第二十九話 剣鬼、昔何があったのか。
サンタ・カタリナ大通りのコトレ銀行の前ではケレルマン商会のヤクザものがイカサマ師の腕を切り落とそうとしていて、見物人を集めていた。
そのひとりにアデラインの特徴を教えて、見かけなかったかたずねると、大通りを西に歩いていくのを見たと言った。
マルムハーシュは倉庫を出てから、大通りを西へ下り、すると、彼を叔父貴と慕う悪ガキたちがやってきた。
「叔父貴! 例のアマを見つけましたぜ!」
「こらこら。女の人のことはアマじゃなくて女の人って呼びなさい」
「へい。叔父貴!」
「それでいまどこに?」
「オリーブ通りのほうへ歩いていくのを見たってやつがいました」
「オリーブ通り?」
「そこの橋を渡って、聖院騎士団の庁舎を通り過ぎた先っす。ちょっとごちゃごちゃしてる下町っすから、おれたちで案内するっす」
それから悪ガキたちの案内で橋を渡り、聖院騎士団の前で唾を吐き、オリーブ通りの終わりまで来た。
「そこの角を曲がったとこっす」
「ありがとう。ちょっと頼まれてくれるかな?」
「殴り込みの助太刀っすか?」
「いや。サンタ・カタリナ大通りの倉庫に戻ってほしい。そこで傭兵たちが集まっている倉庫があるから、そこにいるドン・ヴィンチェンゾにアデラインを許してほしい。何でもするから、と伝えてくれ」
「へい。しかし、叔父貴。ドン・ヴィンチェンゾとツーカーとは。恐れ入りやした」
悪ガキたちがオリーブ通りを戻っていく。
マルムハーシュは今日は剣を吊るしていた。
柄には革が巻いてあって、油で拭いて、手にも手袋にも馴染むようにしてある。
「さて、では行くかな」
マルムハーシュは下町のアーチを潜り抜けた。
――†――†――†――
にやにやと笑っているリベッキオの視線の先ではアデラインの腕から垂れた血が砂を吸い込んで黒く固まっていた。
五か所に負った怪我は命を取るためというよりはなぶるためだった。
「評議会からは抹殺せよって言われてるけど、どう殺せとは指示されてないんだよね」
五人の暗殺者はナイフを持った手を低く構え、切っ先を上に向けている。
アデラインはガラクタが集まった、行き止まりに背を預け、苦し気に息をつく。
「殺せ……」
「リベッキオさん。もうちょっと遊んでもいいですか?」
「ああ。切り刻むなり犯すなり、好きにしていいよ」
じゃあ、お言葉に甘えて、と近づいた暗殺者がギャッとわめいて、離れた。
アデラインの手には暗殺者の眼に刺したばかりのガラス片が握られている。
すぐにそのガラス片で自分の喉を刺そうとしたが、切っ先が触れるより前に小さな石がガラスを手から打ち飛ばした。
リベッキオが小さな石を手で弄んでいる。
「だめだめ。そんな簡単に死なれちゃ困る。正直、きみが僕の上役になってから、ずっとこのときを夢見てたんだ。醜く這いずって命乞いする姿を、そして殺してくれと哀願する姿を、どうしても見たかったんだ。それが、ねえ。自分で死なれちゃ」
クククと低く笑う。
「リベッキオさん、一番目はおれにやらせてください。やられた目の敵に」
「いいとも。きみにはその権利がある」
暗殺者がベルトを外し始め、死ぬこともできなかったアデラインを仲間が組み伏せる。
「このアマ。目玉の分だけ楽しまさせてもらうぜ――ぎゃあ!」
股が血みどろの肉塊と化した暗殺者が激痛に悶絶し、ゴミ置き場を転がりまわる。
リベッキオたちが振り返ると、彼が投げた石よりもはるかに大きな煉瓦を手でもてあそびながら、
「やあ。邪魔したかな?」
殺せ! とリベッキオが叫び、四人の暗殺者が襲いかかる。
「きみたちねえ、大の男が六人も集まってさ、女性一人を、なぶりものに、してんじゃねえぞ、こらぁ!」
煉瓦が手のなかで砕け散り、剣鬼が吠える。
一瞬で四人の首が高々と飛び上がった。
抜刀の軌跡も見えず、ただわななき、銃を抜き出そうとしたリベッキオは雷に打たれたようにその体が左右に飛び散る。
最後に残った暗殺者は股を抑えながら命乞いをしたが、頭を踏みつぶされて絶命した。
油に漬けた布をベルトのポーチから取り出し、刀を拭って、鞘におさめる。
「ミカエル……」
「遅れて悪かったね、アデライン」
なぶるための怪我はどれもそれほどのものではない。
それでも一度に受ければ動くことができない。
ベルトのポーチから包帯を出して、応急手当をしていると、
「……――て」
「?」
「殺して」
「どうして?」
「わたしには、あなたに、こんなことしてもらう権利はない。帰る場所ももうないわ。だから、せめて、あなたの手で殺して」
「でも、きみはもうサンタ・カタリナ大通りの事務総長になることが決まってるんだ」
「え?」
「まあまあ。行ってみれば分かるさ」
マルムハーシュはアデラインを抱きかかえた。
「だから、アデライン。いまはゆっくりお休み」




