第二十三話 ラケッティア、いろんなおっさん。
以前にも話したが、おれの商売、いろんなおっさんに会う。
こと選挙となると、おっさんの数は相当なものになる。票を集めるおっさん、スキャンダルを仕込むおっさん、女をあてがうおっさん、リストをつくるおっさん、投票箱を分捕るために知恵を絞るおっさん、こっそり船を出すおっさん、おばさんみたいなおっさん、コネがあるおっさん、複数回投票作戦に浮浪者を供給できるおっさん、演説がうまいおっさん、サクラをするおっさん、人を殺す度胸があるおっさん、暴行傷害までなら覚悟できるおっさん……。
と、まあ、いろいろいる。
宇宙人にとって選挙制度とはおっさんの撮り鉄、様々なおっさんのあられもない姿を宇宙カメラで激写することだろう。
まあ、宇宙行ったことあるから、そんなことしないのは知っているけど。
ただ、これだけたくさんのおっさんがいるなかで、絶対にいないおっさんがいる。
それはカネを持っているおっさんだ。
世は春秋戦国時代。
才あるものはそれを諸侯に売り込んで立身出世をする。
もし孔子がカネを持っているおっさんだったら、儒学は存在していない。
不足は発明の母なのだ。宗教ですら例外ではない。
ペスカディーリャ通りの選挙対策本部には今日もいろいろ売り込もうとするおっさんたちがやってくる。
このころになると、選挙対策本部はエル・ジェリコの団員たちのたまり場になり、〈命の水〉の一大消費拠点となっている。
座るための箱と穀物袋、酔っ払った娼婦が十人一度に上で踊ってもびくともしないテーブル、サイコロを転がすための絨毯、ピアノを弾く三兄弟の猿とピアノ、蟹ビールの樽……。
いま、おれが話しているのはガランチョというおっさんだった。
この丸顔に口ひげのおっさんはスパゲッティに爆弾をつくれるおっさんだ。
スパゲッティ爆弾って、トニー・カーティスが出てた『暗黒街の顔役』で見たけど、どういう原理なのかな、と以前から不思議に思っていた。
曰く、スパゲッティ魔法工学における連鎖反応を利用するもので、スパゲッティにAという物質、ミートソースにB、チーズにC、そしてフォークにDという物質を仕込む。ABCDはそれぞれ無害な物質だが、これが合わさると爆発物Zになってドカンするらしい。
「じゃあ、早速、敵陣営にスパゲッティ爆弾を。あと、これは安全のためにきくんだけど、あんた、転んでも爆発しないよね?」
「しないが、スパゲッティもまだ爆発はしない。理論的には可能なはずだが、実現に障害がある」
「これは魔法に素晴らしい知識と能力がある人物がいれば、片づく問題かな?」
「まあ、そうだな」
それからガランチョは字がびっしり小さく書きまくられた羊皮紙を取り出した。
「これが分かる人物がいれば、それでスパゲッティ爆弾は完成するはずだ」
スパゲッティ爆弾考案に金貨三十枚を支払い、これはアレンカの元気づけに使う。
次のおっさんも丸顔で口ひげのおっさんで、名前はドランチョ。
海辺に強いおっさんだ。
「普段は蟹を獲って暮らしてる。蟹ビール醸造ギルドに売っても小銭にしかならん。正直、あんたの酒が出回ると困るが、こっちのほうがうまいし強い」
「蟹ビールって儲かるの?」
「醸造ギルドがつくった蟹ビールは小銭にしかならんし、店で出しても小銭にしかならん。のんべえが楽しくなるほど強くもない。まあ、誰かが得してるはずだが、それが誰なのかは、このクソ島のまわりに蟹が住み始めたころから謎のままだ。この島じゃ蟹ビールを五百年飲んでる。毎月、この〈命の水〉を十本くれるなら、いいことを教えよう」
今月分として十本、壜でもたせると、ドランチョは蟹とり籠にそれを入れた。
「フレデリーチョ・ガリロムスなんだが、あいつがときどき女といちゃつくビーチを知ってる。そのなかには世にバレたらまずいほどのガキもいる。人間の、メスのチビだよ。実はその海には山椒魚が棲んでいるらしいんだ。そこでおれは考えた。山椒魚で焼酎が作れないかとな。もう蟹はうんざりだよ。おれの願いは蟹ビールなんかよりもずっと強い酒を島で生産して、ひとりでも多くの人間を堕落させることなんだ」
「それは壮大な野心っすね」
「だろ? そのためにはフレデリーチョが邪魔だ。まあ、おれがつくる山椒魚焼酎はあんたの〈命の水〉の商売敵になるかもしれんが」
「おれが山椒魚焼酎に投資すれば、おれもあんたもハッピーじゃない?」
「そう言われればそうだな。肝心の蒸留施設がなかった」
ジャックのカクテル・レパートリーが増えそうだ。蟹ビールと山椒魚焼酎。
三人目のおっさんはザランチョ……。
これ系の名字はこの島にたくさんあるのかな。
四国の長曾我部氏と香宗我部氏みたいに。
だが、ザランチョはこれまでのンチョ系おっさんから外れる特徴があった。
丸顔ではないのだ。
大学教授みたいな立派なヒゲは生えているが、顔は丸くない。
ザランチョは医者みたいなおっさんだった。
「ここに来れば、腹から内臓が飛び出した患者で外科措置の練習ができるときいた」
「まあ、嘘じゃないけど、それ、選挙に役立つ?」
「わしに腹を縫われた人間は恩に思うだろう?」
「まあ、医者――みたいなやつはいて、損をするわけじゃないけど」
「幸いここには麻酔薬がたくさんある」
「〈命の水〉のこと? いや、飲ませたら、血管が拡張するよ?」
「それは好都合。疲弊した血を外に出せる」
「瀉血信じてるの?」
「瀉血を信じていないのかね?」
「少なくともおれは絶対にしてもらいたくない」
「本業は床屋なんだ」
「うん。こっちの世界――じゃなくて、えーと、国は床屋が外科医してるよね」
「従軍床屋が現場で経験を積んで、民間で活躍する」
「従軍してたの?」
「いや」
「じゃあ、経験はどこで積んだの?」
「これから積むんだ。ここで」
「……もし、おれが刺されてここに担ぎ込まれても、絶対おれに触らないって約束できるなら、ここで患者相手に練習してもいいよ」




