第十七話 ラケッティア、くそったれスーサイダーズ。
パーン! パリーン!
「こらぁ! 待てえ!」
最近の抗争は現代日本のヤクザみたいになってきたな。
相手の組事務所に一発弾をぶち込んで逃げる。
そして、それを追う若衆の面々。
「お前らは行かないの?」
お前ら、とはカウンターのジャックとイスラント、まったり浮いてる出待ち幽霊、そして刀を箒に持ち替えてルンバと化しているシップである。
ジャックはグラスを拭きながら、
「あの発砲は囮で警備の手薄なところを狙うつもりかもしれない」
ジャック、イスラント、出待ち幽霊、シップ。
火力重視のパーティである。
ジャックとイスラントは二連式ショットガンを持ってるし、シップには青銅の砲身がある。出待ち幽霊は、まあ、火力で圧倒するような攻撃はないが、毎夜毎夜相手の枕元に立って「アナタヲノロイマス」と枯れた声で囁きかけることができる。
「カタカナっぽい声で言うのがコツやねん」
「知らんがな」
「せやかて、これも結構エグいで。二日三日あたりは相手もまあ我慢しよるけど十日も続けてみい。アタマおかしなるで――ん? 誰かノックしてんの?」
ドアを開けると、防水油をひいたローブの巡礼らしい男が立っていた。
あちこちの聖堂や聖地を歩いてまわる連中で、まあ、こうして戸口に立たれたら、パンとワインをごちそうすることになっている。
ただ、この巡礼――ローブの下から硝煙くさい煙がシュウシュウ漏れていた。
後でイスラントにきいたのだが、そのときのおれの走りっぷりは素晴らしいものだった。
生き残ろうとする決意が文句のないフォームをおれに与え、カウンターを飛び越したときも、たぶん棒高跳びの世界チャンピオンみたいな、鳥人ブブカみたいな感じだったことだろう。
カウンターの後ろにしゃがみ、正常性バイアスの影響下にあるオイラは急にこんなことはなんでもないんだ、と爆発するまでどのくらい時間がかかるか図ったが、二十秒もかかった。
実際は二秒かそのあたりなのをクソ速く数えた結果だろう。
よい子のパンダのみんなはよい子に暮らしているからそばで爆発物が吹き飛ぶようなことはないだろう。
爆発に巻き込まれると、衝撃より先に赤→黄→紫→赤のループで視界がチカチカする。ここでも時間は引き延ばされて三十秒くらいかかる気がするのだが、実際は一秒かそこら。
爆風の衝撃が来ると身構えるが、来ない。あれ? 火薬がシケてんのかな?
そう思って、恐る恐るカウンターから顔を出した瞬間、衝撃が視覚的に襲いかかってくるのである。
真っ二つになったビリヤード台。枠ごと吹っ飛んだ窓。粉々になった壜。水たまりカクテル。
「ぎゃああああ! 〈モビィ・ディック〉がああ!」
落ちてきた梁を鉄のアームでどかしたシップが――装甲に重きをおいたスバラシイ車体――「まだ来ます!」と言って、吹っ飛んだ窓から外に出た。
ジャックとイスラントもショットガンを手に外に飛び出す。
おれも外に出ようとすると、氷みたいに冷たい手に腕を掴まれ、きゃっ、と叫んでしまった。
「待って。あかん。腰抜けちった」
と、出待ち幽霊が言う。
「座ったまま、飛べるだろ?」
「あ、そっか」
ジャックたちがOK牧場の決闘みたいに横一列に並び南のほうを見ると、腹に爆弾ベルトを結びつけたプッツン野郎たちが走ってくる。
文章に注目していただきたい。プッツン野郎ではなく、プッツン野郎たちである。
ひとりでも迷惑なディアボロス・スーサイダーがふたりも三人も四人も走ってきやがる。
通りはパニックで通行人はみな近くの家に逃げ込み、屋台の持ち主は売上だけ持ってどこかに消えている。
シップが青銅砲をぶっ放すとひとりが吹き飛び、誘爆し、屋台が吹き飛び、窓ガラスが割れ、それらひとつひとつがクルス・ファミリーの補償対象となり、請求書の山がやってくるのだろうが、屋台の材木はうちの材木会社、窓ガラス製造はうちの息がかかったギルドがやるから、最終的には利益還元できるわけだけど、まあ、それにしてもひどい。
ショットガンの出番はなかったが、おれが意外だったのは、イスラントが普通に立ってることだ。
「何だ? おれに何か言いたいことがあるのか?」
おれは空を指差した。
イスラントもそれに合わせて、空を見上げる。
最近、連続してる曇り空に何か黒いものが何か小さな黒いものを飛び散らかしながら、くるくる回転している。
何かのぼろきれが豆まいてるみたいに見えるが、それは爆発で絶賛飛び上がり中のプッツン野郎の上半身でまき散らされているのは焦げた血肉で――。
ぶくぶくぶく!
「でたあ、イースくんの十八番!」
腰が抜けた幽霊が、クール系ライバル美男子が泡吹いて倒れるのを手を叩いて喜ぶ。
クルス・ファミリーの日常です。




