第十六話 ラケッティア、それが何か。
フレデリーチョことフレデリク・ガリロムスとそのバックにいるカンパニーの最高幹部〈提督〉と呼ばれる男がペスカディーリャ通りの倉庫にやってきた。
勲章やメダルで着飾った軍服の初老で、カンパニーの諜報部門を担当している。
本名はレオポルド・オドンネル。暗殺部隊もこの男の下にある。
樽に囲まれた部屋で粗末なテーブルをみなで囲むと、お互い、まるで敵対関係にない良好なパートナーのような白々しい会話が続き、場があったまったところで具体的な話が出てくる。
「きみがあのふたりを当選させても、そのまま選帝侯にする意志がないのは分かっている」
「そうでもないかもしれない。おれは当選したやつをそのまま残すかもしれない。軍港の租借に関する交渉事を全部任せるかもしれない。支持基盤にカネをばらまいて、この島に皇帝のようにふるまうかもしれない」
「こちらのガリロムスくんはこの島に強固な基盤を持っている」
「じゃあ、おれはカラヴァルヴァに帰るだけだ。信じないかもしれないが、もともとおれはここに休暇で来たんだ。あんたたちも知っている通り、おれの地盤はカラヴァルヴァにある。おれは不思議なんだけどな、おれたちみたいな地元のやくざ者にあんたらみたいな大きな組がなんで、いちいち突っかかるのか理解できない。これから先の選挙がおれのバカンスを彩るフラダンスになるか、血みどろゲロゲロの殺し合いになるか。それを決めるのはおれじゃなくて、あんたがたカンパニーだ」
「こちらが送った人間を殺したのはそちらだ」
「それが何か?」
「……」
「おれもマフィアだから、仁義は心得てる。あんたらの手下が政情不安を狙って総督の娘を襲ったことは黙っとく。あんたらが動くのは勝手だけど、おれたちも勝手に動く。それも激しく動く」
フレデリーチョは蚊帳の外だ。
〈提督〉は恨み言も言わずにとっとと帰った。
これで宣戦布告。
つい先日、地元の無法者の一団が謎のカネによってまるっと雇われたときいた。
そのカネの出どころはわかった。
無法者の一団は山刀を巧みに扱えるやつほど尊敬される仕組みのイケイケであり、船酔いしなければ海賊になっていたであろう連中だ。
組の名前は〈エル・ヴェラーコ〉。
犯罪組織に商会の名前をつける伝統はこの島にはない。
エル・ヴェラーコのボスはカンタボニオ人のムシュー・グレミオンで、真四角の家に住んでいた。四つの面には赤い花が二階のバルコニーから咲き乱れ、十人の妻と一緒に住んでいた。
十人とも娼婦で毎晩、一番稼ぎの少ない妻がブーゲンビリアの咲く庭に引きずりだされ、山刀の峰で十回殴られる。初めてこの話をきいたとき、こいつは女に裏切られて死ぬと思ったものだ。
この島に来て、間もないころ、おれがラケッティアリングの禁断症状でぶるぶる震えていたころにムシュー・グレミオンを一度見たことがある。全部の指に大きな宝石がはまった指輪をしている丸々と太った男で、凝ったエナメル細工の山刀を腰から下げ、左右に顎ヒゲをたくわえた屈強な手下を連れていた。
この島は観光で食っていて、王冠直轄地で、犯罪がなかなか大っぴらにできない、密告者の島ときいていたが、しばらく過ごせば、エル・ヴェラーコみたいなヤクザがあることが分かってくる。
観光と売春は切り離せない。
まだタイでは色狂いの日本人がお国の恥をさらしているのだろうか。
マリスは純粋な興味から地元の山刀を手にしてみた。
幅広の刃で技よりも力の武器。
まあ、たまにはこういうのも悪くないかな?と言って、ふらふらと外に出ていき、それから一時間後にはエル・ヴェラーコで最も腕のたつ山刀使いが切り裂かれた腹からあふれるハラワタを押し戻そうとしながら、ラ・バンナ通りを北に走ったそうだ。




