第五話 ラケッティア、死の部屋。
「アレンカにかかれば、氷の弾もちょちょいのちょいなのです」
そう言われて、二連式ショットガンを渡されたとき、イスラントの顔がちょっとウズっとした。
唇をきつく締めながらも、顔全体は何とも言えない笑みがちらちら見えている感じだ。
そのうち使う用事ができたら、イスラントにぶっ放してこいと言ってもいいかもしれない。
ジャックが手綱を取る形でエスプレ川南岸の街外れへ向かう。最近経営破綻して次の金づるが見つかるまではトンカチひとつ釘一本打ちはしない静寂の王立造船所の客間へ。
操業を停止している鉄工所とか造船所っていうのは、ほんとに気が滅入るよな。
これが一時的なことなのか、それとも今後十年以上続く経済氷河期の始まりなのか。
まあ、氷河期には氷河期なりのラケッティアリングがある、
足りぬ足りぬは工夫が足りぬわけですよ。
これまでにつくったらしいガレオン船の絵がかかっている部屋でディアボロスの幹部が待っていた。
キャリアウーマン風の美人弁護士って感じ。
グリードで戦争が起きたときもこんな感じの人が来た。
あのくらいしんどい戦争になるかもしれないが、ケレルマン商会の戦争に比べれば、マシ、……なのかなあ。
相手も護衛を四人連れてきていた。
こっちもアサシンウェア姿のガールズが四人。
王さまゲームでも始めたほうがいいのかな?
「それで、叔父さんじゃなくて、おれと話すってことだけど」
「話は簡単よ。あなたがクルス・ファミリーのボスになり、わたしたちと同盟を組む」
「実に簡単な話だから、おれも簡単に返そう。却下。叔父さんは裏切れない。おれらはファミリーなんだ。血がつながっていようがいまいがな。あんたたちがセヴェリノで何をしたかはきいてる。でも、ここカラヴァルヴァじゃ二番目を寝返らせて、暗殺部隊をちょっと出動させたら、ハイおしまいとはならんのよ。カラヴァルヴァの喧嘩の仕方がある。セヴェリノ流の喧嘩をここでしたら、おれたち街じゅうの笑いものだ」
「では、交渉は決裂、と?」
「そう取ってもらって結構」
「この後に何が起こるのか、分かった上でのことですね?」
「何も分からないが、引き受けるしかなさそうだ。おれらとしてはセヴェリノの縄張りで満足して、こっちのことはほっといてもらいたいんだけどな。ただ、一応言っておく。あんたらからしたら、カラヴァルヴァのマフィアは野良犬の集まりだろうが、セヴェリノのプードルの下につくつもりはこれっぽっちもない。酒場だろうがカジノだろうが、看板掲げた先から叩き落してやるからそのつもりで」
「では、次の議題に移ってもよろしいですか?」
ディアボロスってのは会社員の集まりなのかな。そのうちパワーポイントでプレゼンとかし出すんじゃね?
「我々の暗殺者のひとりがカラヴァルヴァに逃亡しました」
「ふーん」
「その暗殺者を探すために、我々の人間を入れる許可をもらいたいのですが」
「おれにそれを許可する権限はない。全商会が集まって、よそものがそれぞれの縄張りにちらちら御厄介になることを話さないといけない。ただ、おれ個人の縄張りの話ならこたえは出せる。ノーだ。ディアボロスの暗殺者がリーロ通りや〈ラ・シウダデーリャ〉のまわりをちょろちょろされるのはかなわん」
「理由をうかがっても?」
「その暗殺者、うちが預かっている」
「……そうですか」
「もし、あの暗殺者をあんたの部下たちが本当にとり逃したのなら、そんな連中のためにこっちが妥協する必要はない。もし、あんたたちがカラヴァルヴァの内政干渉のきっかけのためにわざとあの子を逃がして、うちに駆けこませたのなら、やっぱりあんたらのために妥協する必要はない。ここはカラヴァルヴァであって、セヴェリノじゃない。ここまで逃げられたら、あんたらの追跡はおしまいだ」
「他のファミリーがついてくると思いますか」
「他のファミリーは関係ない。おれはいまクルスとディアボロスの話をしてるんだ。おれはあんたたちが東セヴェリノで縄張りを広げることについてあれこれ言うつもりはないし、もし東セヴェリノに行く用事があったら、真っ先にあんたらのもとに出向いて挨拶する。それが礼儀ってもんだ。だけど、あんたたちはカラヴァルヴァに来るなり、おれを呼び出して叔父さんを裏切れってそそのかして、うちの店に来た女の子を引き渡せと言ってくる。そうじゃないだろ。まず挨拶からだろうが。おれの親はきちんと挨拶できない人間はろくなもんじゃねえって言っていたが、あんたらがしてるのはそのろくなもんじゃねえ行為そのもの。殺し屋送るって脅されても、これについては変わらん。じゃ、おれは帰る」
