第二十二話 仕掛け人、愉悦的価値逆転。
銀取引所前でのセディーリャ紙幣炎上はただの焚火としてとられ、金融業者は平静を装ったが、セディーリャ紙幣とスヴァリス紙幣の相場は二十七対一という分かりやすい反応を示した。
アウグスト・セディーリャは河岸のベンチに座り、スヴァリス紙幣買い取りのために集められたセディーリャ紙幣の塊が沖仲士の背に縛りつけられて水揚げされるのを眺めながら串焼きイワシをハフハフ食べていた。
このイワシはそばにある屋台にて、スヴァリス紙幣二十枚で購入できる。
だが、セディーリャ紙幣では五四〇枚用意しないといけない。
このセディーリャ紙幣の持ち主はフォン・ロウエンドルフ。レンベルフ公国出身の貴族だと自称しているが、本当は南洋諸島の詐欺師で、熱帯魚絡みの詐欺で島にいられなくなった山師だった。
「はやくしろ!」
大きな口ひげと片眼鏡をつけた偽レンブルフ貴族は艀のもやい綱をステッキで突き、自分の財産が目減りしてゼロになる前に紙幣を売り抜けようとしている。
「フォン・ロウエンドルフ公爵!」
偽貴族はセディーリャの声がきこえないのか、ハッパをかける作業に没頭してした。
「公爵!」
「うるさいぞ!」
そう言って、振り向いたとき、ステッキが沖仲士にぶつかって、紙幣ごと川に落ちた。
すぐに沖仲士は助けられ、セディーリャはてきぱき命令して、焚火を起こしたが、その焚火は他ならぬフォン・ロウエンドルフの紙幣を燃やす火から構成されていた。
「やめろ、このバカども! 私有財産を何だと思っている! それにお前!」
彼は川に落ちた沖仲士を怒鳴った。
「紙幣を全部流しちまいやがって! あのひと塊は貴様の命よりも重いんだぞ!」
セディーリャは親切に、現在のレートは一二七対一であり、あれくらいのセディーリャ紙幣では沖仲士を一時間雇うこともできないと教えた。
「黙れ、このバカ! 忙しいときに話しかけやがって!」
「わたしはただ、あなたにアドバイスをしたかっただけです。セディーリャ紙幣を売らないほうがいいですよ」
「バカ言うな! もうレートが百を超えてるのに! 邪魔をするんじゃない。おれは売り抜けに行くんだ!」
偽レンベルフ貴族が行儀が良いのは詐欺を働くときだけである。この紙幣投機でずいぶんと育ちの悪さが出ていて、このままでは彼の本業である貴族詐欺に戻るのは難しそうだ。
セディーリャは別にひとりの詐欺師の食い扶持を潰すために紙幣をつくったわけではないので、親切な忠告をしたが、結局、忠告を取り上げるかどうかは受け取り手の意思ひとつ。
もちろん、偽貴族がちょっと落ち着いて、紙幣を見れば、自分が話している男がこの一連の投機騒動の仕掛け人と分かるが、残念なことにフォン・ロウエンドルフの手持ちの紙幣は紙こそ新しいものの印刷はだいぶ落ちたM&M紙幣。どのみちセディーリャと分かることはなかったのだ。
「いまセディーリャ紙幣を交換したら大損すると教えたかったのだけど」
セディーリャはもう来栖ミツルがゴミ処理コンサルタントをしていることを知っていた。
来栖ミツルはそれが知られればいいと思って、わざと口の軽い悪ガキとおばちゃん軍団に広めていたのだ。
そして、紙幣の山が燃やされた。
焼かれたのはセディーリャ紙幣だけだが、来栖ミツルはコンサルタント料としてセディーリャ紙幣とスヴァリス紙幣の両方を受け取っている。
それはつまり……次に焼かれるのはスヴァリス紙幣ということだ。
聖アロンゾ教会の鐘が鳴った。
火災を知らせる五点打ち。それを重ね打ちしているということは火事は二件だ。
東へ目を向ければ、ロデリク・デ・レオン街のほうから黒煙が二本、午後三時の切ない青空へと伸びている。
――†――†――†――
火災から三十分後、今日の取引が締めきれらる直前にはセディーリャ紙幣とスヴァリス紙幣の交換レートは逆転して一対五十になっていた。
フォン・ロウエンドルフはスカリーゼ橋からダイブしたが死にきれず、河岸にいたセディーリャがそばに転がっていた棒を差し伸べて、なんとか命拾いした。




