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ラケッティア! ~異世界ゴッドファーザー繁盛記~  作者: 実茂 譲
カラヴァルヴァ 神権政治と闇カノーリ編
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第二十一話 アサシン、賢者的少年との対話。

「見てくれたまえ、マリスくん。ピンクカエルにターコイズブルー・パンケーキを食べさせたら、ターコイズブルー・パンケーキ色のピンクカエルになった。声質にどのような変化が出るか、実に楽しみだ」


 銀取引所の一角――旧絨毯売りの取引場――を借りて作られたスヴァリスのカエル温室では深みのある声を目指したスヴァリスの飼料実験が絶え間なく行われていた。


 最近、スヴァリスは回帰志向でサンショウウオよりもカエルのほうがやはり声はよいというわけでカエルを買いあさっていた。


 いい声で鳴くカエルを高く買う、と街じゅうの公示人にしゃべらせているのだが、世のなかがスケベに傾いているためだろう、「ああん」とか「いやん」とかエッチな声を出す美女たちが女衒と一緒に――ときどきはひとりで――スヴァリスのもとにやってきては老元帥をがっかりさせた。


 そんななかスヴァリスを心から喜ばせたのはピンクカエルにターコイズブルー・パンケーキを食べさせることを助言した人物――〈すわりす塾〉の神童セイキチであった。


     ――†――†――†――


 スヴァリスはターコイズブルー・パンケーキの功によりセイキチをディルランド王国軍参謀長に取り立てようとしたが、セイキチはそれを固辞した。彼は既に来栖ミツルから全権大使に任命されていたのだ。


「来栖さん、困ってるみたいです」


「ふん。もっと困ればいいんだ」


 だが、実際困っているのはマリスも同じだった。

 マリスの部屋は鶏の入った籠でたくさんの取引広場の上にあり、うるさいトキの声で寝不足だった。鳴かないときは籠を突っつく音が止まない。


 もっといい部屋はみなカネがかかり、たいていは金融業者が薄いレースの向こうで愛人たちに裸踊りさせるために借りている。


 もちろんマリスには暗殺という換金可能な技術があるが……。


「来栖さんのいない状態では嫌なんですよね?」


「さあね。気分が乗らないだけかもしれないよ」


 銀取引所の回廊を歩いていると、ふたりの吐いた白い息――まわりで吐かれる息よりもずいぶん低い位置――を木枯らしがさらっていった。


 右手の、大きな石敷きの庭では身振り手振りで金融取引が行われていた。

 セディーリャ紙幣とスヴァリス紙幣のあいだに架橋不可能な均衡を夢見て一喜一憂し、自分に有利な相場になるまで借金取りから逃げまわる。


 札束で地位を買った下心のある書記たちは顧客の秘密を平気で自分の取引に利用するので、ほとんど席にいない。小銭大銭を稼ぐのに忙しいのだ。

 古くからの書記はみな髪の白い、ローブの黒い、そして、その字は面白みにかけるが、どんなにぐずぐずの紙でも滲んで読めなくなったりしない、確かな職人で、字を真似されることを考えてインクを自分で作ってさえいる。


 マリスはそういう職人気質が好きだった。

 彼女自身が剣術の職人なのだ。ガラスの上に置いた輪っかをガラスに少しも傷つけないで剣先に引っかけることができた。


 世界は一割の職人と九割の役立たずによって動いている。

 ここにいるのは自分はカネつくりの職人だと思い込んでいるうぬぼれたバカどもであるが、あの書記のように自分の技を見失わないものがいることはとても好ましい。


「紙はインクを載せるためにあるんだ」


 その書記はふたりに言った。職人は書くのではなく、載せるのだ。


「カネにするためじゃない。確かにカネは役に立たない。腹も膨らまないし、高いところにあるものを取ることもできない。カネとパン、カネとはしごを交換してくれる人間がいることが大前提だ。これは紙にしろ金貨にしろ同じだ。交換してくれる人間がいさえすれば、何も問題はないんだ。だが、技は違う。技は確実に自分ひとりのものだ。わしが物を書くのに誰かの許可はいらない。紙とペン、なければ水と地面にだって字が書ける。技は大切にしないとな。子どもたち」


「技、かあ……セイキチはどうなの?」


「ちょっと厳しいですね」


「え? 厳しいの?」


「材料が手に入りにくくなって、思ったように商売ができないという意見が上がっています」


「そうじゃなくて、ヴォンモ」


 そこで見せたセイキチの慌てっぷりは見ていて、若干、罪悪感を感じるほどにウブだった。

 紙と絵具が手に入りにくくなる前はお互いに描いた町の風景を交換し合ったりしていて、きれいな花札で遊んだり、小さなラケッティアリングもしているとか。


「ラケッティアリング?」


「数当て賭博の当選者の用心棒です」


「独立してる胴元のなかには当たりを払い戻さないやつがいるっていうからね」


「そのうちアズマ街でも富くじを販売することになっています」


「ふーん。ところで、ロベルティナのことはきかないの?」


「はい。ききませんよ」


「なんで?」


「これは来栖さんが自分で話したほうがいいと思います」


「そう、かなぁ」


 今度、来栖ミツルが自分でやってきたら、わけをきいてみようかな、と思ったそのときだった。


「火事だあ!」


 そういう叫びがきこえてきた――が、誰もその場を離れようとはしなかった。

 取引ジャンキーは火事や地震くらいでは慌てない。火事や地震が相場に影響をあらわしてから慌てるのだ。


 だが、今回の火事は少し違った。


 大量の水バケツが置かれたそのそば、サンタ・カタリナ大通りで山と燃えているのは他ならぬセディーリャ紙幣だったのだ。

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