。


「何か申告するものはあるか?」


 そこで馬車を待っていたのはアルファロとテオフィロの他に帳簿係風の気の弱そうな男と、怪しげな貴族風の男だった。


 帳簿係風の気弱な男は何かを申告し、白銀貨一枚を支払った。

 見たところ、荷物はトランクひとつで、それに白銀貨一枚払うということは、まあ、猥褻本か密造酒がいくつかだろう。


 怪しげな貴族風の男は金貨十枚を支払った。

 大きな荷物をふたつ抱えていて、それが途方もなく重そうなのに、誰にも触らせようとしない。


 貴族風に小麦粉で真っ白にしたカツラをかぶり、若干てかてかした緑のコートなど着ている。

 だが、偽貴族というよりは零落してカネになる悪行に片っ端から足を突っ込んだ本物の貴族な気がした。従者はおらず、ひとり旅である。


「何か申告するものはあるか?」


「何もないぞ」


 レウス商会は商会と名乗る以上、犯罪組織であり、縄張りはアルコルゼン・ア・ローニャ。

 しょっちゅうロンドネ王国と戦争を起こす辺境伯領である。


 昨年、ロンデの縄張りをめぐって、ロンドネじゅうの〈商会マフィア〉を集めて、開かれたサラザルガ会議に出席し、ドン・ヴィンチェンゾ・クルスとのあいだに同盟を結び、オイル・サーディンの壜詰めの独占販売で、月に金貨五百枚のシノギを得た。


 カネまわりはいいはずだが、儲けたはずのカネは悪銭身につかずで何もしないうちから、手からこぼれる砂のごとく消えていった。


 それなので、現在も構成員はたった二名。

 シノギは暗殺請負とオイル・サーディン。


 そして、ボスであるアルファロはボスであることを嫌がり、テオフィロがボスになるべきだと言い、テオフィロは言葉巧みにアルファロがボスであるべきだと説得返しをする。


 クルス・ファミリーとの同盟にも関わらず、彼らが相変わらずパッとしないのは、こうしてカラヴァルヴァに行くのに、盗品の宝石や怪しげな債券を持ち込もうとせず、本当に何もないことが関係している。娑婆っ気がないというのか。


 密輸品監査官は実際、彼らのトランクをその場で開けたが、着替えのシャツや下着、オイル・サーディン、研ぎ石、チェスの問題集、それに懐中時計そっくりの湿度計が入っていた。


「これは何だ?」


 監査官は湿度計を手に取った。


「なんだ、こりゃ?」


 と、アルファロまでがきくので、テオフィロは、


「湿度計だよ」


「湿度計? 何に使う?」


「宿の選定に。部屋がじとじとしている宿屋ほど気分が悪くなるものはないからね」


「本当に何にも申告がないのか?」


 ふたりは、――少なくともアルファロは何を言われているのか分からなかった。


「たまには善人がカラヴァルヴァに訪れないとね」


「おれたちは善人なんかじゃないぞ。おれたちは――」


 そこでテオフィロがアルファロの足をぎゅっと踏んだ。


「いってえ!」


「でも、申告するものはないけど、職務遂行に熱心な監査官殿に尊敬の念を表したいんだけど、いいかな?」


 そう言って、大銀貨を一枚献上した。


 監査官もそれでよしと納得したのだろう。

 台帳には異常なしと書いて、その場を後にした。


 この商売っ気がない商会がクルス・ファミリーと同盟を結べたのはひとえに麻薬をシノギにしないからだった。


 サラザルガに集まった〈商会マフィア〉のうち、麻薬に手を出さないのはクルス・ファミリーとレウス商会だけだったのだ。


 そのうち、馭者が駅馬車に乗ってあらわれた。

 古いが頑丈な造りの馬車でなかには六人が乗れる。


 ドアにはでこぼこしたガラスがきちんとハマっていて、これが馭者の誇りだった。


「荷物を上に乗せてくれ」


 アルファロは自分たちの荷物を馬車の屋根に乗せて、紐で鉄の棒に縛りつけたが、帳簿係風の男と怪しげな貴族は彼らの荷物を屋根に乗せることを拒み、追加料金を払って、座席のなかに入れた。


