第四話 ラケッティア、鮮度が命。
ホテル・ミツルフォルニアから北東へ、小さな廃屋や乾いた草地が続く坂があり、丘を登った先に廃坑がある。
もともとは政商リルヴァン子爵の持ち物だったらしいが、王太子失脚事件の巻き添えを食って、子爵が断頭台の露と消えると、銀も銅も申し合わせて地中に引っ込み、赤字の鉱山は間もなく閉鎖された。
その後、盗賊団のアジトになったり、伯爵戦争の残党たちが隠れたりしているうちに、秘密の鉱脈やら宝石の洞窟やら反乱軍再起のための隠し財宝やらという夢はあるけど破産だけはするなよ的な噂が立ち、かと思ったら、モンスターが棲みついてダンジョン化、いまに至る。
鉱山の最盛期にはここから鉱山までの道に酒場や宿屋がずらりと続いていたらしいが、現在は色の悪いトウモロコシが野生している荒地のみ。
ホテルをめぐる柵付きの板張り通路から店へ引っ込むと、長椅子のテーブル席にふたりのならずものがメシを食っている。
ホテル・ミツルフォルニア最初の利用者だ。
ケツを撃たれた男が宣伝してくれたのかと期待してみるが、このならずものたちは白いんげんの炒めものと干し鱈だけを頼んでいる。
「ここの客は張り合いがない」
イスラントが首をふる。
「お前もそう思うか」
「ふん。ということはオーナーもか?」
「そりゃ、白いんげんと干し鱈の炒めものはうまい。こっちに来てから、おれはこの簡単な料理を研究し、こいつには無限の可能性があることが分かった。干し鱈の塩抜き時間と豆と鱈の黄金比。ヴェルデ・ソースをあえてもいい。だが、あいつらの食い方を見てみろ。体に入ればいいくらいしか考えていない」
「せっかくおれがジュレップをつくってやろうとしたが、あいつらは見向きもしなかった」
ジュレップとはかき氷っぽいカクテルの総称だ。
フロストゴーレムの破片ではなく、自分の剣で製氷できるイスラントの十八番。
ジャックに作れないということがとても心地よい思春期!なカクテルだ。
「まあ、あいつらを見てみろ。銃と剣とメリケンサックで武装した砂埃がそのまま人間の形になって動いてるようなもんだ。ジュレップなんてオカマ同士のディープキッスくらいにしか思ってない。でも、おれは洗練されたシティ・ボーイだからな。ジュレップくれ。酒じゃなくてシロップで」
「シロップのジュレップなんてつくらない。それはただのかき氷だ」
「いいじゃんか。減るもんじゃなし」
「おれの魔力が減る」
「なあ、頼むよ~。暑いんだよ~。後で魔力が回復するマッサージしてやるから~」
「駄目だ。何度も言わせるな」
「なんだよ、ケチー。なんで作ってくれないんだよー」
すると、ジャックが帰ってきたので、リキュールの入っていないジュレップをつくってくれ、と頼むと、ジャックのこたえは、
「シロップのジュレップはつくらない。それはただのかき氷だから」
「おやおや。ふーん、へーん、ほーん」
な、なんだ、なぜこっちを見る、とイスラント。
「いや、別に。人間が別の人間をリスペクトするとき、まずは言葉とカクテル哲学から入るんだろうなあ、って思って」
「だ、誰が――」
「ところでジャックさん、その大瓶なあに?」
ジャックは縄で包んだ丸い壜を下げている。
コルクを抜いて、透明の液体をブリキのコップに注ぐと、凄まじいにおいがした。
「なにこれ、セメダイン?」
「このあたりで主に飲まれているサボテン酒だ」
ジャック曰く、ここいらの水源にはみな、このサボテン酒の蒸留所が建っている。
黙って水でも飲んでいれば長生きできるのに、ぶっつぶしたサボテンをぐつぐつ煮て、螺旋管を通して、七十度のテキーラもどきをつくる。
「バーテンダーとしては悔しいが、ここの住人はこれしか飲まない」
ここの連中は字が書けないくせに、アルコール発酵は本能で嗅ぎ取っている。
酵素が死んだら、蒸留すれば、もっとスバラシイ液体がゲットできる。
こいつらには熟成とか樽に詰めるとかそういうのはない。
そんな下らねえことに時間をかけて、アルコール度数も下がるならバカだ。
「それと、オーナー。ダンジョンについて、少し情報を集めてきた」
「おー。それでどんな感じ?」
「やつらはダンジョンからモンスターを連れて帰る」
「ん? いま、耳が馬鹿になったらしい。ダンジョンからモンスターを連れて帰るってきこえた」
「いや、それで合っている」
「……なんで、そんなことするの?」
ジャックは肩をすくめた。
この世界、ダンジョンがあり、そこを冒険する冒険者という連中がいる。
まあ、真っ当な職につける人間ならダンジョンなんてもんには近づかないが、世のなかには真っ当になれず冒険者になるやつがいる。
冒険者たちはダンジョンでモンスターをぶち殺し、角やら皮やらを剥いで持ち帰り、二束三文で売り飛ばしている。
アルデミルにいたころ、八百長ダンジョンを仕組んで、それなりに儲けたことがあった。
あのシスコン、ブラコンどもはまだダンジョンのラスボスをしていることだろう。
だが、割と何でもありだったあのダンジョンでも、モンスターを生け捕りにするというのはきいたことがなかった。
ひょっとしたら、ここではモンスターボールが開発されていて、普段はちっこいボールに閉じ込め、都合のいいときだけ――それもたいていは戦いのときだが――、ボールから出して、戦わせ、それを仲間と称する倫理破綻が起きているのかもしれないと思ったが、どうもここの冒険者どもはモンスターを食っているらしい。
「いま、ゲテモノの話をしたかい?」
クルス・ファミリーのゲテモノ食い筆頭クレオが降りてくる。
「いや、してないよ。さ、森へお帰り」
「森があるような土地には見えないけどねえ。クク」
モンスターを食うけど、鮮度にこだわる。
いかれてるなあ、と思うが、ジャックだって、ダンジョンで得られるものからカクテルをつくっている。
問題は洗練のあるなしだ。
「是非ともご相伴にあずかりたいものだね」
「はー。まあ、ヒマしてるからいいけど。ジャック。その馬鹿どものモンスター踊り食い会場はどこにあるんだ?」




