第三十七話 アサシン、機械化爆弾兵。
耳のサボテン酒漬けはメスカーロでちょっとしたゲン担ぎになった。
一山やる前に耳のサボテン酒漬けを一杯引っかけると、必ず成功するというものだ。
実際、これは嘘だった。
というのも、この耳入りサボテン焼酎を飲んだバカタレが、そのままピストルを抜いて、カウンターにいたジャックとイスラントにホールドアップを食らわしてきた。
バカモノの手は短剣でカウンターに縫いつけられ、赤シャツに尻を蹴飛ばされて、追い出されたが、それでもこの迷信が消えることはなく、独立系犯罪者たちが銀貨一枚を握りしめて、耳エキス入りサボテン焼酎をひっかけにやってきた。
「僕はメカニカルなアサシンだと思うんだ」
死にたくないけど必要以上にビビるのも億劫だとクルス・ファミリーの面々が池でぷかぷか浮いていると、クレオが言った。
クレオは義手の左手を後ろに、右手で顎の先を軽くつまみながら、池の縁を歩いていた。
「どうした? アタマでも打ったか?」
「クックック。ご心配なく。僕は正常さ。メカニカルっていうのは、このなかで一番機械に接しているのは僕だろう?」
「接してるというより、左腕、全部機械ですからね」
「しかも、自分で切って落としてつけちまったんだから、重症さね」
「ククク。現在、クルス・ファミリーのメカニカル担当っていうと、フレイかシップだろう?」
「ギル・ローも入れてやれ」
「じゃあ、そうしよう。それで、僕も僕なりにメカニカルになろうと思うんだ」
「右腕も機械にするのかい?」
「それも悪くないけど、さすがにこれ以上の機械化は母さんが許してくれない。僕はね、ショットガンをいじったり、隠しナイフの手入れをしたりして思ったんだけど、この世界の技術にふさわしい水準のメカニカルなアサシンになることに決めたんだ」
「つまり?」
「爆弾を作ったんだ。そこに置いてある」
と、池の縁に置いた、赤ちゃんくらいの大きさの布包みを指差すと、みなパニックになって潜ったり反対側の岸辺へクロールで逃げたりした。
「何考えてんだ!」
「人殺し!」
「ありがとう。みんな。みんなならきっと分かってくれると思ってたよ。この爆弾を投げるのにふさわしい標的を探しているんだけど」
「信管は? 導火線式だよな?」
「〈雷竜のよだれ〉とラム酒が数滴」
「どうして、よりによってそんな不安定なものを」
「投げて爆発しなかったら、カッコ悪いしねえ。ククク」
「投げてもいないのに爆発したら、もっとカッコ悪いんじゃないんですか?」
「そうも思ったけど、考えてほしい。もし、僕が外を歩いていて、突然爆発したら、これはパニックになると思わないかい?」
「なるだろうな」
「そうだ。そして、パニックは楽しいし、体にいい。ね?」
「ね?じゃないだろうが」
「で、これをこれから使ってみるつもりなんだけど、誰か一緒に来ないかい?」
みな、人生に三度しか訪れないチャンスの二度目が来る気がするとか、何をきかれてもオペペペペ!としかこたえなくなったりといろいろな方法で爆弾コンパニオンを回避しようとした。
だが、ジャックは押しに弱いから、押せばウンとうなずきそうだし、ジャックが来るということは、ちょっと言葉の詐術を使えば、イスラントがついてくる。
クレオはジャックを集中攻撃し始めた。
「もし、ミツルくんが爆弾で危険な目に遭いそうになったら、その対処法を学べると思うんだ」
「そんなふうにオーナーをダシにしても、おれはいかない。最近、命を惜しむことを覚えたからな」
それは頼もしいサノヨイヨイと哲学者ミツルが合の手を入れる。
「クックック。ねえ、ジャック。想像してみてくれないかな。ミツルくんがいつも通り、〈ラ・シウダデーリャ〉の二階の事務室に行く。そして、椅子に座ろうとするんだけど、椅子のクッションには綿の代わりにリリパッド爆薬が詰まっている。そんな椅子に座ったミツルくんがどうなるのか、具体的に想像してみてくれないか? ククク。お尻の肉が全部剥げて、天井に飛び散って、両足は皮一枚でぶらぶら。上半身には傷ひとつないから、失われた下半身の惨状が嫌でも浮き立つ。ああ、かわいそうなミツルくん。こうなったら、精霊の女神さまでも手の施しようがない。でも、もし、ここで忠義に厚いバーテンダーが爆弾の起爆やリリパッド爆薬のにおいを嗅ぎ取る鼻を持っていたら、ミツルくんは助かる。でも、そうか、誰も爆弾コンパニオンには来てくれないのか、それは残念だなあミツルくんかわいそうだなあアアかわいそう」
「くっ……おれはそんな口車に乗ったりは――」
「わたしが行こう」
ん? と、皆がトキマルを見る。
このメンツで一人称が「わたし」なのはトキマルである。
みながトキマルの自己犠牲の精神を褒めたたえていると、トキマルは首をふり、池のほとりの小屋でおにぎりを食べていたアスバーリを指差した。
――†――†――†――
「きみにはどこかジャックやヴォンモに重なるところがあるねえ」
タンブルウィードが転がる道を日陰を目指してジグザグに歩く。
クレオは赤ん坊大の爆弾を抱えて、おお、よしよし、とゆすっている。アスバーリは胸を斜めに走る革のベルトをつかんで動かし、背に負う太刀の位置を変え、しばらく歩くとまたベルトをつかんで、前の位置に戻す。
