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ラケッティア! ~異世界ゴッドファーザー繁盛記~  作者: 実茂 譲
〈ハンギング・ガーデン〉 ロムノス釣り紀行編
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第十九話 犬耳釣師、疑似餌の功名。

 悪名は無名に勝る。

 だが、疑似餌については例外である。


                  『狂気の釣師の備忘録』より


 ニシンに似ているが違うニシンダマシ。

 ニシンダマシに似ているが違うニシンダマシダマシ。

 ニシンダマシダマシに似ているが違うニシンダマシダマシダマシ。


 この広い世界にはニシンダマシダマシダマシに似ているが違うニシンダマシダマシダマシダマシもいるし、ニシンダマシダマシダマシダマシに似ているが違うニシンダマシダマシダマシダマシダマシもいるらしいが、それは魚類学者の発狂問題である。


 だいたい違うといってもヒレの形が微妙に違うとか口の端と目までの長さが違うくらいであり、普通に生きる人間にとって、そのマリネに入っている魚がニシンだろうがニシンダマシダマシダマシダマシダマシだろうが関係はない。


 だが、釣師にとってニシンダマシダマシダマシは意味を持つ。

 魚がだますなら、こちらもだましても構わないはずだ。


 釣師と疑似餌の問題は最初は話し合いだが、最後は剣を抜いての殺し合いになる。

 トランプをめぐるイカサマよりも致死率の高いのが疑似餌を使うことが正しいかどうかなのだ。


 ただ、ニシンダマシダマシダマシについては前述しているように魚類の分際で人間様を三回もだますのだから、こちらもだましていいということで、生餌至上主義者ですら、この魚を釣るときは疑似餌を使う。


 疑似餌には九十度ひねった金物のスプーンの柄を折り、針をつけたものを使う。


 どうしてスプーンなんかを使うのか不思議がるだろうが、実際、そのスプーンを水のなかで動かすと分かるが、その光のひらめき具合が小魚そっくりなのだ。


 ニシンダマシダマシダマシはミミズ、エビ、小魚を食い、肉汁につけたものならパンにも食らいつく。


 体は典型的な魚。銀色でヒレの形も頭の形も個性的のない、個性のなさが個性になっている魚だが、十四階のニシンダマシダマシダマシはなかなか大きいし脂がのっている。


 魚らしい形の魚というのは速く泳ぐので、かかったら、なかなか強く引く。

『備忘録』には突然竿がぐうんと曲がり、強く引くので、エルドラドかマン・イーターかと思って、一時間かけて引き上げると四十センチのニシンダマシダマシダマシで針が背びれのすぐそばにかかっていたという話があった。


 このような戦いぶりに尊敬の念を持ちつつ好む釣師は多い。

 ロムノスもきっと病みつきになるだろう。


 疑似餌を使うかどうかでも刺すか刺されるかの大論争があるのに、疑似餌派のなかでも『浮きを使うよ』派と『使わねーよボケ』派がある。


 これは場所によるが、流れがあるのなら浮きもいいが、ないなら浮きをつけず、長い竿に疑似餌を結び左右にゆっくり引いて、魚を誘うことができる。


 だが、一番いいのは手漕ぎボートの船尾に竿を固定し、ボートを漕いで疑似餌を泳がせるのだ。


 ニシンダマシダマシダマシは浅瀬には棲まず、ある程度深さのある場所を回遊している。

 そうしたニシンダマシダマシダマシを狙うならボート釣りが一番だ。


 ロムノスは釣り竿を少女に握らせると、せっせとボートを漕いだ。


 陸から竿を振り出してニシンダマシダマシダマシを狙ってみたが、どうも今日は魚が岸辺に寄りつかないので、それならボート釣りで攻めてみようということになり、スロットマシン自慢をしている来栖ミツルを見つけて、少女を探し当てたのだ。


 さて、ボート釣りをする釣師というのはだいたい欲張りである。

 腕は二本しかないのに三本も四本も竿を用意し疑似餌を流す。


『備忘録』は三本まででそれ以上の竿はすべきではないと忠告する。

 四本の竿でボート釣りをするとこんがらがる。

 からまった釣り糸をほどくために一日をドブに捨てたいのなら五本でも六本でも流せばいいと突き放すような記述があるところを見ると、おそらく著者の釣り仲間で釣りは数だよ、数と誇っていうものがいたのだろう。


 そこでロムノスは中竿三本を船尾につけ、オールで水を掻いた。

 剣で鍛えたその体は手漕ぎボートをガンガン漕ぎまわす。


 片腕の追剥に身ぐるみ剝がされる断末魔の叫びがきこえる浮島のあいだを走り回り、中レート島のそばで竿先がヒクッと震えた。


 少女があわせると、魚は横に走った。

 十七本縒りの糸で強さに余裕があるが、緩めると針が外れかねない。


 ロムノスがたも網を構えると、少女は巧みに竿を操り、横へ横へと逃げる魚は自分からたも網に飛び込んだ。


「上出来だ」


 そう誉めると、ロムノスはボートの真ん中につくられた小さな生け簀にニシンダマシダマシダマシを放り込み、目標十匹と掲げた。


「だますのは心苦しいか?」


「え?」


「そんな顔をしている」


「別に、わたしは――」


「名前以外のことは覚えている。そう言ったな」


「はい」


「ディアボロスの暗殺者。そうだな」


「はい」


「脱走しようとして負傷した」


「はい」


「家族はいるか?」


 少女はロムノスから目をそらして、うつむいた。


「わからない……」


 ロムノスはじっと少女を見つめた。


 手を少女の顔に差し伸べる。


 少女の身がこわばった。


 ロムノスの手は少女の頬を通り過ぎて船尾の竿を握り、サッとあわせて、魚に鉤をかけた。


 ニシンダマシダマシダマシを釣り上げ、生け簀に放り込むと、ロムノスはあと八匹だといい、竿をかけなおし、オールを握った。


「今日は活性が高いな。魚をだましやすい日だ。負い目を感じても無理はないが、相手はニシンダマシダマシダマシ。気に病むな。心が晴れるぞ」

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