第十一話 ラケッティア、朝餉の決闘。
あー、どこだ、ここ?
目を覚ましたら、見慣れない天井。
「あ、そうか。おれ、異世界転生したんだった……ふわああ……ねむっ……」
尻をぼりぼり掻きながら、ベッドの上で一発。ケツでベルサイユ条約の毒ガス禁止条項を破る。
確か、あれからメシを食って、すぐに寝たんだった。いろいろあって疲れてたのもあるが。
「おやおや? これはなんだ?」
ナイトテーブルに服が積んであった。フランネルの襟のないシャツ、毛織のズボン、それにベスト。この世界の男が着る普通の服だ。おれが日本からきてきた服はどこへ行ったのやら。洗濯してくれてるのかな? そもそも、この替えの服はどこから?
まあ、いいや。
無駄のない流れるような動きでパンツ一丁になり、そこからCMソングを元にしたパンツにまつわる替え歌を上機嫌に口ずさみつつ、替えの服を身につける。
すると、おおっ。これでおれも立派な異世界の住人――。
そこで初めて気がついたのだが、おれの寝ていた部屋のドアの横にずっと少女が立っていた。
四人のなかの最後の一人。一言もしゃべらない子だ。
黒いぴったりとした戦闘用らしい服をつけ、顔を覆面で隠しているので、こちらが分かるのは灰色髪のセミショートと琥珀色の眼つきだけだが、これもまた感情らしいものがなく、この子の考えていることはさっぱり分からない。
なんで黙ってるのとか、覆面つけたままどうやって物を食べるのとか、いろいろたずねたい謎はたくさんあるが、一番今、知りたいのは――、
「……いつから、そこにいました?」
「……」
「ひょっとして、おれが起きる前からいたの?」
相手は小さくうなずいた。
つまり、この子はおれがケツを掻きながらだらしなく屁ぇこいてるのも見てるし、おれがパン一になってるところも見てるし、おれがおれの作詞したパンツの歌を元気よく歌っているのもきいているわけだ。
「……」
「……」
よーし。切腹するかっ。
やだー! はずかしーっ! はずかしすぎるわ!
女の子にパン一のところ見られたら、恥ずかしくて、もうお婿にいけんわ!
ちきしょー!
ぱたぱたぱた、と軽い足音の後に扉が開く。
「マスター、おはよーございます。朝ごはんの時間なのです! ――あ、ジルヴァ! ここにいたのですか。マスターを守ってたんですね」
ジルヴァはうなずいた。
「お勤めご苦労さまなのです。じゃあ、二人とも、食堂に降りてきてくださいなのです」
朝日がたっぷり差し込んだ食堂。
テーブルにはトーストとちょっと焦げた目玉焼き、それにオリーブオイルをかけたトマトサラダ。
「ボクらでつくってみたんだ」
「ま、わたしが本気になればこんなもんよ」
いただきまーす!
早速、みんなで食べ始める。
おれはと言えば、ジルヴァを見張ってる。
食事中も覆面、黒装束。常在戦場の暗殺者の鑑が物を食べる瞬間、しかとこの目で見届けるぜ。
いやね、あんな醜態見られた以上、こちらも相手の秘密をひとつ手に入れて、イーブンに持ち込みたいんですよ。
相手もこっちを見てる。こっちの考えはお見通しらしい。
いいだろう。その喧嘩買おうではないか。
「ねえねえ、マスター! どうして、マスターはいただきますのとき、手をあわせたの?」
早速来た。目をジルヴァに向けたまま、質問にこたえる。
「おれのいた日本ではそういう習慣だったんだ」
「へー、では、ボクも真似するかな」
「マリスばかりずるい! アレンカも真似するのです! ツィーヌは真似するのですか?」
「別に――でも、マスターがどうしてもっていうなら考えてあげるわよ、って、マスター?」
「んあ?」
「なんでジルヴァばっかり見てるの?」
「いや、見てないよ」
「うそ。ガン見してるじゃない」
「顔面神経痛にかかって顔を動かせないんだ」
「マスター、そういう心ないウソはよくないぞ」
「ちょっと、こっちも向きなさいよ」
「そうです、そうです」
どすっ。ごすっ。
脇腹への攻撃が始まる。
だが、なめてもらっちゃ困る。
この来栖ミツル。一度やるといったことは――、は、ふあっ、ふあっ、
「ぶあえっくしょい! んあーんだらぁぁあほんだらぁ……って、あれ」
ほんの二秒。くしゃみして、ほんの二秒目を閉じたあいだに、ジルヴァの前に置いてあった分厚めトーストと目玉焼きとトマトサラダが消えていた。
「えー、うそー」
「そういえば、マスター」
「ん?」
「やっとこっちを向いたわね。ねえ、マスター。暗殺をまた請け負うってホント?」
「ああ、そのこと。うん、ホント。ほら、このギルドが晴れ晴れカムバックしたことをアピールしたほうが、これからのラケッティアリングに有効だから。ただ、死んで当然の人間のクズがいなかったら考え直すけど」
「ここはウェストエンドよ。いくらでもいるわよ。そんなやつ」
「それなら、マスター、一番はボクに殺らせてくれ。剣ならボクが一番使える」
「アレンカもすごいのです! 火力が一番なのは、なんでも一番だって偉い人も言ってたのです!」
見眼麗しい少女たちが自分の暗殺術を売り込む。
これはハーレムなのかな? ちょっと違う気がしてきた。
それにもう、誰にするかは決めてある。
「えーと、ですね。本省としても入札の結果を慎重に検討いたしまして、ま、とりあえず今回はジルヴァさんにおまかせするということでよろしいでしょうか?」
えー、ぶー、はんたーい、と三人の少女が不平の声を上げる。
でも、しょうがないでしょ。
目は口ほどにものを言う。ジルヴァの視線に――男なんてサイテーと言わんばかりの無言の脅迫のようなものを垣間見てしまった以上、決定は覆せないのだ。




