第十八話 魔法兵器、素朴的お昼ご飯。
「えーと。まずはカリカリコリコリを作って……」
粉砕機のなかでカリカリコリコリの材料である炒った木の実、にんにく、古いパン、それに香草がゴリゴリ砕けている。
粉砕機と言っても、すり鉢と交換可能なすりこぎがつけられただけの分かりやすいもので、恐怖のペリペリソース・フェスティバルを逃れられるようなハイスペックなものではない。
シップはフレイから多機能万能アームをつけられていた。
多機能と万能は意味がかぶっている気がして、頭痛が痛い的なお馬鹿な匂いがするが、いま香っているのは炒めた木の実と一緒に炒めたにんにくの匂いである。
木の実や薄くスライスした古いパンはカラカラになるまで炒められていて、これをすりつぶして、口で噛むとカリカリコリコリの名前の由来が分かる。
ニンニクは粒のまま、両面に焦げがつき始めるまでオリーブオイルで炒めて、潰して混ぜる。
これがカリカリコリコリを酒場の小皿のナッツと区別する重要なうま味だ。
「うん。よくできた……と思う。うーん。機械は味見が出来ないんですよね。でも、玉ねぎをみじん切りにしても涙が出ないので、差し引きゼロ……いや、マイナスに針がふれてますね」
すり鉢状態のアームからザラザラと壺にカリカリコリコリを注ぎ込む。
「それにしても」
シップはすり鉢状態からハンマー、ペンチ、扇風機と変形させたが、そのとき機械と部品が鳴らす音はカリカリコリコリを噛んだような優しめの音がした。
このアームは三十余りの機能を備えた素晴らしいパーツで、何なら扇風機をスカートめくりの幸運の風にしてもいい。
もちろんシップはそんなことはしない。
ツマミを〈弱〉にあわせて、鋳鉄製の調理レンジでセディーリャ紙幣を燃やすのに使っている。
「うん。すごく便利なアイテムです」
シップは料理のできる男になりたかった(料理のできる魔法兵器と言わなかったのは電子レンジへの改造を警戒してのことだ)。おそらく来栖ミツルを見習ったのだろう。
ただ、料理は何も来栖ミツルばかりがしているわけではない。
ファミリー構成員とファミリー構成員も結構いろいろつくって、自分でもそもそ食べている。
マリスのコーン・フリッター。
アレンカの焼き葱。
ツィーヌのキャラメルシロップ。
ジルヴァのふわふわたまごパン。
エルネストのコールスロー・サラダ。
カルデロンのほうれん草炒め。
〈インターホン〉のレモンミルク。
トキマルのポーク・アンド・ビーンズ。
ジンパチの玉ねぎ茶漬け。
ディアナのイカリング。
フストのポーボーイ・サンドイッチ。
ギル・ローの小エビのコショウ炒め。
ジャックのアンチョビじゃがバター。
クリストフの茶飯。
ヴォンモの目玉焼きトースト。
フレイのレバニラ炒め。
ロムノスの糖蜜焼きカボチャ。
グラムのえびのあら塩焼き。
アレサンドロのターコイズブルー・パンケーキ。
ミミちゃんのポーション風味クッキー。
クレオのベリー・ジャム。
ウェティアのミント・シロップ。
フェリスの山椒昆布。
イスラントの麦とろご飯。
出待ち幽霊のエッグベネディクト。
赤シャツのトウガラシのロースト。
ガールズも簡単なものなら自分でつくれるようになっていた。
それにアズマ文化の香りが各人の好みに入り込んでいて、フェリスは昆布教の信者になっている。
彼らと来栖ミツルの違いは、前者は残り物でひとり分つくるが、来栖ミツルは朝昼夕の食事全般において計画を立て、市場や店に行く。
安かったり旬だったりする食材から献立を決めて、食料の余りが出ないよう、栄養に偏りがないようつくるのだ。
シップは市場や店に行ける料理係になりたかったのだ。
さて、いま、シップがつくろうとしているのは鶏もも肉と海老のトマト煮込みだった。
ただ潰したトマトに海老と鶏肉を放り込んでおしまい、な料理では夜食の域を出られない。
そこでカリカリコリコリの出番がある。
まずトマトと玉ねぎを炒めてブランデーも少々。
ここに鶏もも肉と海老を放り込み、煮込んでいい塩梅になったら、カリカリコリコリを投入。
釜にぶち込むセディーリャ紙幣を少し抑えて、十分用の砂時計を逆さにして煮込む。
できた!
