第六話 ラケッティア、出入りについて。
バジーリオ・コルベックはおれが優しいと言った。
死の部屋でひとり爆死させただけで済ませたからだ。
ケレルマン商会のところにもアンダーボスのヘッドハンディングが来た。
つまり、バティスタ・ランフランコのところにもふたり来たわけだ。コルベックを裏切れ、って。
それに対し、ランフランコはそいつらを生きたままバラバラにして塩漬けにしてディアボロスに送り返すつもりだったのだが、ひとり目をバラバラにしているところで、ふたり目は猿ぐつわに突っ込まれてた布屑を必死になって飲み込んでなんとか窒息死できたらしい。
ランフランコのやつ、おれが誰か沈めて、そいつの服に魚を包んだものを送り返したことをどこかできいたらしい。塩漬け人間をバラバラにしてそいつが着てたシャツに包んでセヴェリノに早馬で送り返した。
まあ、みんな忠実なアンダーボスに恵まれたわけだが、デル・ロゴス商会はそうはいかなかった。
マジで裏切ろうとしたらしい。
それを知ったのは会談場所に行く途中の馬車だ。フェリペ・デル・ロゴスが軍用の飾り帯にピストル三丁突っ込んで山刀を持ってないほうの手を上げて、辻馬車をつかまえようとしていた。
もちろん全ての辻馬車はこれを無視。
このまま放置すると無差別殺人するかもしれないくらい目がギラギラしていたので、おれの馬車に乗せた。
「ドン・ヴィンチェンゾ。身内の恥をさらすけどよ。裏切りやがった。ヘススのやつ」
ヘススとはデル・ロゴス商会のナンバー・ツー、ヘスス・パルラモンのことだ。
まあ、デル・ロゴス商会は野心あふれるピラニア軍団で月にふたりは幹部がボスを裏切ろうとしてぶち殺されている元気のある商会だ。
ただ、アンダーボスが裏切るとなると、事態は深刻だ。
「結局、群れは強いオスに従うってことだ。だから、おれがまだバリバリの雄だってことを手下に知らせないといけない。それにはヘススの首が必要だ」
「だが、これから会談があるだろう?」
「だから、会談に出る前にちょちょいとな。ほら、あいつ、いま〈ブリガンド〉にいるらしいんだよ。子分と一緒に」
「〈ブリガンド〉ってポルフィリオ・ケレルマンが殺られた店の、あの〈ブリガンド〉か?」
「ああ。知ってるか? あの店、ここでポルフィリオ・ケレルマンがぶち殺されましたよって宣伝して、ちょっとした名所気取りらしい。だから、おれが伝説をもうひとつ付け加えてやる。分かってるさ、ドン・ヴィンチェンゾ。ポルフィリオ・ケレルマンに比べれば、ヘススは雑魚だ。でも、やつにもチャンスを与えてやるべきだろ?」
〈ブリガンド〉にフェリペ・デル・ロゴスが乗り込むと、銃声と悲鳴と食器が割れる音とよく砥いだ山刀がスパンときれいに首を切り落とす音がして、返り血まみれのフェリペ・デル・ロゴスが帰ってきた。
フェリペ・デル・ロゴスはこういうのに慣れてるから、ちゃんと着替えを持ってきていた。
シャツもパリッと糊がきいていて、さっきより伊達男になったくらいだ。
きっと強いオスとしての自信が作用しているのだろう。
そんなわけでロデリク・デ・レオン街の紳士服店にボスが集結。
ここは黒のジョヴァンニがカネを出している店で、マントや外套のあいだを掻き分けて、テーブルと椅子と火酒が一本、水差しがひとつ。
めいめいが席につき、おれは勧められる火酒を断った。
「肝臓がな。歳は取りたくないものだよ」
おれがあの女幹部と密談して、一週間が経ったが、ディアボロスはサンタ・カタリナ大通りにレストランを買った。この二階を賭場にして組事務所にもしているのだが、議題はこれをどうするかだった。
カラヴァルヴァを牛耳るための橋頭保であるのは間違いないので潰すの決まり、出入りの相談になった。
次にこの出入りは皆殺しにするかどうか。
まあ、殺すとこまでは持ってかない。
打ちどころが悪くて死ぬやつもいるかもしれないが、その程度。
いや、ほんと出入りっていろいろ決めないといけないのよ。
武器に山刀を入れるか、ピストルを入れるか。誰が出入り要員を運ぶ馬車を用意するか。どの組がどれだけの人数を出すか。
結果、皆殺しにはしないが、山刀とピストルはあり。
ただ、鈍器が望ましい。使い込んだ木刀みたいなものがあれば、なおよし。
率いるのはカサンドラ・バインテミリャで、荷馬車はおれが用意することになった。
うちから出す人員は〈インターホン〉とグラムのふたり。
ガールズやクレオじゃ相手を確実に殺すだろうし、ジャックやトキマルは体さばきが流麗過ぎて、出入りの泥臭さがない。確実に流血沙汰だからイスラントもなし。
カールのとっつぁんとエルネストは論外。
アレサンドロもなし。おれにだって敵に対する慈悲の心がある。
ウェティアとフェリスもなし。このふたりを使うのは次の段階だ。
ジンパチとヴォンモとシップもなし。出入り向きじゃない。純粋なままでいてほしい。
いろいろ考えると、やはり〈インターホン〉とグラムが適任なんだよなあ。
ステゴロ上等の大暴れ型。
ただ、うちからふたりしか出せないのは引け目を感じるから、移動用の馬車は全部うちが持つ。
まあ、こんな感じかな。
――†――†――†――