 おかげで車内はきつきつでアルファロとテオフィロのあいだには貴族の荷物がどしんと座り込んでいた。

 それは革の行李で隅の角に真鍮をかぶせたものだが、なにか箱状のものをしっかりきっちり詰めたのだろう、なかから物音はしなかった。


 アルファロの対面には貴族がいて、テオフィロの対面には帳簿係がいて、そして、彼らのあいだにも貴族の荷物があった。

 帳簿係は自分のトランクを必死になって抱えている。


 ひょっとすると、どこかの〈商会マフィア〉を裏切って、その収支が書かれた帳簿を盗んだのかもしれない。

 ライバルの〈商会マフィア〉に売りつければ、かなりのカネになる。


 レウス商会はテオフィロが帳簿をつけていたが、入るカネと出ていくカネが常に同じで、なぜ増えないのかが大いなる謎だった。

 しかし、帳簿をつけることには意味があった。

 アルファロがボスをやめたい、お前がなれ、というたびに、帳簿を見せつけ、ボスをやめて副官になるのなら、この帳簿をつけないといけない、と脅すことができるのだ。

 アルファロは95パーセントのことを95割という男である。950パーセントだ。


 だから、アルファロがボスはいやだー、というたびに、テオフィロはこの小さなモロカニ革装丁の赤い本を見せればいい。


 そういう意味ではレウス商会の存続に大きな貢献をしている。


 しかし、商会の収支が黒字になってくれたら、それに越したことはないのだが。


 ふたりがカラヴァルヴァに向かうのはアルファロが受けた暗殺任務のターゲットがカラヴァルヴァにいることが分かったのと、クルス・ファミリーへの挨拶である。


 やはり同盟者にクルス・ファミリーがいると、いろいろ役得が多い。


 そうした役得のなかでもアルファロにとって最大のお得はテオフィロの調子が狂うことだ。

 いつもクールで理路整然としたテオフィロがクルス・ファミリーのこととなると、妙に攻撃的になって、感情的になり、ときおりボス代われのやり合いにうっかり負けたりすることすらある。


 それだけでもクルス・ファミリーとの同盟には得るものがあった。


「別にクルスに挨拶に行く必要はないじゃないか」


 今だってこんなことを言っている。


「義理ってもんがある。オイル・サーディンはいいシノギだし」


「あんなもの、黒字には何の役にも立っていない」


「つまり、オイル・サーディンがなければ、おれたちは赤字赤字の失血死ってことだ」


「だからってご機嫌伺いなんて」


「別にいいじゃんか。ちょっと顔出して、『元気か?』『おう』『じゃあな』『あばよ』。これだけだぜ?」


「それでも僕は気が乗らないんだ。――あ」


「ん?」


「いや。なんでもない」


 なんでもないことはない。

 アルファロはテオフィロがちょっとやそっとのことで、「あ」なんて声を上げたりしない。


 アルファロもアサシンである。

 観察力が仕事に役に立つわけだから、そのくらいのことは分かる。


 あ、の後に、ポケットをさりげなくまさぐっている。


 何か探している。テオフィロの性格を考えると、ここで「なにを探している」とたずねてもはぐらかされる。


 探し物は上着の内ポケットに入るくらいのもの。


 しかし、なんだろう。干し肉?


