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ラケッティア! ~異世界ゴッドファーザー繁盛記~  作者: 実茂 譲
ディルランド王国 ラケッティア戦記編
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第四十五話 ラケッティア/戦記、セント・アルバート蜂起。

 スヴァリスの騒音は監獄のあらゆる人間の神経を逆撫でした。


 監獄長官、士官、看守、囚人、〈商会〉連中、そして、〈蜜〉製造所の奴隷たち。


 最初にキレたのは奴隷たちだった。


 騒音のストレスは〈蜜〉の効き目をはやめに切らす効果があったらしく、奴隷たちはもっと〈蜜〉を求めた。

 チャールズ一世に似た山羊髭の監獄少佐は奴隷を甘やかすと図に乗る、誰が製造所を支配しているか教える、といって奴隷たちから無作為に三名を選び出し、鞭打ちに処した。


 だが、縛られた奴隷のやせ細った背に鞭が打たれ、破れた皮から滴る血を見ると、奴隷たちはこれまでに感じたことのない興奮を感じた。


 監獄少佐の頭に蜜鉱石が投げつけられたのをきっかけに奴隷たちが雪崩を打って、刑吏たちに襲いかかった。

 刑吏たちは奴隷たちを近づけまいとでたらめに鞭をふった。

 だが、奴隷たちは近づくかわりに蜜鉱石を山と投げつけて、刑吏たちを半殺しにすると、その手足に飛びかかり、筋とは逆の方向に力いっぱい引っぱった。


 刑吏たちがビリビリと破けているあいだ、奴隷たちは見張り台をよじ登っていた。

 見張り台のクロスボウ兵が矢を放ち、胸を貫かれた奴隷が真っ逆さまに落ちていった。

 だが、多勢に無勢で奴隷たちは見張り台のクロスボウ兵たちを放り出し、その頭蓋が砕ける音に酔った。


 奴隷たちは水キセルに殺到し、〈蜜〉を好きなだけ吸い、別の一団は奴隷用の便所に隠れていた監獄少佐を引きずり出すと、煮えたぎる鉱石のなかに生きたまま放り込んだ。


     ――†――†――†――


 暴動は第二南棟にも飛び火した。

 スヴァリスの騒音のせいで監獄全体がガソリンに浸った布みたいになっていたから、小さな火種が一つあれば、あとは火だるままであっという間だった。


 二つの棟をつなげる回廊から監獄長官の執務室がある塔を見ると、ちょうどくだんの老人が囚人たちに捕まって、身ぐるみ剥がされた挙句、窓から放り捨てられるところだった。

 じいさんは甲高い叫び声を上げながら、潮騒やかましい崖の下の海へと消えた。


「どえらいことになった」


 おれはというと、トキマルと〈インターホン〉と一緒に牢屋を捨てて、比較的安全な場所はないかと探している。

 探しながら、無差別殺戮を繰り返す囚人や看守にぶち当たるや、トキマルや〈インターホン〉が片づける。


 片づけ方はどちらも一撃だけど、技術重視のトキマルは敵の急所へ苦無を滑り込ませて、アッと声を上げるヒマもなく片づけるのだが、〈インターホン〉は頬髯を逆立たせながら顔がひん曲がる拳骨で物凄い音を鳴らして片づける。


 さて、トキマルと〈インターホン〉の足におれが遅れ始める。


 当たり前でしょ。相手は忍者とヘビー級チャンピオンみたいな大男なんよ?

 基礎体力が違う。


「む、無理。もう走れん。来栖ミツルはここでみなの罪を許しながら息絶えたと伝えてくれ」


「頭領、ホントに体力ないね。ま、いっか」


「あのー、ミスター・クルス」


「はい?」


「そこに隠れてみたら、どうでしょう? そのあいだ、おれたちが安全な場所を探しますから」


 そこ、というのは洗濯され士官室へ持ち込む前に集められたシーツの山だ。

 確かに人一人楽勝で隠れられそうだ。


「いいね。そうしよ。この無礼講大パーティの最中、野郎のシーツなんかつつきまわすやつもいないでしょ。もっと略奪すべきものがあるんだし。酒とか。剣とか」


 じゃ、おれたちは行くから、とトキマルが声をかけるころには、おれはシーツのなかにもぞもぞと入り込んでいた。


 あったけえ。


 もう十一月だもんなあ。寒いわけだよ。


 しかし、こうして暴徒うろつく刑務所でシーツにくるまっていると、あるマフィアの故事を思い出す。


 19世紀の終わり、ニューオーリンズで警察署長が射殺されたのだけど、それがマフィアの仕業だと言って、十六人かそこらのイタリア系移民をしょっ引いた。

 そのなかにはチャールズ・マトランガみたいな本物のマフィアのボスもいたが、ほとんどはマフィアと関係ない一般人だった。


 彼らは傍聴席から「くたばれ、イタ公!」の罵倒を受けながら裁判を受けた。

 移民制度やイタリア領事までも巻き込み、大きな社会問題となった裁判だが、弁護士の腕がよかったのか、判決は無罪。


 すると、怒り狂ったニューオーリンズ市民は門を破って、刑務所になだれ込み、収監中のイタリア人たちを皆殺しにしてしまった。


 助かったのは皮肉にも本物のチャールズ・マトランガだけだったが、マトランガは今のおれみたいにシーツの山に隠れて、助かったのだった。


 あと、もう一つ、刑務所暴動とマフィアの関係でいうと、ニューヨーク五大ファミリーの一つ、コロンボ・ファミリーの殺し屋だったクレイジー・ジョーイ・ギャロという武闘派マフィアがいる。

