第二十二話 ラケッティア、ペリペリパリパリ。
マリスとジルヴァとクレオとトキマルがカラベラス街のディアボロス暗殺部隊に地獄を見せて帰ってくるころには午後四時、日本の十二月ならほとんど真っ暗な時刻だが、カラヴァルヴァはまだそれなりの夕焼けである。
「つーかーれーたー!」
ボロボロの〈ちびのニコラス〉玄関広間にやってきた暗殺部隊に新たな使命が下る!
「ペリペリとパリパリ。どっちがいい?」
「は?」
「ペリペリとパリパリ。どっちがいい?」
「ちょっと、マスター、いきなり――」
「ペリペリ? パリパリ?」
何か大きな決断を下そうとしている。
四人はそれを感じ取る。
「――じゃあ、ペリペリ」
「おお、ペリペリを選んだか。じゃあ、厨房に来なさい」
なかでは先に帰った連中がひいひい言いながら鶏肉を叩き、ニンニクと玉ねぎをみじん切りにしていた。
「ぐあああ!」
みじん切りを担当していたクリストフが手首を押さえながら転がる。
「手、手が動かねえ!」
「衛生兵! 衛生兵ーっ!」
シャンガレオンが叫び、ヴォンモとジンパチが腱鞘炎一歩手前のクリストフを担架に乗せて、野戦病院に運び去る。
そう、厨房は戦場なのだ。
おれは鬼軍曹として厳しく新兵を鍛える。
「よく来たな、新兵! ここじゃお前らが腱鞘炎になるまでの平均時間は十七分だ。生きて故郷に帰りたかったら、ぴったりおれの後ろについてこい!」
今日のメイン料理は『ペリペリチキン 思い立ったが吉日風』
アフリカのモザンビークには世界に知られた発明品がふたつある。
ひとつはモザンビーク・ドリル。胸に二発ぶち込んでから頭に一発ぶち込む撃ち殺し方。
もうひとつが、ペリペリソースだ。
ピリッと辛いけどちょっと酸っぱくて、そして旨味がしっかりあるわがままソース。
これで肉を焼くと、スパイシーガーリック味になる。
発祥はモザンビークだけど有名にしたのはマレーシア。
このペリペリソースで焼いたペリペリチキンが一躍有名に。
マレーシア系のエスニック料理店がリトル・イタリーにガシガシ進出したその主力料理がペリペリチキンである。
で、このソースなんだけど、作り方は簡単。
玉ねぎとニンニクとトウガラシとレモンの果肉とオリーブオイルとオレガノ、好みでパプリカを入れてもいいのだけど、これをさらさらになるまでミキサーにかける。
簡単でしょ?
でも、ミキサーがない世界だったら?
「ぐああああ! なのですーっ!」
「衛生兵ーっ!」
そう! 包丁で叩きまくる!
手首のジョイントが疲弊して手がとれちゃうまで、包丁で叩きまくるのだ。
玉ねぎみじん切り班のフレイが涙を流しながら敬礼する。
「司令! 眼球より既定量に対し238%の水分流出が発生! 野戦病院への撤退許可を申請します」
「うむ。許可する!」
その横では鶏肉叩き班にいるカールのとっつぁんが首をふりながら、
「わたしのような年寄りまで動員するようじゃ、この戦争は負けだよ」
と、太平洋戦争末期のため息を切なげにつき、料理用ハンマーで鶏肉を叩く。
そう。ペリペリとはペリペリソースをつくること。
パリパリとは鶏肉を皮がパリパリになるように焼くことなのだ。
ここで料理の名前を思い出してもらいたい。
『ペリペリチキン 思い立ったが吉日風』である。
ただのペリペリチキンと『ペリペリチキン 思い立ったが吉日風』の違いは、普通二日かけてつくるペリペリチキンを無理やり一日でつくるというところにある。
今日、おれはペリペリチキンをつくろうと決めたのだ。
だから、本当なら余裕をもってつくるペリペリソースがこんな有様になり、本当ならペリペリソースに漬けて一日涼しい場所にねかせるのだが、今日一日でつくる場合、ソースがよく馴染むよう、鶏肉を叩きまくる。
どっちにしろ絶望ペリペリ工場。
真っ青になった四人の新兵に対し、
「安心しろ。お前らが倒れたら、そのための野戦病院がある!」
野戦病院は厨房裏手の予備の食料庫だ。その途中の廊下ではジャックがイスラントに肩を貸していた。
「しっかりしろ、イース。野戦病院までもう少しの辛抱だ」
「く、屈辱だ。貴様の世話になど――ぐっ、ううう」
野戦病院では手首を押さえた腱鞘炎寸前の傷病兵が「痛いよぉ、おかあさぁん」とすすり泣く声をあげ、ヴォンモとジンパチの医療班は切迫した状況を前にトリアージを行い、患者を三つに分けた。
さて問題です。医療班は次のどの手首を助けるでしょう?
