第二十四話 ラケッティア、サウナにスーツ。
ロシアン・マフィアの映画を見ると、だいたいサウナのシーンがある。
サウナ文化だ。たぶん、フィンランド・マフィアの映画にも、サウナが出てくるだろう。
『イースタン・プロミス』ではアスベスト剥がし用のナイフを持ったチェチェン人相手にヴィゴ・モーテンセン演じるニコライが全裸で切り裂かれ、殴り合い、返り討ちにしてぶち殺すシーンが印象的だが、見た目細いが引き締まった体っていうのはああいうのを言うんだろうな。
さて、カラヴァルヴァ・マフィアはどうかというと、サウナや風呂で話をする。
まあ、丸腰なのが一目瞭然だし、カッとなったとき、熱さでカッとなってるのか、アタマにきてカッとなってるのか分からないので、意外と平和的に話を進めやすい。
今回の議題はペリペリの晩鐘について。
ここまで激しくクルス・ファミリーがブチ切れたことがなく、他の商会がうちとディアボロスとのあいだを仲裁する形になった。
まさか、そのカラヴァルヴァ版セント・バレンタイン・デイの大虐殺の原因がペリペリ・チキンだとは思わないだろう。
一階と二階の食堂を吹き飛ばされ、絶賛建築中の〈ちびのニコラス〉。
あの少女はまだ〈ハンギング・ガーデン〉にいる。
このあたりが原因と考えられているんだろう。
ともあれ、昨日だけでディアボロスのメンバーが二十人死んだ。
どれも棺桶開けて母親が見ても見分けがつかない死体となった。
転落死、轢殺、焼死、ミンチ死、撲殺。以前、暗殺請負のチラシでいろんな死に方、ご用意していますと書いたことがあったが、その名の通りになった。
であれば、昨日の大虐殺は一種の広告、殺人のアドバルーンとも取れなくはない。
殺人のアドバルーン。いいね。夢野久作の短編みたいだ。
さて、行われた会合について話す前にこの世界の風呂屋について話していこう。
中世ヨーロッパではペストは水を介して感染するという不幸な勘違いのために風呂文化が廃れ、不潔な体にペストシラミがくっついてペストにかかりやすくなるというトホホな目にあったのだが、ある意味それ以上にひどかったのは体臭だ。
そりゃそうだ。風呂入らないんだもん。
アンリ四世はフランスでは徳川家康のように認識されている偉人だが、腋臭と風呂抜きのゴールデンコンビで凄まじい体臭を放ち、卒倒する人もいたと言われている。
幸いなことにファンタジー異世界の人びとは風呂に入る。というか、風呂好きだ。
蒸し風呂と大浴場、個別浴場の三つがあり、個別浴場とは大浴場から幕で区切った場所におべんと箱みたいな楕円形の一人用風呂を並べ、ぬるい薬草湯につかりながら、音楽をきいたり、果物を食べたりする。
このときもブーンブーンとハープ演奏者が低音弦を鳴らしていて、葡萄やらお酒やらを運ぶ美女が甲斐甲斐しく世話をしてくれる。カサンドラ・バインテミリャの場合は美青年がお世話。
ああ。この風呂。基本的に混浴です。
ディアボロスの女幹部がまだ来ていないので、カラヴァルヴァ・マフィアで交渉のさわりを話してみたが、当然のごとくクルス・ファミリーのマジ切れ行動について、みなききたがった。
「爆薬を体に巻いた狂信者に襲われれば、自然な反応だと思うがね。食堂を台無しにされ、ペリペリチキンを台無しにされた。一応、わしらがあまり好ましいとは思っていないことは晩鐘をもって知らせたが、反応がなかったから、ああいう事態になった」
ディアボロスの女幹部がやってきた。キャリアウーマンみたいにがっちり着こんで。
それで汗ひとつかかないあたり、なんかクスリでもやってんのかなって思う。
「今日は時間をとっていただきありがとうございます」
「どうということはないよ。セニョーラ――」
「アデラインです。ドン・ヴィンチェンゾ」
「セニョーラ・アデライン。わしは話し合うのが好きだ。人が獣と違うのは話し合いで解決する力を与えられたことだ。精霊の女神はわしらに話し合って、流血を避けろと仰せだ。ここにいるみんなにきいてもらっていい。ヴィンチェンゾ・クルスは暴力よりも話し合いを大切にする男だと請け合ってくれるはずだ」
「だが、怒ればこわいぜ」
と、フェリペ・デル・ロゴス。
「怒る権利はあると思う。宿屋を二度にわたって爆破され、ペリペリチキンが台無しになった」
「交渉の前に我々に対する攻撃行動をやめてください」
「それは無理だ。わしが言ってもききもしないんだ。部下を統率できないようではわしも引退を考えたほうがいいかもしれんな。ともあれ、あんたは手下が殺され続ける、この現状で話すしかない。安心してくれ。わしは話し合いを好み、ざっくばらんに話すことを好む。こちらの条件は簡単だ。いま撤退するなら追い打ちはかけない。〈ちびのニコラス〉の修復費用も請求しない」
「断ったら?」
おれはロミオ――外見は葉巻だが中身はジャスミン・ティーを吹かした。
「この条件を呑むまで気長に待つとしよう。それと、あんたが給仕娘に変装させた毒針使いの女はいくら待ってもやってこないぞ」
その毒針女はひとつだけ空いている浴槽の底に赤と白のまだらの紐を首に巻きつけられた状態で沈んでいる。
アデラインは去っていったが、顔色ひとつ変えなかった。
まあ、別にいいけど。
――†――†――†――
その後、ボス同士の雑談を終えて、帰ることになったのだが、蒸し風呂にも入りたいと思って、扉を開けると、のっぽのマルムハーシュが腕を枕に『イースタン・プロミス』のヴィゴ・モーテンセンみたいに素っ裸で寝転がっていた。
このイケオジナイスミドル(頭痛が痛いみたいな感じだ)について、最近いろいろな話が入ってくる。
なんというか町の便利屋みたいになっているらしい。
信頼や人望が積み重なり、テキヤ同士の揉め事の仲裁を任されるほどになっているが、本人は「?」と自分の立場がどのくらい急上昇しているのかあまりよく分かっていない。
たぶん王朝の初代国王っていうのはこういう人なんだろうな。
ただ生きているだけなのに皆に頼られ、人が集まる。
だが、ここにいるのはただの風呂好きのナイスミドルである。
すっかり気持ちよさげで、「んー」と低く唸って目とつむっている。
話しかけるのがためらわれるほど気持ちよさげなので、風呂を出ると、通りでコーヒーを売っている男に冷たくて甘いコーヒー牛乳をつくらせて、ぎっくり腰癖のついた腰に手を当てて一杯飲み、ミカエル・マルムハーシュにも一杯飲ませてくれと銀貨を渡した。