――†――†――†――
〈ちびのニコラス〉に戻ると、宿場町から来た早馬が殺し屋ふたりが駅馬車に乗って、カラヴァルヴァにやってくることを告げたので、馬車を待ち受けて、〈インターホン〉とクレオとトキマルを派遣してそのままとっ捕まえた。
そいつらは縛って、そのへんに転がしてある。
こいつらがションベン漏らして〈モビィ・ディック〉の床を汚す前に処置を決めるが――、
「はいはいはい! ボクがやりたい!」
「マリス、ずるいのです! アレンカも試したい魔法があるのです!」
「ククク、僕も決闘方式で殺したい。短剣二本でね」
殺気でパンパンになった空気が一瞬で凍りつく言葉がある。
「いや、こいつらは〈あの部屋〉に入れる」
〈あの部屋〉ときいて、マリスとアレンカとクレオの顔がサッと蒼白になる。
「マスター。それはいくらなんでも――」
「む、むごすぎるのです。アレンカは怖くて嫌なのです」
「クレオはどうだ? ――って、あいつ逃げやがったか」
ジャックとイスラント、それにトキマルは自分にやらせろと言わなかったから部屋と無関係でいられるとホッとしている。
「なんだよ。誰も部屋についてくるやついないの? まったく、おい、お前ら。お茶をごちそうしてやる」
その喫茶室は〈ちびのニコラス〉の地下深くにある。
すげえ頑丈で至近距離で大砲を食らってもびくともしないというお墨付きだ。
これ、特注の部屋なんだよね。装甲を受け持つ業者は外からの衝撃に対抗するのは何度もやったことがあるけど、なかからの衝撃を耐える部屋は作ったことがないというのだ。
猿ぐつわを外すと、ふたりの殺し屋は何もしゃべるつもりはない、とかわいいこと言ってきた。
「さっきディアボロスの女幹部に喧嘩売って売られて、その直後、お前らが来た。しかも、お前ら、剣に塗るための毒をベルムの町で買っただろう? その毒の原料は誰が卸してると思ってんだ?」
「おれたちをどうするつもりだよ」
若いほうが威勢のいい目つきで言った。
「言ったろ。お茶をごちそうする。ああ、コーヒーのほうが良かったか? 残念だが、いま豆をきらしてる」
喫茶室の扉がトントンと打たれる。
「はーい」
「ミツルさま、ウェティアでございます。姉さまも一緒です」
これが殺人については極悪な価値観を持つクルス・ファミリー面々を恐れさせる〈死の部屋〉の秘密だ。
「お前らもその業界の人間なら爆弾エルフ姉妹のことはきいたことがあるだろ?」
扉が開き、ウェティアとフェリスがにこにこしてやってくる。
この〈死の部屋〉の恐いところは死の部屋を死の部屋たらしめている本人たちがそのことにまったく気づいていないことだ。
ふたりはおれの客にお茶をごちそうすることだけを考えている。
「いいお茶っ葉が手に入ったんです。ミツルさまもご一緒されますか?」
「いやあ、おれはほら、あれがこれでそうだから――あ、そっちの若いほうはちょっと外に出すよ。話があるから」
年かさのほうの殺し屋が縛られたまま、何か叫んでいたが、扉が閉まると全くきこえない。
ちなみに〈死の部屋〉には一見すると目に入らないが、ドジな子ならまず転ぶ出っ張りがいくつもある。
おれはボルト差し込み式の錠を何本も降ろし、鉄の塊みたいな扉がしっかりと固定されたことを確かめると、若いほうを引きずった。部屋は衝撃耐性の工事がしてある。たぶん、この世で一番丈夫な部屋のはずだが、それでも扉や壁の前にいたいとは思えない。
そのうち、すってんころりんとどんがらがっしゃんがきこえ、籠っていても分かる爆音がして、床も壁も天井も空気もビリビリ震えた。
扉が特にヤバくガタガタガタと恐ろしい震え方をした。
だが、耐えきった。金貨千枚払っただけのことはある。
若いほうの殺し屋はガチガチ歯を震わして半泣きになっている。
「お前の巣に帰って仲間に伝えろ。おれたちにちょっかい出すならいつでもこい。いくらでもお茶をお見舞いしてやるからな」




