第二十四話 哲学者ミツル、千客万来。
「ホテル・ミツルフォルニアにようこそ。当ホテルではスピリッツは六十九年以来置いておりません」
最初に来たのは魔法使いばかり四人のパーティだった。
彼ら――男三人、女一人――はノア=ルーン語の研究者で、年齢は十六から三十八と開いていたが、みな早熟の天才で、それぞれの魔法アカデミーで訴訟ものの騒ぎを惹き起こして追放されたという前科があった。
彼らに言わせれば、自分以外はバカばかりでノア=ルーン語を理解し、真の解読に至れるのは自分だけだと思い込んでいた。
それをきいたアスバーリは、これでよくパーティを組めたものだと思ったが、追放されたもの同士、身を寄せ合っていかなければ、ダンジョン探索ができないことくらいは考える常識があった。つまり、天才の自分ひとりと荷物持ちが三人というわけだ。
哲学者ミツルはひょっとすると、ノア=ルーン語とは彼とアスバーリがもといた世界で言うところのエスペラント語かもしれないと思い、『キス・ミアン・プーゴン』と言ってみたが、こいつ何言ってるんだ?という顔をされるだけで済んだ。
四人とも天才過ぎて学会を追放されただけあって、アスバーリのなかに潜む〈星辰より来たるもの〉の力に気づいた。
「また、ひどいものを植えつけられたな。きみはそいつにお返しはしてやったのか?」
アスバーリは首をふった。
「なら、報復することを勧める。暴力はいけませんとかいう司祭の言葉は忘れろ。あいつらはみんなホモだ。真の天才は報復のなかにも知恵を見つけるものだ」
「何が知恵だ、バカ。はやく宿帳に名前を書いてこい。クアリアリアレッロ」
クアリアリアレッロと呼ばれた復讐主義の若い魔法使いが懐から取り出して銀筆を空に放り投げるとひとりでに飛んでいったが、宿帳は閉じたままだった。
クアリアリアレッロは歩いていき、自分の手を使って、それを開いて、宙に浮かせた銀筆に記帳した。
アスバーリはクアリアリアレッロに、自分の体のなかのエメラルドは生まれつきではないのか?とたずねると、
「植えつけられたものだ。間違いなく。記憶もバッサリ抜かれているな。しかし、きみの体はどこからきたものだろう。そっちのロッキング・チェアで揺れている少年もそうだ」
「僕たちは日本から来たんですよ」
「それはどこにある国だ?」
「セヴェリノと西で国境を接している」
「三秒でバレる嘘をつくな。夕食はいつからだ?」
「六時から。でも、事前に言えば、はやめに出せるよ。今日はダンジョンに?」
「いや。旅で疲れた。ここはひどい土地だな。だが、実り多きダンジョンはひどい場所にこそだ。さあ、ゆくぞ、下僕たち」
「誰が下僕だ」
「下僕はあなたですよ」
学会を追放された早熟の天才でも二段ベッドは上の段で寝たいらしく、魔法で決着をつけようとしたが、建物が受けるダメージを考えると、外に出したほうがいいと思い、いまならひとつ銅貨五枚のおにぎりがふたつで銅貨九枚になると甘言を弄して、裏庭におびき出し、荒野の入り口まで歩かせて、あとは好きなようにさせた。
ホテルの入り口前の板張り通路ではアスバーリが柱に寄りかかり、目を細めている。仮面はしていない。
哲学者ミツルはロッキング・チェアに腰かけると、カラヴァルヴァで見かけたある光景について話した。
「布屋がお得意先に三十人分の生地を届けにいくのだけど、相手の家で裁つのだろう、大きな巻いた布を店主が、店主が使うハサミを丁稚小僧が持っていた。重い布を店主が持ち、丁稚が軽いハサミを持つ。これはどういうことだろう? 普通なら軽いものは主人が、重いものを丁稚が持つはずだ。ハサミは布を裁つ重要な道具で独創を司る。でも、主人はそれを丁稚に預けている。あの街の道徳を考えると、丁稚に重いものを持たせてはかわいそうだという思いやりではない。店主は独創の源を常に手元に置かないことで何かを見ようとしているのではないか? それは布屋の主人にしか分からない開け方をする視界があるのではないかと僕は常々思っていた。まあ、もちろん、ハサミより布のほうが高価で、そんなものを丁稚小僧に預けたら最後、トンズラされるかもしれないという猜疑心の賜物かもしれない」
「さっきの、エスペラント、だったか。あれはどういう意味だったんだ?」
「さあ、どういう意味だったか」
「日本の言葉か?」
「そうではないよ」
次にやってきたのは剣士たちのみの四人パーティだった。
技を極めるためにあちこちで修行をし、強い魔物やら悪徳領主やらを斬って捨てている。
時折、誰の頭蓋骨が一番固いかを決めるための頭突き大会をしたりして、部屋からゴツッ! ゴツッ!と音がしたり、あぎえええ、とうめき声がきこえたりするが、平気だろうかときかれた。
哲学者ミツルは全然平気だけど、壁に頭突きして頭が隣の部屋に飛び出すと、攻撃対象になると教えておいた。
「ここの住人は突然、自分の部屋の壁に生えた頭を前にして無関心でいられるほど心が静かな人はいないんだ」
次に来るのはシーフばかり四人のパーティだという。
この世界、シーフとただの泥棒のあいだにはかなり厳密な区切りが引いてあって、どちらも呼び違えるとひどく気分を害してしまうらしい。
それについて、ながながときいてみたかったが、アスバーリはそろそろ行かねば、と立ち上がった。
「ダンジョンかな? お疲れさま」
ああ、とこたえたが、今日、調べるのはダンジョンではない。
メスカーロの地表だ。




