第十三話 選挙ギャング、とおせんぼ。
その小川は幅こそ小川だが、黒い水面からすると深さは一丁前の湖くらいありそうだった。
そばの鍛冶屋で借りた針金を伸ばしたが、一キロくらい伸ばしても底に到達しそうにない。
そして、その小川と郊外を結ぶ小さな橋が一本。
石でできた小さな橋であり、本来ならこんな橋に戦略的重要性は見出されないが、いかんせん川が深すぎる。
そこでマリスは剣を傍らに置き、この郊外につながる街道と市街を結ぶ唯一の道に座り込み、ヨシュアかリサークに投票すると約束するまでは通ってはならない、と悪徳関所を気取ることにした。
「おれはどうしてもそこを渡りたいんだよ」
「ヨシュアかリサークに投票するって約束したら通してあげるよ。ふたりに投票できるなら、それでもいいよ」
「でも、おれはそのヨシュアもリサークも知らねえぞ」
「この際、それは重要じゃないんだ」
「でも、トウヒョーするんだろ? それが知らない相手にほいほいトウヒョーできるか?」
「それはとても常識的な疑問だ」
「なら、通してくれよ」
「こっちも事情がある」
「分かった。じゃあ、ヘススにトウヒョーしてやる」
「誰だい、ヘススって?」
「妹の夫だ。しょっちゅう妹を泣かすから、いい機会だ。トウヒョーをお見舞いしてやる」
「……まさかと思うけど、トウヒョーの意味、分かってる?」
「分かってら。ゲンコツを一度に左右から相手の顔面にぶち込むことだろ?」
しばらくすると、竹のステッキを手にした老紳士が従者を連れてやってきた。艦隊をひとつ任されてもおかしくない立派な押し出しと白いヒゲの持ち主でとても頭が良さそうに見えた。
少なくとも投票をモンゴリアンチョップの亜種だとは思っていないようだ。
「ここを通りたかったら、ヨシュアかリサークに投票する誓約書を出して」
「では、ヨシュアのほうに投票しよう。ひとりでいいのかね?」
「まあ、ふたりに投票してくれるなら、それで。じゃあ、こっちの誓約書もね」
「よかろう。ところで、一回でいいのかい? ある商業国家で市長を選ぶ議会があったのを見たことがあるのだが、同じ人間が何度も投票していた」
「してくれるの?」
「うむ」
「おじさんみたいに話が分かる人は大歓迎だよ」
「そうか、そうか。ところできみは豆の芽のマントに隠された宇宙の泉が球電の結婚式場における発生率に及ぼす影響についてどう思うかね?」
「は?」
「きみはレンズ豆の芽のほうが発生率が高いと思うかね?」
とりあえずレンズ豆とこたえておこうとすると、紳士の後ろにいる従者らしい男が首をふり、両手を頭の上に立て、ウサギみたいにぴょんぴょん跳ねた。
「えーと……ウサギ豆――のほうが高いと思うよ」
「スバラシイ!」
マリスは誓約書の束をもらった。
その後、橋を渡った老紳士は通りがかりの百姓相手に豆の芽の話をやり、従者のヒントに気づかず、レンズ豆とこたえると、老紳士はステッキで殴りかかった。
「票集めって大変なんだなあ」
その後、だいたいの人間は投票約束の誓約書を書いた。
字が描けないものには×を三つ書かせ、投票をモンゴリアンチョップの亜種だと思っているものたちにはきちんと正しい知識を与えた。
ひとり老婆が誓約書はかかないといい、こぶのある杖でマリスと対等にやり合って、マリスは敬意を表して、誓約書なしで通っていいと伝える。
「そのヨシュアとリサークのうち、どっちが男前」
「どっちもだよ」
「それをはやく言っておくれよ」
老婆はふたりにそれぞれ十回投票する旨を誓ったが、同じ武術を心得るものとして、誓約書のかわりにマリスは鞘を打ち、老婆は杖で橋の石を打ち、その音で誓約とした。




