第十八話 宣伝部隊、死にたがり志願。
「悪いがメスカーロからやってきたやつはそれがハイハイしてる赤ん坊だろうが、一度騎士団の兵舎に連れていくことになってるんだ。まあ、気張らんでくれ。あそこの人間が全員犯罪者だとは思ってない。ただ、一応指名手配がかかってるかどうか調べなきゃならん」
小さな地方騎士団の騎士団長室でトキマルとジンパチは忍びの人心掌握術に従って対応し、やり取りの優勢を自分たちに引き寄せようとする。
「うんうん」
「分かる分かる」
以上。忍びの術は簡易に任務を遂行することを要求する。
騎士団長は自分の机に置かれた赤いモロカニ革の大きな本を開きながら、はー、やれやれだよな、とこぼす。
「怪しげな劇をかける興行屋、インチキ相場師、過激派詩人、娼夫と司祭。本当にろくでもない連中がいるんだ。分かるだろ?」
「うんうん」
「分かる分かる」
「アンコルコンは小さな町だが、メスカーロよりは大きいし、カネもある。真っ当な商売をして稼いだカネだ。そこがメスカーロと違う。だが、町人のなかには労働者が額に汗して稼いだカネに手をつけようとするメスカーロ人は手首を切り落とすべしって言うやつがいるんだ。おれはそれはよくないと言っている。メスカーロの人間がクソだとしても、おれたちまでが怒りに任せて同じところに落ちることはない。だろ?」
「うんうん」
「分かる分かる」
「そうか! 分かってくれるか! そいつは助かる。おい、士長。こちらのおふたりを特別室へ。今回の滞在が不愉快なものにならないよう、くれぐれも丁重にご案内しろ」
結局、ふたりは特別室に入ることはなかった。
パンケーキが空を飛んでいると嘘をつき、視線が外れた瞬間に案内役の士長から逃げたのだが、というのも、その特別室の鉄格子のあいだから先客が宿泊レビューをしたからだ。
「クソ壺の交換が一週間に一回しかされないことを除けば、本当に本当に心地よい部屋だよ。くそったれ。おれは生まれも育ちもアンコルコンのカターダ通りだ。町の東にある叔母の家に行って、帰ってきたら、あいつら、おれをメスカーロから来たとかいって捕まえやがった。あのバカどもは東から来る人間はみんなメスカーロの住人だと言いやがる。アンコルコンみたいなちっぽけな町の住人の顔すら、ろくに覚えられないんだよ」
空飛ぶパンケーキを探す士長を残して、市街地へ出ると、緑樹があふれ出す壁に左右を挟まれた小道へと曲がった。
壁を背にして屋台が並んでいた。雑穀パン、川魚の燻製、矢じり、とうもろこしの毛でつくったカツラ。
コマを手にした子どもたちが虫の安眠を邪魔しようと平らな石をひっくり返しているすぐそばで、従者連れの富裕な男性がその年の流行りの生地を見せびらかすだけのために歩いている。
歩ける道に階級による区別がないのは大都市と失敗都市計画のどちらかであり、アンコルコンは後者の代表だった。
アンコルコンは騎士団兵舎を中心に道をいい加減に走らせた都市だった。
約百年前に水濠や城壁をつくるカネがないので民兵隊兵舎をポンと置いて、それでよしとするインチキ築城術が流行った。
そんなことで戦争に勝てるわけはないが、結局、百年間戦争は起きず、この都市計画は成功したとみなされた。
その怒涛の時代のどさくさに紛れて、勲爵がなされ、民兵隊は騎士団になったが、だからといって、町の不便さが解消されたわけではない。
三十メートル真っ直ぐの通りがなく、馬車がすれ違えるほどの幅のある道が数えるほどしかなく、商業地区に墓地が、住宅街に皮なめし場がある嫌がらせ行政がまかりとおるアンコルコンだったが、ここから南のサン・ハイメと西のクランパル、北のランバナにそれなりに流行っているダンジョンがいくつかある。
東のメスカーロのダンジョンが流行れば、東西南北コンプリートだ。
トキマルとジンパチはカモ……もとい明日の成功を夢見るチャレンジャー探しを始めた。
地下にエメラルド・モンスター、地上に人殺し、空にぎらつく太陽。法はペンチの悪魔老人が司る。
正常なものの考えができる人間なら絶対に近づきたくないメスカーロでオンボロホテルを基地としてダンジョン探索したくないかと誘うのだから、ここは忍びの術の粋を尽くさないとならない。
だが、そもそもダンジョンで命がけで見つけたものを売り、命がけのクエストをこなすような、いわゆる〈冒険者〉たちがどこまでカタギと言えるかは怪しい。
ただ、トキマルとジンパチの目の前にいるのは十七歳のはつらつとした少年だった。
「じゃあ、そこにはエメラルドの化け物がいるんだな?」
「そーそー。なに? そいつに親でも殺されたの?」
「おれの両親はまだ生きてるよ。騎士やってる」
「ここの?」
「あんな民兵上がりのなんちゃって騎士と一緒にされちゃあ困る」
「分かった分かった。とりあえず、そっちはヤバいやつらと見敵必殺したい。なんで?」
「強いモンスターと戦わないと強くなれないからな」
「言っておくけど、エメラルドは換金できないよ。死んだら砂になる」
「とにかくそいつに寄生されたら、コボルトやゴブリンがトロルみたいにタフになる。相手にとって不足なし」
どこの町にもこういう死にたがりがいるものだ。
死にたがりはパーティを組んでいて、他に三人仲間がいる。
メスカーロへくたばりに行くが、いいか?ときかねばならない。
「でも、だいじょーぶ! なんたって、おれがリーダーだからな!」
次に見つけた冒険者は古書店で見つけた。
二十代半ば、暗い目つきをした学究肌の魔法使いらしく、エメラルドのモンスターについて、
「研究のし甲斐がありそうだ」
「えー。あんた、あれを研究すんの? おいらたち、半殺しにされたんだぜ?」
「だが、その力の抽出に成功すれば、エスプレ川の水を全て遡らせることも可能だ」
「マジ?」
「たとえばの話だ。それにメスカーロは新しい術体系を試すのにちょうどいい実験体に困らないという話じゃないか?」
「おいら、そんな話したっけ?」
「死んで当然の無頼漢が大きな顔をしてうろついていると」
「ああ。そういうことか。それなら使いたい放題だぜ。おかんでも見限った極悪人だらけだからな」
「他に三人とパーティを組んでいる。一応、彼らにもこの話をしなければいけない。だが、みな研究のために程よく倫理を捨てている。きっと喜んで、メスカーロに行くことだろう」