このインフレ世界、ここまでの料理を手に入れるにはどれだけの紙幣を費やせばいいのやら。
さて、インフレは置いておいて、できたはいいが、自分では食べられない。
とりあえず料理を持って、〈モビィ・ディック〉のカウンターに出ると、おでこにセディーリャ紙幣を一枚貼りつけたクリストフとディアナがいた。
「あの……何をしているんですか?」
「腹が減ったので、力を消耗しないよう、ここでじっとしている」
「おれも腹が減ってる」
「そうですか。あの、もしよろしければ、これ、いただいてもらえますか?」
ふたりはうまいうまいと夢中で食べていたが、おでこにくっついた紙幣の理由をたずねることができない。
新手の魔除けかな?
「このカリカリとした触感がたまんないな」
「ああ。うま味がある」
「そうですか? わあ! ありがとうございますっ」
赤ワインと一緒に食事しながら、現在のカラヴァルヴァの実に奇怪な認識の歪みについて話した。
「クリストフ。怪盗稼業はどうだ?」
「まったく流行らん。どの悪党も溜め込んだのは凄まじい量のセディーリャ紙幣だ。それをばら撒いても、誰も拾おうとはしない。少額過ぎて話にならない。ところが同じ少額の紙幣でも、誰かをだましたりイカサマしたりしてまき上げるとそれがたまらなく愛らしくなるあたり、ああ、クズだなあって思うんだよな」
「今は印刷所でも普通のエロ絵は流行らない。紙幣同士がエッチなことをしている絵でないと売れない。その欲情は明らかに特殊だが、驚かない。マンドラゴラのときも同じことがおきた」
金貨銀貨銅貨はお金としてもはや通用しない。無粋なアクセサリーと思われている。
物々交換も流行らない。それは野蛮だと言うのだ。
なぜ、こんな大量のセディーリャ紙幣を意地でも使い続けるのか、分からないが、ヒントのようなものはある。
「えっと。これはボクの想像ですが――たぶん社会的成熟度の問題かもしれません。ボクがいた星では紙幣が出回っていたんです。紙幣で経済をまわせるのは高度に発達した世界です。どれだけの紙幣をすれば経済がインフレをせずにまわせるのか、それを常に把握し続ける仕組みがあったんです」
「お世辞にもカラヴァルヴァは紙幣を管理できているとは言えない」
「でも、それでも嬉しいんです。紙幣を使うことはそれだけで他の場所の人たちよりも立派な気がするんです。まあ、仮定ですけど」
「でもよ、そのくらいの理由しか思い浮かばないよ。だって、これ、集団自殺だぜ。自分の財産紙切れに変えちまってさ」
「また、マンドラゴラバブルの轍を踏むだろうが、セディーリャは逃げるだろう。そして、これは賭けてもいいが、セディーリャはまたこのカラヴァルヴァにやってきて、似たようなことをする。しかし、セディーリャの何が、こんな大事をしようと思わせたのか」
それが、マリスのしょぼんとした気持ちだとはさすがに誰も思いつかなかった。
「マリスのやつ、まだへそを曲げてるんだな」
「ミツルはロベルティナのことを説明しているんだろう?」
「説明したけどきいてくれないんだとさ」
ディアナはちょっと吹き出した。
「それはそれは。事実を知れば、物事はずっと簡単になるのだが」
「まあ、面白いから、しばらくこのままでもいいんじゃねえの? マリスも元気してるみたいだし」
「そう、なんですか?」
「確かに怪盗稼業はさっぱりだが、このいかれた具合も悪くない。あと二週間かそこらでみんな目が覚める。そうしたら、悪さする悪党のお宝ももとの黄金やら宝石やらに戻る」
「じゃあ、安心ですね。でも、ちょっとさっきから不思議だったんですけど、どうして、おふたりはおでこに――」
そのとき、扉が跳ねるように開いた。
そこにやってきたのはトキマルとアレサンドロだった。
珍しい組み合わせだ。また、禁パンケーキ法が施行されたときも驚かなかったアレサンドロがひどく慌てている。
慌てたふたりはそのまま〈モビィ・ディック〉の厨房へ。床下の食料庫を開けて、飛び込んだ。そのとき、トキマルが何か叫んでいたのだが、早口なのと慌ただしいのとで『ロベルティナ』と『ヤバい』という言葉しかきこえなかった。
一体なんだろう?
三人とも小首を傾げていると、また扉の鈴が鳴った。
やってきたのはロベルティナ・ペトリスだった。
「こんにちは」
「あなたがここに来るとは珍しいな」
「ああ。実は人を探してるんだ。トキマルくんとアレサンドロさん、見てないかな?」
「いや、見てないな」
ディアナは息をするみたいに嘘を吐いた。
「こっちに来たと思うんだけど」
しばらく世間話をしてからロベルティナは帰っていった。
帰り際に、
「ところで、お二方。どうして、額に紙幣を貼っているんだい?」
と、たずねた。