1 ほぼ助からない手首
2 なんとか助かりそうな手首。
3 確実に助けられる手首。
正解は――どれも助かりません!
使い過ぎて痛い手首なんて時間をかけて安静にする以外ないっすよ。
痛すぎて、もみほぐしも受け付けないくらいなのだ。
「とりあえず、お前ら新兵には厨房でペリペリソースをつくってもらう――こらこらこら、当たり前のように自分たちの武器を抜くな。それ、全部、殺しで使ったことがあるだろうが。そんな人の身を通した刃物は駄目だ。ちゃんと包丁を使え、包丁を」
――†――†――†――
全ての作業が終わった後、エルネストかトキマルがフレイの亜空間リソースでミキサーをつくってもらえばよかったんじゃないの?と言ったが、誰も(もちろんフレイも)取り合わなかった。
あの過酷な戦斗が実は必要なかったなんて不都合な真実にまっすぐ目を向けられるほどのタフさは誰にもない。
それに結果として、道をまたいだ回廊食堂にはサラダをわき役に配したペリペリチキンがパリパリに焼けて並んでいる。
「司令。自分たちの手で製造したペリペリチキンを摂取した際のエンドルフィン分泌量が電動ミキサ―を使用した際と比較して1925.925%であるとの試算が出ています」
ほら。ありがたや、ありがたや。
それに1925年9月25日とは世界で初めてギャング抗争で機関銃が使われた日。
非常に縁起がよい。
でも、エンドルフィン分泌量がこんなに大きくなるって、ヘロインチキンみたいなっちゃうな。
ともあれ、料理は全部そろった。
クルス・ファミリーも大所帯になったから、ご飯を準備するのもひと苦労だが、この苦労がご飯をおいしくする最高のスパイスなのだ。
「おほん」
おれは上座から(だってボスだもんね!)、まずひとつ校長先生の長話をした――遊ぶな。勉強しろ。廊下を走るな。いじめを相談しても学校が取り合わないからって教育委員会にタレ込むな。いじめを相談しても教育委員会が取り合わないからって文部科学省に垂れ込むな。先生に指差してペドフィリア扱いするな。
「そんな下らない話はやめろー!」
「おれたちにチキンを食わせろー!」
おれは極めて紳士的に、校長のありがたいお話にそんなケチをつけていたら、中学生になれないぞ、義務教育だからって調子こくのも結構だが、校長には児童の人生を左右するデカい権力が握られていて――。
〈聖アンジュリンの子ら〉の現場検証では爆弾は四か所、回廊食堂の四隅に仕掛けてあったそうだ。
だから、それが爆発したとき、回廊食堂は支えを失って、道路にダイブすることになったわけだ。
回廊食堂は道を塞いでしまったが、なかにいた人間に大怪我はなかった。だが――。
「ペリペリチキンが!」
血と汗と涙(玉ねぎ班は特に)の結晶は屋根瓦の下敷きか、落下の衝撃で道に放り出されたかしていた。
これがカラヴァルヴァ史上最凶最悪の事件『ペリペリの晩鐘』の原因であり出発点である。




