第二十七話 脳筋パーティー、力こそパワー。
鉱山というのは厳しい階級制度があり、一番下っ端は鉱夫であり、上は山の持ち主である領主である。
〈星辰より来たるもの〉にはどうもこの階級を反映する性質があるらしく、鉱夫より鉱山監督が、鉱山監督より鉱山支配人が強い。
宿主の生前の記憶が関係があるのかもしれない。
そこらへんの研究は学会追放ズが気が向いたら、研究してくれるのではないだろうか。
もっとも、そのチャンスがあるかどうかも怪しい。
クアリアリアレッロが圧縮火球をぶち込んだ相手は鉱山監督だった。
壁と見間違うのも無理もない大柄で動き出すと、体の裂け目や口から飛び出る碧い結晶からチェレンコフ光そっくりの碧い光が発せられる。
足首にたるんだ靴下は絹製で、生前は絹の靴下をはいて部下を監督していた。
クラヴァットもボロボロだが、上質な更紗で、体はごついがダンディで鳴らしたに違いない。
それが何の因果か、エメラルド・ゾンビ。
鉱山監督のエメラルド・ゾンビ(便宜上こう呼ぶ)は鉱夫ゾンビよりもはるかに強く、耐久力があった。
圧縮火球を食らってもバラバラに吹き飛ばなかったし、それどころかエメラルドはその魔力を食って、チェレンコフ光はますます強くなる。
攻撃手段も多様だった。生前に鉱夫たちをしばくのに使った棍棒や鞭全てが武器となる。
「マゾウニンゲンサバツハヨクナイデスヨ」
それに言葉も操れる。
――†――†――†――
学会追放ズが三十六計逃げるに如かずを決め込んで、トンネルのなかをがむしゃらに走っているころ、剣士四人からなる力こそパワー!なパーティーは地中精錬場で怪しげな儀式を執り行うキラー・オニオンの群れ目がけて抜刀突撃をキメていた。
抜刀突撃はキメると、興奮作用をもたらし、常習性がある。
抜刀突撃をする
↓
いい気持ちになる
↓
抜刀突撃が切れる
↓
つらい! 苦しい!
↓
抜刀突撃することしか考えられなくなる
↓
抜刀突撃をする
↓
満足できない!
↓
もっとたくさん抜刀突撃をする
↓
一時的にいい気持ちになる
この繰り返し。
来栖ミツルが麻薬を禁止しているのにはそれなりのワケがあるのだ。
キラー・オニオンたちはオニオングラタンスープを信仰していて、毎日、同胞一体を生贄にして、精錬鍋にスープをつくり、それをすする。
力こそパワー!パーティーはそのいい匂いに誘われて、そのまま抜刀突撃に至った。
彼らの抜刀突撃中毒は相当のものだったから、キラー・オニオンを蹂躙するくらいの抜刀突撃では満足できない。
オニオングラタンスープを鍋いっぱい食らったら、仕切り直しの抜刀突撃をしなければならない。
そもそも彼らは強くなるため、強敵との戦いを望んでダンジョンに潜ってきたのだが、最近では抜刀突撃をするために潜っている。
抜刀突撃は冒険の趣旨を曲げてしまうほどの魅力がある。
剣を抜き放ち、突撃ぃ!と叫びながら、自分たちよりも数で優る敵へと駆ける。
多勢に無勢、衆寡敵せず。
そんな言葉は斬り捨てて、敵にぶつかるまでの一歩一歩の喜びを踏みしめて、最初に叩き斬る敵の目をギンと睨む。
もう、自分はあいつを斬るために今まで生きてきたのだ!という気持ちになって、斬る気持ちを増幅させ、さあ、斬ってやるぞ!と腹のなかで咆哮をあげる。
……そして、宿敵の三歩手前で石に躓いて転び、後続の抜刀突撃スーサイダーたちに踏みつぶされる。
これが抜刀突撃のモデルケースだが、興奮状態にあるから、骨が折れても痛くない。あとで痛くなる。すごく。
さて、剣士四人のパーティーが崇拝の対象だったオニオングラタンスープを平らげて、もっと心躍る抜刀突撃をしたいものだと、細いトドメ用の短剣を爪楊枝がわりにしていると、そこに学会追放ズが駆け込んできた。
「敵だ! キメるぞ!」
「馬鹿だね、きみは。あれは人間だよ」
「強くなりてえ!」
「どうだろうな。人間相手に抜刀突撃して、指名手配書がもう十一件も出てる」
「キメようぜ! よし、キメる! リーダーはおれ!」
「おい、僕の言ったこときいていたか?」
「きいてたよ、アールストルステンソン! こんな玉ねぎじゃあ満足いかない!」
「それはそうだが」
「おれも突撃したくなってきた」
「突撃は体にいい! な!」
「くっ、僕はきみの言うことなどに誘われない」