 もう少し観察ができれば、屋根を気にする、もっと正解に近ければ、屋根に縛りつけたトランクのことを気にするテオフィロが見られたはずだ。


 だが、その前に銃弾が飛び込んで、この馬車をそこいらの荷馬車と区別するガラス窓が木っ端みじんに吹き飛んだ。


「伏せろ!」


 銃撃が続いて、車体にボスボスと穴が開く。


 狭い床に四人の男がぎゅうぎゅう詰めになって弾を避けようとしているあいだ、馭者のほうは血眼になって鞭を打っていた。


 銃弾は左の森から飛んでくる。


 そして、ついにとうとうながえに弾丸が命中すると、馭者は叫びながら席から飛び出して、二頭の馬に引きずられていった。


 馬を失った馬車は左に右に揺れて、貴族の荷箱が壊れると、ビロードの内張をした箱から弾丸装填済みのピストルが躍り出た。


 次の瞬間にはアルファロは湿った葉を敷いた森の縁で意識を取り戻した。

 まず目にしたのは馬車から外れて走ってくる大きな車輪だった。


 慌てて転がり、間一髪でかわす。


 目の端に影が走る。

 見れば、帳簿係風の男がトランクを抱えて、カラヴァルヴァへの道を走って逃げていた。


「テオフィロ! どこだ!」


 見れば、先ほどまで彼が乗っていた駅馬車の車体は道の脇に横転して、前輪がひとつ、ガラガラとまわっている。


 獣の皮をかぶった盗賊たちは手斧や火縄銃を手に馬車に走っていく。


 あれにまだテオフィロが乗っているのかと思ったとき、銃声がして、盗賊がひとり、武器を真上に投げ出して倒れた。頭の半分が吹き飛んでいる。


 例の怪しげな貴族が扉から姿を見せると、両手に持ったピストルを一度にぶっ放した。

 今度は狼の毛皮をかぶった盗賊が肺と背骨を撃ち抜かれ、苦しみよじれて枯草のなかに顔から倒れた。


 貴族は盗賊からの撃ち返しを馬車のなかに隠れてかわすと、また両手にピストルを持って、盗賊たちが逃げた木立へぶっ放した。


「どうした! こっちはまだまだ銃があるんだぞ! 欲しけりゃくれてやる!」


 バン! バン!


 灌木の茂みから悲鳴が上がって、よろよろと立ち上がった盗賊をトドメの銃弾が地獄へ撃ち落とす。


「テオフィロ!」


 バン! バン!


 貴族の銃はなくなりそうにない。

 あの箱に入っていたのが全部ピストルで装填済みなら、あと五十丁くらいある。

 テオフィロはどこだ?


 バン!


「ギャッ!」


 また盗賊が撃たれた。

 盗賊たちは完全に頭に来ていて、商売を度外視にして戦い始めている。


 しきりと銃弾が交わされるあの馬車のなかにテオフィロがいると思うと、あまりいい気分はしない。


「テオフィロ!」


「ここだよ」


 見れば、テオフィロが伏せたまま、トランクを引きずってやってきた。


「心配してくれたのかい? 嬉しいね」


「お前、どこにいたんだ?」


「トランクを取りに」


「そんなもん放っておけよ」


「とにかく逃げよう」


 ふたりが南へ通じる森のなかの道へと走り込んだとき、盗賊のひとりが大きな弩砲に爆弾をセットして、馬車に目がけて撃ち放った。


 爆弾は大きく空に弧を描いて、ピストルをベルトに次々と挟んでいく貴族の頭の上に落ちた。


 紅蓮の炎が馬車を吹き飛ばし、サッカー参加者たちに売りつけるはずだった五十丁のピストルとその銃身に込められた銃弾が四方八方に飛び散って、馬車を囲む盗賊たちを薙ぎ倒した。


     ――†――†――†――


 カラヴァルヴァまで盗賊の目を避けて街道を避けているうちにロデリク・デ・レオン街の北の端まで来ていた。


「もう歩きたくない」


「子どもみたいなことを言わないでくれ」


「他人のシノギにケチをつけたくないが、おれたちが乗ってないときに強盗たたいてくれって話だ」


「わかったよ。とりあえず宿を取ろう」


 クロスボウ射撃場に行く途中の路地に宿を取ることにして、部屋の湿度が我慢できるほどのものかどうか調べようとしたときだった。


「トランクが開かない」


「鍵が壊れたんじゃないのか?」


「アルファロ、すまないが開けてくれないか?」


「なんで、おれが?」


「錠前破りは僕の性に合わなくてね」


「なんだ、そりゃ。まあ、いいけど」


 短剣を錠前のあいだに差し込み、ぐっとねじる。


 鍵がバキッと音を立てて割れた。


 トランクを開く。


「なんだ、こりゃ? 酒と、帳簿か?」


 ガラス壜に蒸留酒。それに帳簿らしき本が一冊。


「ははあ。テオフィロ、お前、トランクを取り間違えたな」


 そう言って茶化そうとしたが、言葉が引っ込んだ。

 テオフィロの顔が紙みたいに真っ蒼になっていたからだ。

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