 1970年代、ギャロは収容されていたアッティカ刑務所で暴動が起きた際、囚人たちを説得して暴動を収束させたと言われているが、これはウソ。

 そもそもギャロは暴動が起こる前に釈放されていたので、その場にいなかった。


 だいたいあだ名がクレイジーのやつに喧嘩の仲裁ができるわけがない。


 こやつは数十件の未解決殺人事件の最重要容疑者で、ロバート・ケネディの組織犯罪調査委員会に召喚された際、他のマフィアのボスたちは『わしらは真面目なビジネスマンです』ってルックスで大人しくしてたのに、ギャロだけは黒のスーツ、黒のフェドラ、黒のシャツ、黒のネクタイ、黒のサングラスでかため、『おれはワルだぜ』オーラを全開にしながら憲法修正第五条を連呼したホンマもんの極道だ。


 おっと。憲法修正第五条が出た。

 シーツのなかでじっとしているのも退屈なので説明しよう。


 憲法修正第五条は『何人も刑事事件において、自己に不利な供述を強制されない』というもので、裁判で、


「あなたはなになにファミリーのボスですか?」

「あなたはなになにの殺害を命じましたか?」

「あなたはなになにの不正事業で利益を得ましたか?」


 といったこたえに窮する質問が出たときに、


「憲法修正第五条により返答を拒否します」


 と、こたえるだけで質問をかわせる魔法の言葉なのだ。


 まあ、どこの世界にも法の抜け穴をかいくぐる悪がいるということ。


 ただ、これ、気をつけなきゃいけないのは、質問に一度でも「憲法修正第五条により返答を拒否します」と返答したら、あらゆる質問に対して「憲法修正第五条により返答を拒否します」とこたえなければならない。


 でないと、法廷侮辱罪に問われる。だから、


 自分の名前を問われたら、「憲法修正第五条により返答を拒否します」。

 住んでる場所を問われたら、「憲法修正第五条により返答を拒否します」。

 好きな野球チームをきかれたら、「憲法修正第五条により返答を拒否します」。

 

 マジなのだ。

 実際、大陪審にかけられたマフィアのボスたちがこういったマヌケの三乗みたいな返答をしている。


 もしよい子のみんながマフィアのボスとしてアメリカで裁判にかけられたら、そして「憲法修正第五条により返答を拒否します」を使ったら、何が何でも「憲法修正第五条により返答を拒否します」で通すこと。


 来栖お兄さんとのお約束。


 でないと、法廷侮辱罪だぞ♪


 さて、最後はクレイジー・ジョーイ・ギャロの末路について話して、この無駄な脱線話を終わりにしよう。


 そもそもマッドドッグとかクレイジーといったあだ名をつけられるやつはだいたい往生できない。


 クレイジー・ギャロも然り。

 ボスのコロンボに喧嘩を売って、コロンボを銃撃、植物状態に追い込むことに成功したが、その後、コロンボ忠誠派の幹部たちとのあいだで血で血を洗う抗争が起き、最後はリトル・イタリーの〈ウンベルトズ・クラム・ハウス〉で四十三回目のお誕生日おめでとーをしていたところに、コロンボ忠誠派の幹部たちが放った殺し屋が現れ、ショットガンで頭を吹き飛ばされて、その罪深い生涯を終えた。


 個性は認める。

 だが、仮にギャロが〈ウンベルトズ・クラム・ハウス〉からファンタジー異世界へ転生してきたとして、クルス・ファミリーに入れたいかとたずねられれば、こたえはノー。準構成員アソシエーツでもお断りだ。


 ギャロはコロンボを裏切り、その前のボスのプロファチも裏切っている。

 何か気に食わないことがあれば、我慢せず裏切る癖ははっきりいって厄介だ。


 がさごそ。


 誰かがシーツを除けている音がきこえた。


 トキマルたちが戻ってきたのだろう。


「おーす。ずいぶん時間がかかったねえ。それで――」


 おれの鼻先に二連発式のホイールロック・ピストルが突きつけられる。


 引き金に指をかけているのはナウド。

 そして、その後ろにはカランサがいた。


 もし、おれが死んだら、墓石にはこう刻んでもらおう。


『来栖ミツル 彼はがっぽり稼ぎ、模範的にばらまいた』

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