「お前も抜刀突撃したいだろ!? 体は正直だぜ?」
「やめろっ、ああ! 体が勝手に剣を抜く――」
「よし! 突撃決定! ユキワカもいいよな?」
「ずずーっ(雑炊をすする音)」
「よし、行くぞ!」
こうして抜刀突撃単細胞4コは四人の学会追放された魔法使いに斬りかかった。
クアリアリアレッロに斬りかかったのはラステルステンソン。
十七歳のはつらつとした少年剣士で、トキマルがアンコルコンへダンジョンを宣伝しに行ったときに口車に乗せられた、あの冒険者だった。
「うわあ、何するんだこの!」
使う剣はロングソードで両親は騎士。
リーダーを称するだけあって、抜刀突撃の先頭は譲らない。
彼は正統派脳まで筋肉突撃者。
夢は強い敵に抜刀突撃。突撃スタイルは屋根の構えと呼ばれる剣を高くかかげた姿勢から、第一刀は真下への斬り下ろし。
狙うのは頭蓋を避けた肩で、もしクアリアリアレッロが回避しなければ、ラステルステンソンの剣は火炎魔法圧縮研究の第一人者の肩甲骨を斬って、そのまま肋骨をポキポキ降りながら、内臓をへそまで断ち下ろしていただろう。
クアリアリアレッロはたまらず叫ぶ。
「馬鹿! アタマからっぽ! 人と魔物の区別もつかないのか!」
「ついている上でやっている!」
「狂人か、貴様!」
いいぞ、斬ってしまえ! と叫んでいるのは二番手のアールストルステンソン。
クール系脳まで筋肉突撃者。
彼はクール系ライバル、つまりイスラントポジションであり、パーティーの存在理由である抜刀突撃をイノシシの蛮勇と馬鹿にする。
だが、このパーティーにいるということは彼にもスーサイド・アタッカーの血が濃く流れていて、ラステルステンソンの抜刀突撃への誘いに彼の精神が負け、あとは体は正直だなという状態。
使用武器はカミソリみたいな切れ味のレイピア。
突撃スタイルは珍しく、突きを主体としている。突く直前に手首を上に返して、みぞおちから下へと体を串刺しにし、すれ違いざまに脇腹を裂き切る。
内臓へのダメージを考えると、正統派脳まで筋肉よりもひどい。
血を見てもぶくぶくぶくしない、氷の使えないイスラントであるアールストルステンソン。
といっても、クールであるのは抜刀突撃スーサイダーズの他の面々と比較すれば、クールなのであり、カタギから見れば、やれやれ、と言いながら、斬りかかるその姿はどこに出しても恥ずかしい抜刀突撃殺すマンなのである。
三人目はゴルステルステンソン。
筆頭突撃馬鹿のラステルステンソンの良き相棒であり、馬鹿のツートップ。
前述アールストルステンソンの胃痛のタネその2である。
使うのはクレイモア。
振り回せば、敵の倍の数の味方を斬ってしまう、デカすぎる両手剣である。
他のものからは、振り回すな、突け、と言われ、仕方なく柄を体に引き寄せた突きの体勢で抜刀突撃するが、気づくと、そのだんびらを大きく振り回し、味方の命を危険にさらす。
決して悪いやつではない。
傷つけるつもりはないのに大切なものを傷つけてしまう、シザーハンズのような男なのだ。
しかし――、
「わー!」
「あぶねっ!」
突撃ジャンキーたちはいい迷惑だと言うが、襲いかかられている学会追放ズたちはもっといい迷惑である。
抜刀突撃スーサイダーズが男ばかり剣士四人と呼ばれず、かといって一姫三太郎とも呼ばれないのは四人目の剣士ユキワカの性別がよく分からないためである。
長くて面倒な名前が三人いて、ひとりは簡単で仲間外れになっているのは学会追放ズとのあいだで見出される奇跡的な偶然だが、彼(彼女?)は別にガラス水槽で培養されたわけではない。
アズマの出である。
いわゆる侍だ。得物は刀。
長い黒髪を赤紐で結い、性別の境目で整った顔立ち、表情に乏しく、口数は少ないが、一人称は〈わし〉、二人称は〈わ殿〉だ。
抜刀突撃ジャンキーズたちのなかで唯一抜刀しないメンバーである。
抜いているのだが、抜き様に斬り、血を払って、また納刀するまでの動きは目に留まらず、ユキワカに斬られたものは生死を問わず、カーン!と乾いた音を鳴らした後で袈裟懸けにふたつに分かれる。
四人の抜刀突撃スーサイダーズの斬撃を学会追放ズがきわどくかわす。
すると、四人はお望み通り強敵――鉱山監督のエメラルド・ゾンビへとぶち当たる。
格上ゾンビと抜刀突撃バカ。
勝つのはどっちだ?