つまり、片方はたずねたくてたまらないことがあり、もう片方はそれを知っていてじらしている。
「どういう意味だ?」
「ん?」
「わたしがジャックと――」
「ヴォンモ」
「ジャックとその男と重なると」
「ヴォンモは女の子なんだよ。クックック」
少しうんざりした顔をしたのだろう。
クレオはおちょくるのをやめて、質問にこたえた。
「きみのミツルくんについて話すときの特徴がジャックとヴォンモみたいな感じなのさ」
話す。
アスバーリは以前、ある宿場町を横切るとき、木こりに道をたずねたら、いきなり「お前は人間か?」と言われたことがある
ただ道をたずねるだけの会話で人間味がないことを指摘されて、あらためて自分は人間ではないのだな、と、そのときアスバーリは小さくため息をついた。
もちろん木こりには心無い言葉を吐くほど嫌なことがあって、機嫌が悪かっただけかもしれない。
離婚裁判。誤認逮捕。泉に斧を落として、金の斧と銀の斧を持って出てきた女神に「プラチナだ! プラチナの斧をくれ!」と言ったら、チッと舌打ちされて女神は沈んでいったのかもしれない。
他人に心が張り裂けるような無慈悲な言葉をぶつける理由はたくさんある。
来栖ミツルについて話すときの自分はどうなのだろう。
少なくとも人間味がないと言われたことはない。
「きみがミツルくんと同じ世界からやってきて、その世界の話をききたい。それはまあ、間違いないけど、それを差っ引いても、きみとミツルくんの話し方には特徴があるんだよ。あれでいて、ミツルくんは人望があるからねえ。ククク。しかも、その人望はお金や地位ではなく、ギャップで生まれるものだ。馬鹿な話でギャハギャハ笑っていたかと思ったら、次の瞬間には金貨八千枚の儲けが出る裏稼業をつくって、また馬鹿な話でギャハギャハ笑う。八千枚の儲けが誰それを殺してしまえになることもあるけどね。ククク。あれを見ると、まあ、彼についていっても間違いないと思えるものさ。それに――」
トカゲを串で焼いている屋台の角を曲がり、クレオは通りの端を指差した。白い砂埃が乱舞する突き当りがあり、正面を赤いペンキで塗った泥漆喰の建物があった。
クレオは、あれをやる、と言ってから、
「それにミツルくんのもとにはね、人生を詰んだ人間が集まるんだ。もう死ぬしかない人間が引き寄せられるみたいにね。歩くアジール。ジャックは組織に追われるアサシンだったし、ヴォンモは逃げてきた奴隷だった。どちらも知らず知らずのうちにミツルくんのもとに集まり、そして、ミツルくんは話をつけてくる。ククッ、ミツルくんを慕う人は多い。でも、ジャックとヴォンモは依存が少し強い気がする。恩ってものを重く考えすぎるせいかな。ククッ。ああ、これはジャックには内緒でね。クックック」
「あなたも――」
「ん?」
「追いつめられてミツルのもとに?」
「さあ、それはどうだろう?」
突き当りの赤いペンキで塗った店の、ただ〈居酒屋〉とだけ木炭で書き殴った扉を押し開けると、誰かが歩くと土埃が落ちてくる暗い部屋のなかで、カンパニーの傭兵が三人――眼帯、もじゃもじゃヒゲ、大男――、頭巾を床に捨てて、よれよれのカードを手に小銭を賭けていた。
干し肉ととうもろこし粉、色違いの酒壺をいくつか置いた調理台には疑り深そうな顔のずんぐりしたヒゲ男がいて、どんな由縁があるのか知らないが、青銅製のカエルをせっせと磨いていた。
クレオは、おお、よしよし、と例の爆弾をあやしている。
「ここは託児所じゃねえぞ」
〈居酒屋〉がバラバラに吹き飛んだ後、彼らの致命的なミスについてクレオは考えたが、一番はあのカンパニー兵たちが、自分の顔を知らなかったことだろうという結論に至った。
クルス・ファミリーのアサシンが赤ん坊を抱いてやってきたら、警戒する前に剣を抜いて斬りかかるか、銃で撃つかするべきなのだ。
だが、実際には――、
「そいつはお前の子どもか、鶏がら?」
と、言って笑っていた。
クレオは自分は慎ましい性格だから、人間の善悪について判断するような図々しいことができないと常日頃言っていたが、このときはちょっとした審判を開いてみた。
抱きかかえていた爆弾を調理台の店主目がけて投げたのだ。
もし、キャッチするだけの人間性があれば、死なずに済むが、はたき落とせばラムで酔った〈雷竜のよだれ〉が弾けて、太陽がくしゃみしたみたいな爆発が起こる。
ところが投げて描いた放物線の最高位において、布が剥げて、〈雷竜のよだれ〉を入れた小瓶が縛りつけられた爆薬の包みがあらわになると、クレオはアスバーリを引っぱって、外へ逃げた。
扉を蹴り開けて、そのまま砂まみれの道に伏せると、背中が焦げるほどの熱い風が彼らのすぐ上を通り過ぎ、その後は遠くからきこえるキーンという音以外鳴らなくなった。
火のついた漆喰や土くれが伏せるふたりを生き埋めにせん勢いで降ってきて、アスバーリが引きずり出さなければ、クレオは土に還ってしまうところだった。
「ケホケホ。まあ、信管も考えていたよりは堅い。ククク。でも、これはまだ威力の面で改良の余地があるね。ククッ」
振り向いてみると、〈居酒屋〉のあった場所にはすり鉢状の大きな穴が開いていた。割れた壜やぼこぼこのブリキ皿に混じって、人間の欠片が生焼けで転がっているが、クレオの目指すのはパニックなのだ。なぜなら、パニックは楽しいし、体によい。




