第二話 犬耳剣士、預かりもの。
「でち屋~でち。でちでちでち~」
もふもふのでち屋は買い取ったものを載せた荷車を押しながら、十二階のカード・コーナーをまわっていた。
十二階は半分がスロットマシンとトランプ風ルーレットの大部屋、残り半分は密林風の小部屋になっていた。。
この小部屋では熱くなり過ぎた客が時計や剣で手っ取り早くカネを作りたがり、そういう客から買い取りを行うのがでち屋だった。
〈ラ・シウダデーリャ〉で鑑定眼を養ったもふもふたちが虫眼鏡でしっかり、でも勝負に間に合うよう手早く鑑定して、お金を払う。
でち屋は出張質屋として、いまでは〈ハンギング・ガーデン〉に欠かせぬ存在になっている。
モザイク装飾の上を流れ落ちる池の岸辺でロムノスがじっとでち屋を見守る。
さっきからでち屋をつけている怪しい客がいた。
でち屋はその仕事柄、大金を持ち歩く。
もふもふたちは小さくて非力だから、襲えば簡単にカネを奪える。そう思う不届きものがいる。
そのときも盗賊がナイフを手に突進したが、ロムノスが二歩前に進み、足を払った。
盗賊は派手に転んで、滝のある池に頭から落ちた。
「お前に選ばせてやる。自分の足で一階まで降りるか、おれに放り出されて一気に一階まで落ちるか。どっちがいい?」
自分の足で一階まで降りることを選んだ馬鹿者をしっかり折檻し、ため息をつく。
最近、自分ひとりでは〈ハンギング・ガーデン〉の保安をこなしきれないと思い始めたところだ。
ときどき魔族に応援を頼んだりしているが、人手を増やさないと根本的な問題の解決にならない。
「ロムノスがお疲れでち」
と、でち屋がいい、魂の休息に役に立ちそうな本を見つけたので、これをもらってくれ、と言われ受け取った。
その分厚い帳簿のような本には『狂気の釣師の備忘録』。
「ありがたく受け取ろう」
「ロムノスもたまにはのんびり釣りでもしてみるでち。じゃ、僕はお仕事があるでち」
釣り、か。
ロムノスも何度かしたことがある。
〈ハンギング・ガーデン〉のあちこちに水場がある。小川から途方もなく大きい池まで。
実際、あの愚か者が落ちた池にも小さな魚が泳いでいる。
まったく釣りをしたことがないわけではなく、針金を曲げてたこ糸を結んだもので小さな魚を釣ったこともある。だが、その程度だ。
この本はどうやら狂気の坩堝にまではまり込んだ人物が書いたものらしい。
――†――†――†――
十階はもふもふたちが住む町だ。
ギャンブルですさんだ心をもふもふの生活を見て癒す。
もふもふたちは木の実を挽いた粉でケーキをつくったり、耳をぴくぴくさせながら居眠りをしたりしている。
ロムノスの家は厚く生えた苔に縁取られた木の根の股にあった。
そこに入り口があり、木の根の下の、古代の壁画のある大きな空洞に家具を置いていた。
家具らしいものは〈ラ・シウダデーリャ〉で見つけた軍の横流しの折り畳みベッドしかなく、後は着るものと尻尾用ブラシを入れておくための壁に開けた穴と剣を吊り下げるために打ち込んだ大きな杭があるくらい。
唯一の家具の上には例の少女が横たわっている。痛み止めと化膿止めの薬は既に塗布されて、包帯ももふもふたちの手で新しいものに変えてある。
息遣いがまだ苦し気だが、熱は少し収まったようだ。少女の額にのせた布を取り、湧き水のあるくぼみに浸して、絞り、また額にのせる。きれいに四つ折りにして。
「……まいったな。王の命令とはいえ、妙なものを預かった」
「う……」
長い睫毛に縁取られた少女のまぶたがゆっくり開く。
「ここは……?」
〈ハンギング・ガーデン〉だと伝えればいいのに、なぜか生まれて初めてのイタズラ心がロムノスのなかにあらわれてきて、
「ここは天国で、おれは精霊の女神だ」
「……」
少女はまぶたを閉じた。
我ながら下らないことをしたなあ、と思いつつ、部屋を出ようとしたとき、反射的に体が構え、剣が鞘から飛び出し、少女の針金のような鞭の一撃を受けていた。
相手も反射的にかかってきたらしく、腹部の激痛に呻き、その場でうずくまった。
針金の鞭をもぎ取って、部屋の端に放り出し、少女を抱きかかえると、またベッドに寝かせる。
「しばらくフィフィたちは近づけられないな」
ロムノスーっ、ともふもふたちが呼ぶ声がして、犬耳剣士は立ち上がり、少女の苦痛が少し和らいだらしいのを見てから、外に出た。