〈ラ・シウダデーリャ〉に戻り、〈インターホン〉とグラムに出入りのことを知らせると、ちょうど運動不足だったんだよ、とグラムがにやりと笑い、長持ちからお気に入りのペイズリー柄のチョッキを取り出した。〈インターホン〉は出入りにサアベドラを連れて行ってもいいかときいてきた。
「いいけど。あそこ、ヤク扱ってるの?」
「そうらしいんす」
「まあ、サアベドラがいいって言うならいいけど。他のファミリーの連中を殴っちゃだめだよ」
「それは言いきかせるっす」
「〈インターホン〉……。お前、サアベドラに何か言いきかせられるの?」
「結構、素直っすよ」
「すげえな」
乗ってきた辻馬車の馭者に荷馬車ギルドへの渡りをつけてもらい、今日のお昼は何食べようかな、ちょっと冷えてきたからグラマンザ橋でぜんざいばっかり食べて、それでお腹いっぱいにしちゃおうかなアハアハ、なんて考えていると、パパッ、パパッアーンとトランペットがきこえてきた。
貴族って人種のなかにはトランペットを事前に鳴らした道じゃないと歩きたがらないやつがいる。
五日前、サリニャーナ侯爵から会いたいから来い、というお手紙が使者によって持ってこられた。
それに対し、『お前が来い』と返事をした。
で、やってきたわけだ。
何の用事かな。
そっちが来いや、と言われて来るくらいだから、ちょっと切羽詰まってるんだな。
サリニャーナ侯爵みたいな大貴族を〈ラ・シウダデーリャ〉の事務室に呼ぶのはなかなかおもろい。
貴族たちもおれがそれなりの権力とカネを持ってることは知ってるから、おれの事務所というのはそれなりに豪華だと思っているのだろうが、さにあらず。
〈ラ・シウダデーリャ〉の事務室は黄色い漆喰造りの壁に囲まれてて、書類棚もテーブルもかけてある絵も埃っぽい絨毯も鉄の輪っかに蝋燭を立てた吊り照明も、ここを買ったときにあったものをそのまま使っている。
侯爵は生まれたころから何もかも恵まれたまさに貴族。
見た目もいいし、富もあるし、宮廷での地位もある。まだ若い。
だから、おれみたいなならず者に呼び出されるのは面白くないだろう。
しかも、テーブルの向こうにいるのが、ドン・ヴィンチェンゾならまだ我慢できるかもしれないが、いるのは来栖ミツルである。
「ようこそ、侯爵さん。あ、お酒飲みます」
「結構だ。あまりここに長居はしたくない。とっとと本題に入らせてもらう」
「どうぞ。ご自由に」
相手の言い分をまとめると、傭兵たちを正業につけろというものだった。
つい先日、辺境伯戦争が休戦にこぎつけた。
ロンドネ王国の北西部は辺境伯の領土で、これが事実上独立している。
王国政府とは休戦と開戦を繰り返していて、戦争しているのが常態みたいなところがあった。
戦争がなくなったので、傭兵たちはお払い箱。
その傭兵たちを正業につけろ、というのがやつらの相談だった。
おれだってヒマじゃねえんだけどな。
おれらディアボロスと絶賛抗争中で出入りの準備中なんだけどな。
出入りチームにぶち込むか。
いや、分かりますよ。
この手の傭兵はほっときゃ私戦やらかしてそこいらじゅうの都市やギルドからカネむしって、最終的には盗賊になる。
サリニャーナ侯爵は軍政次官を任されているから、戦争が終わった傭兵をどうするかはこいつがやらないといけない。
で、どうしたらいいか分からず、おれにテキヤの親分みたいな事しろって言ってくる。
何か適当な仕事あてがっておけよ、ってわけ。
何さまのつもりだよ――貴族さまだよ!
暗殺者といい失業傭兵といい、うちはいよいよ駆け込み寺になる。
言えばこんがらがると分かっているが、言わずにはいられないので言ってやった。
「つまり、あんたは国王の命令をそのままおれに下請けに出すだけのメッセンジャーボーイなわけだ」
明らかに侯爵は怒ったらしいが、あんたに怒る資格はない。事実なんだから。
しかも、正業につけるっていうけど、そのためにかかる費用は全部おれが持てって言う。
そのくせ売上は折半だってさ。
これ、おれに受ける意味ある?
いっそ、失業傭兵たちを率いて、サリニャーナ侯爵の領土目がけて私戦でもしてやろうか?
でも、まあ、テキヤ、かあ。
面白いかもしれないな。
グラマンザ橋の商売だってテキヤの発展バージョンみたいなもんだし。
もちろん売り上げの半分は払わない。文句があるなら〈死の部屋〉にぶち込んでやる。
でも、いまは抗争中だしなあ。
これが収まったらいいかもしれないが……。
トントン。
ノックの音がして、現実に戻る。
「どうぞ」
やってきたのはディアナだった。
「うっす」
「ああ。いまのはサリニャーナ侯爵か?」
「そうだけど。知ってるの?」
「やつが指揮していた部隊にいたことがある」
「へー。どんなやつだった?」
「戦争が下手だ。それに前線で見たことがない。あいつは何て?」
おれは失業傭兵のことを話した。
ディアナは、そうか、と言って、印刷所についての仕事場について、紙のコストが下がりそうだということを話して帰っていった。
「うーん」
ディアナは使い捨てにされる兵士に同情的だ。
あの国王から確実に下賜金をもらっているであろうセコケチ侯爵がどうなろうが知ったことじゃないが、失業傭兵は放っておくと悪さばかりする。
ニューヨーク五大ファミリーだって、サン・ジェナーロ祭の屋台からみかじめをせしめてる。
「テキヤ、かあ。やってみるか」
パパッ、パパッアーン。
北に向かう街道からラッパの音がした。




