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ラケッティア! ~異世界ゴッドファーザー繁盛記~  作者: 実茂 譲
カナリア島 ラケッティアホリック編
1131/1369

第十話 留守番、エルネストの場合。

 偽造屋と錬金術士の違いを知ってるかい? 真逆のロマンさ。


 錬金術士は鉛を黄金に変えることを夢見る。

 彼らは黄金が欲しい。黄金にロマンがある。


 ぼくら偽造屋は黄金にロマンを感じていない。

 型に流し込めばいいだけの金属には技の使いどころがなくて面白みがない。


 鉛をいかにして金に見せるか。

 混ぜ物やメッキの技術、打ち出した君主の横顔で再現するけど、錬金術士の夢見るような本質から金に変わるようなことは望んでいないんだ。


 ただ、僕の専門は書類の偽造だ。

 ある種の債券やら権利書やらを書くこともあるけど、普段は二重帳簿をつけているんだ。

〈ラ・シウダデーリャ〉から上がる利益は実際の八割でつけている。

 帳簿の借方をちょっといじって費用を多めにするんだ。

 水増しした費用を裏付けるために嘘の仕入れや嘘の委託販売をつける。

 嘘の仕入れを裏付けるために嘘のゾンビ水を買い、嘘のゾンビ水の輸送記録をつける。


 よく、母親や先生が言うだろう?

 嘘をつけば、嘘は増えていくって。あれは本当だ。

 こんな愉快なことはないと思うのが、ぼくと教師の違い。


 ひとつ嘘が生まれるたびに一枚の偽造書類が生まれる。

 かわいい、かわいい、僕の子どもってわけさ。


 もし、そこいらの魔物が知性を持ち始めて、言葉を使い始めると、次にするのは書類の偽造だ。


 官僚を制するものが世界を制す。

 そして、官僚たちは何を燃料に動いているか――それは書類だ。


 よく官僚たちは融通が利かないというけど、これは不当な評価だと思うよ。

 書類さえそろえば、官僚ほど素直な生き物はいない。


 それがたとえ僕の偽造書類(愛しい子ども)だとしても、あどけない子どものいたずらを見破れないのは彼らの責任だ。


 さて、二重帳簿をつける愉悦は理解していただけたかと思う。

 これは美少女四人と一緒にリゾート地に行くよりもずっとワクワクすることなのだ。


     ――†――†――†――


〈ちびのニコラス〉で目が覚めると、まず壁一面を飾る僕の愛する偽造書類(子どもたち)におはようの挨拶だ。


「おはよう、ミュンツァー商会の割引債。おはよう、ティレッロ両替店の無記名証券」


 挨拶は良好な人間関係の基本だよ。


〈モビィ・ディック〉に降りると、目玉焼きでもつくろうかと思うのだけど、カウンターに誰もいない。

 勝手に卵を失敬して、急に冷え込んだ一日を乗り切るためにバターをひとつ放り込む。


 朝食を食べている最中、カルデロンがやってきて、キニョーネス商会が今日手入れを受けるらしいというのをきいた。


 キニョーネス商会はケレルマン商会やオルギン商会みたいな〈商会マフィア〉とは違う、普通の商会なのだが、まったく普通とも言い切れず、まあ、犯罪に手を染めるカタギというか、以前から何かマズいものを密輸している噂はあった。

 それで証拠が集まり挙げられることになった。


「キニョーネスの連中が捕まったのは賄賂の遅滞が原因らしい」


「いくらですか?」


「一隻につき金貨百枚」


「法外な値段だ。荷物はラムやニシンじゃないですね」


「人かクスリだろう。今日、イヴェス判事がキニョーネス商会の建物をガサ入れするらしい。もし商会の建物から椅子や机が投げ出されていたら、荷は人間、それも子どもみたいな少女たちだ」


 カルデロンというのは優れた法律家によくあるタイプで、とても勘が鋭い。

 赤ワイン通りのキニョーネス商会に行ってみたら、その二階の窓が鉾のようなもので叩き割られて、ビロード張りの椅子やエナメル細工のテーブルが投げ出されて、その細やかな装飾が舗道の敷石にぶつかって粉々に砕け散っていた。


「少女限定の人身売買か」


 ため息が白く凍りついて落ちる。


 捕吏が商会の幹部たちを両脇かかえて建物から引きずり出し、ある幹部にいたってはドア枠をつかんで最後まで抵抗したが、頭を警棒で殴られて、そのまま穀物袋みたいに引きずられていった。


 逮捕した商会の人間を運ぶ馬車が動き出し、次にやってきた馬車は毛布を満載していた。


 次に出てきたのは商会の地下牢に幽閉されていた少女たちだった。


 手入れを見物した帰りになぜ自分の子どもを売るのだろうとカルデロンと話していた。

 彼の子どもはとっくの昔に独立して司法官になっている。


 ぼくは毎日朝、ぼくに挨拶してくれる子どもたちのことを考える。

 ぼくは子どもを売っている。それについてどう思うか、カルデロンにきいてみた。


「あれは売るというよりは巣立ちだな。きみの子どもたちはひとりで暮らせるほどの質がある。あの少女たちは違う。弱いから売られた」


「あの子たちが?」


「いや、親がだよ」

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