第二十六話 ラケッティア、そろそろ決着つけるか。
意外にもガールズたちは赤シャツがおれの身内になると、たちどころに復活した。
「まあ、マスターが認めるほどの相手じゃしょうがない。でも、一番はボクだからね」
そういうもんらしい。
ともあれ、フレデリーチョ陣営の、ひいてはカンパニー陣営の最大懸念であった赤シャツがこっちにつき、それに嬉しいボーナスステージとして、マリス、ツィーヌ、ジルヴァが復活した。
ただ、復活がほんの十時間だけ早かったアレンカが自分の優位性を主張して、他の三人から空手チョップの粛清を食らいそうになったが、まあ、これは置いておこう。
ところで、おれは恥知らずだ。
酒を密輸し、賭けの胴元で、街の役人を買収し、誰それを殺ってこいと命令する。
カタギから見れば、恥知らず。
だが、おれは自分の恥をプライベート・ビーチで隠そうとしない意志のある恥知らずだ。
支持者を動員してラッパを吹きながらラ・ペッサ通りを練り歩き、そのまま、件のプライベート・ビーチへ。支持者の警備兵みたいなものがいたが、数百人の群衆を前に寝返るか、フレデリーチョの変態性欲の片棒担ぎをしてパブリック・ジャスティスという名のリンチにかけられるかを考え、もちろん寝返る。
まるで中国の末期王朝のように寝返りが連鎖し、椰子のジャングルからビーチへ飛び出す。
そこでフレデリーチョが女の子相手にしていたことの詳述はしないが、水辺できゃっきゃしながら水をかけあうくらいのものでは済まないことをしていたことだけは確かだ。
民衆の怒りはすさまじくグリルをぶち壊し、パラソルをズタズタにし、酒壜を片っ端から一気飲みにし、フレデリーチョのご相伴にあずかろうとしている島の高官たちに火をつけようとたいまつ片手に追いまわした。
次の日、フレデリーチョはフレデリク・ガリロムスになった。
もう、誰もやつをフレデリーチョと呼ぶものがいなくなり、問題のビーチではガランチョだかドランチョだかが、早速刺し網で山椒魚を取り始めた。
敵陣営がいなくなったので、もう選挙権の年齢を引き下げるとか、そういう細かい策を練らなくてもよくなってしまった。票田はみな成長して稲穂で重く、こうべを垂れて、おれたちに無条件降伏し、何もしなくても当選確実になった。
投票箱は勝利を吸い込む箱となり、酒場で、村民館で、自警団詰め所でヨシュアやリサークの名前を書いた紙が投じられていく。
一か所だけフレデリーチョの名前を書くしぶとい連中がいた。
ロンヒーニョ通りの古い旅籠のなかで浮浪者たちを何度も何度も並ばせて投票をしているというタレコミがあっただが、きけば、ひとりの浮浪者が十三度も投票している。
旅籠の持ち主はおれの顔を見ると、とっとと失せやがれと言ってきた。
「あんた、間違った馬に賭けてるよ」
「出ていかねえと叩き殺すぞ」
「マスター、こいつ殺してもいい?」
「まあ、待て。ここは退却だ」
選挙対策本部から持ってきた大きな車輪付きの箱のなかには油の入った壜とぼろきれが入っている。
雑魚寝部屋の裏手に今は使われていないらしい厨房があり、そこには乾いて脱色された木がたくさんあった。
裏口は鍵がかかっていたが、油につけたぼろきれをドアの隙間にきっちり突っ込み、硫黄をつけた紙で種火をつけると、扉に突っ込まれたぼろきれに火をつけた。
最初、火は控えめに扉を焦がしていたが、そのうち火が上を目指して扉が炎に包まれ、ドア枠が燃え出し、ピキピキと音を立て始めた。
そのうち火は壁を伝って、ガラスを割り、古い厨房に飛び込んで、あっという間に部屋で炎が渦巻いた。
火が天井まで届いている。つまり、消火器で消せる限界を超えたということだ。
そのうち旅籠の表から、わあわあと騒ぐ声がきこえてきて、強面の店主が走ってきたが、手には古い剣、脇に投票箱を抱え、おれたちを見ると怒りのあまり口から泡を吹き始めた。
「てめえら、この野郎」
振り下ろされた剣をおれ以外は軽やかに、おれだけ無様に避けて、振り返ると店主は目をまわして倒れていた。投票箱は燃え盛る厨房に放り込んだ
炎は二階まで広がって、全焼は免れない。
さすがにこのままでは悪いので、店主をひっぱたいて目を覚まさせると、
「フレデリーチョのプライベート・ビーチで山椒魚焼酎の醸造所をつくる。そこに雇ってもらえ」
と、従業員をゲット。
さっきも言った通り、おれは恥知らずだ。
恥知らずで放火魔だ。
その夜、集められるだけの酒と焼き肉をもって、ペスカディーリャ通りの選挙対策本部で当選祝賀会をエル・ジェリコの連中を集めてやった。
まだ開票は先だが、こっち陣営の人間しか立候補していない。カンパニーは〈提督〉以下、何もなせぬまま逃げ去った。
上流階級の女の子は行動力を発揮して、荒くれ男に変装して、ヨシュアたちのそばに寄るのだが、二、三人がマリスにときめいて、そろそろと近づいている。
景気よく壜の栓を開け、カメと豚の丸焼きにナイフを入れ、娼婦たちがテーブルの上で踊り、見る人が見れば、これから始まる金権政治の前兆を感じ取ることができただろう。
ただ、重要なことを忘れていた。
総督府は正式に選挙を認めたわけではない。
選挙で大衆の支持をバックに総督府に選挙政治を認めさせるというだけのことなのだ。
だから、総督が首を縦にふらなければ――。
「総督府だ! 神妙にしろ!」
やつらがドアを破って、おれたちをパクる。




