第五十一話 ラケッティア、城攻め開始。
王都ディンメル。
小さい国だが、それでも首都となれば立派なものだ。
青みがかった石を隙間なく積み上げ、城壁には弓兵を配した木造兵舎や門に飛びついた攻め手の頭に浴びせるタールを煮るための鍋も用意されている。
遠くに見える塔は宮殿の一部だろうか?
さて、あれから一か月。
ディルランド王国は南にある国だが、十二月ともなると吐く息も白い。
兵士たちは塹壕を掘って、二本の溝がディンメルを囲った。
塹壕の最前線には見張りの兵だけがいて、後方に戦略予備として本隊が控えている。
もし、敵が出撃をかけたら、見張りが合図し、本隊がぶつかる。
まあ、そのへんはスヴァリスら本職にまかせる。
それよりもおれにとって大切なのは兵隊たちの後方だ。
解放軍は十二の旅団から成っていて、東西南北をそれぞれ三個旅団で囲んでいる。
解放軍各旅団の後背地には簡単な暖炉付きの丸太小屋をつくらせている。
真冬の包囲ともなると、テントでは寒さは防ぎきれず、小屋がどうしてもいるそうだ。
簡単な暖炉というのは要するに壁のとこに穴を掘って片方を外につなげる。
その穴で火を燃やせば、煙は外に出るという、これを暖炉呼ばわりすると怒り狂った暖炉職人たちがギルド単位で突っ込んでくる代物。
ともあれ、塹壕による包囲は完了し、兵士が割と快適に過ごせる丸太小屋の集落もできた。
「それでこれからどうするね?」
おれはスヴァリスとともに塹壕と集落、それにディンメルの城壁を一望できる丘の上の、さらに上から一望できるように立てられた木の足場の上に立っていた。
「この足場、上らなきゃダメなのか?」
足場から地面まで十メートル。
風はびゅうびゅう吹いてめちゃ寒いし、足場がギシギシ鳴っててめちゃ怖い。
「別にそういうわけではない。話すなら下でも足りる」
「そういうことはやく言ってくれよな! 寒いし怖いし」
「まあまあ。せっかく上ったのだから、ここでこれからのことを話そう」
「ぶー。ちぇっ。まあ、いいや。で、これからのことだけど、ちょっと変わった兵糧攻めをしてほしいんだ」
「ちょっと変わった?」
「普通の食料は通していい。この包囲戦で飢餓を起こさせるつもりはないんだ」
「では、何を遮断するのだね?」
「酒だ」
「酒?」
「ビール、リキュール、ワイン、火酒。その他、酒の材料になりそうなものも全部没収。とにかく酒は一滴もディンメルに入れちゃ駄目だ。ディンメルを渇かさないといけない」
「わかった。そうするよう、各旅団司令官に伝えよう」
「それからもう一つ。各部隊の楽器ができるやつは全員、うちのアサシンたちから曲を教わって欲しい。そして、教わったら、昼夜を問わず、ぶっ続けで演奏すること。演奏をディンメルにきかせてほしい」
「ふむ。交代でやれば可能だろう。他には?」
「うちのファミリーがいる小屋に行って、〈インターホン〉を呼んで欲しい」
「それも作戦のうちかね?」
「いや、上ったはいいけど、怖くて降りられないから、おれを背負って梯子を下りてほしいだけ」
今のおれの足は生まれたての子馬みたいに震えていた。
ガルムディアもまさかこんなやつのせいで敗北を喫することになるなど夢にも思ってないだろうな。
――†――†――†――
それから一週間。
ディンメルの酒はどうやら切れた。
解放軍の騎兵は食料輸送隊を捕まえることはあったが、それは前もって言ったとおり通らせた。
ただし、酒の類は全て没収。
そして、没収させた酒はどんどん兵士たちにくれてやった。
各旅団の受け持つ塹壕からディキシーランド・ジャズがガンガン響き、解放軍の兵士たちはガルムディア軍の胃袋をあたためるはずだったワインをこれみよがしにがぶ飲みした。
ちらっと城壁を見ると、物欲しげにしている敵の弓兵の姿がしょっちゅう見られるようになった。最初のうちは下っ端の兵士だったが、兵士は士官にかわり、そのうち敵の弓兵大将が忌々しげに解放軍の酒盛りを睨むようになった。
敵も城門から出撃して包囲突破を試みるが、音楽と酒で酔いしれていても、反撃部隊はシラフでいたから、難なく追い返すことができた。
ここに史上初の飢えない兵糧攻めが完成した。
名づけて『狂騒の20年代作戦』
ディンメル内部を禁酒法状態にしておいて、城の外にお楽しみを用意し、そこで馬鹿みたいにはしゃぎたい、音楽と酒に酔いしれたいと強く思わせ、ディンメルの住民、そしてひいてはガルムディア兵をも脱走させるのだ。
こんなバカげた包囲戦をきいたことがない?
ふん。これがラケッティア流なのだ。文句あっか。




