第一話 ラケッティア、見ちまったらしょうがないじゃん。
「お腹の傷は縫っておいた。あまり激しい動きはいかんよ。ムーンサルト宙返りとか人間競馬とか」
「サンクス。先生」
「それと、一応伝えておくが、この娘、ある種のヤクがちょっと効きづらい」
「つまり?」
「こういう人間は前にも見たことがある。暗殺者だよ。ギルドか私設部隊の。幼いころから毒に慣らさせたんだろうな。だから、ヤクがきかない」
「まあ、〈ちびのニコラス〉が脱走暗殺者の駆け込み寺になったのはこれが初めてじゃない」
ちらっと〈モビィ・ディック〉のカウンターを見ると、イスラントの「おれは違うぞ」ジャックの「おれはそうだ」イスラント「なっ、う……ヨハネが言うなら、おれも、その、そうだ」
さて、問題は、とモグリの医者。
「この娘がどこから逃げてきたかだが」
「慣らすのに使った毒の名前を教えてくれれば、こっちで割り出す」
「じゃあ、メモしておこう」
「サンクス、先生。払いは現金? 現物?」
「現物で頼もう」
「そう思ってこれ。〈錬金術士〉のセレクト・カスク。十二年もの。十二年前、先見の明がある錬金術士が最上級のシェリー樽をばらして厳選して組みなおして熟成させた」
「たまらんね。まったく」
「それと先生。医薬品のこと、ヤクって言わないほうがいいっすよ。サアベドラにきかれたら、何も言わずにぶん殴られるから」
――†――†――†――
早馬に毒の名前を書いた紙を持たせて、アルビロアラの沼に走らせ、二階の客用の部屋に少女を寝かせる。
銀髪を短くしていて、顔はあどけない。武器は極細の鞭のようだ。体に巻いて、上から服を着れば隠せるし、うまいやつが使えば、刀剣みたいに人を斬れる。
マリスとツィーヌがひょっこりあらわれて、舎弟にするとかしないとか話している。
「舎弟ができてから、まごつかないように、いまのうちに練習しよう。おい、舎弟。肩を揉め」
「舎弟。わたしのかわりに掃除当番をしなさい」
「舎弟。三回まわってワンと鳴け。なに? できないというのか、そこになおれっ、ぴしーっ、ぴしーっ」
「お許しをーっ」
こいつらは舎弟のことを専属召使い兼道化師と勘違いしている節がある。
「あのな、おれは出かけてくるから、目が覚めても、おとぎ話の悪い継母の子どもみたいないじめをするんじゃないぞ」
一階に降りると、ジャックが二連式ショットガンに弾と火薬を流し込み、念入りに込め矢で押し込んでいた。
クルス・ファミリーでパーカッション式のリヴォルヴァーをつくった時期、バーテンダーはカウンターの下に二連式ショットガンを持たねばならないという掟に従って、フレイにつくらせたものだ。
最初は雷管を使っていたが、シャーリーンがどうたらこうたらとシャンガレオンが文句を言ってきたので、発火装置を火打石式にランクダウンさせた。
でも、大きなフリントロックが二本の銃身にくっついているのは壮観だ。
どうせジャックは馬鹿な客や強盗が来たら素手か短剣で対処するから、まあ、無用の長物だが、これは有用性とか効率の問題ではない。美学の問題だ。
「おい、来栖ミツル!」
おれの名前を名字と名前で呼び捨てにするのは、
「ああ、イスラントか」
「なぜ、ヨハネの武力を大幅に増加させるのが許されて、おれは許されない?」
「なに? ショットガン欲しいの? 別に欲しいならあげるけど……ジャック、いま、何の弾、込めてる?」
「釘の頭だ」
「このとおり、ジャックは釘から切り取った頭を小さな袋にまとめて銃身に押し込んでる。これが人体に当たると、死体の形としては闘牛にやられたほうがマシなズタズタのぐちゃぐちゃになる。もちろん血がいっぱい出る」
「僕にもきいてくれないかな、ミツルくん」
おれのことをミツルくんと呼ぶのはエルネストかアレサンドロか――。
「ほら、僕も左腕にショットガンを仕込んであってね」
クレオが曲げた機械の腕から銃身を引き出して、クックックと笑う。
「ちょうどいい。その筒に何込めてるか教えてやってくれ」
「喜んで。この銃身にはワイヤーが詰めてある。発射されたら回転しながら飛ぶよう両端におもりをつけてね。これで撃たれると人間が袈裟懸けに斬られたり、斬首ができたりする。それに、これ」
と、タイツにつけたホルスターからリヴォルヴァーを抜きだす。
「つい最近、僕の殺気を弾丸に込める技術を開発してね。これが人体に命中したときの効果はまだ未知数だけど、なかなか芸術的な死体になってくれると期待している。ククク」
「と、まあ、こんな感じですが、それでもまだあなたはショットガンが欲しいですか?」
「う……」
「オーナー、もし可能ならイースでも持てる弾を開発してもらえないだろうか? 仲間外れはかわいそうだから」
「なっ!? おれは寂しくなんかない!」
「安心しろ、ジャック。いま、おれも氷属性の弾を開発したら面白そうだなと思ってたところだ。それとクレオ、ちょっと付き合ってくれ」
「おいしいものを食べに行くのかい?」
「まあ、そんなところだ」
――†――†――†――
ロデリク・デ・レオン街の料理屋街は路地を一本、また一本と入っていくうちにグレードが下がっていく。
味のグレードが下がるのではなく、店のつくりのグレードが下がる。
通り沿いの料理屋はきちんとした店になっている。
めちゃくちゃ大きな店はあまりないが、ともかく屋根があって、ドアがあって、ガラス窓があって、カウンターがある築年数百年以上の店があり、魚料理だったりスープだったりを出す。
次のグレードは屋台だ。
板屋根か帆布屋根の片流れで串焼きとか簡単なお菓子とか、そう言ったものを売る。
屋台と言えど、果物箱でつくった椅子があり、廃材産の机がある。
もう一段階低いグレードは鍋しかない。
道で火を焚き、鍋をかけて焼いたり煮たりする。
座席などない。
最低グレードはスープ窟だ。
これは店としては一番デカい。廃屋の壁をぶち抜いてつなげた大部屋に病気で死んだ犬の肉をスープにして出す。銅貨三枚で好きなだけスープが飲めるし、カビが生えた売れ残りパンも食べられる。
どのグレードにしようか迷った。
ロデリク・デ・レオン街のグリル・レストランででかいステーキを頼むかわりにサラダ頼んだら、その日のうちに街じゅうの人間に知れ渡る。「今日、レイモンズで来栖ミツルを見かけたんだがよ、なに注文してたと思う? なんと、トマトサラダだぜ」
肉食える店でサラダ食うような人間を誰が恐れる? 誰が従う?
おれらみたいな人間は日常生活の些細な出来事で尊敬を失うこともあることは常に念頭に入れておくべきだ。
ただ、これから会う相手はイヴェスとロジスラスだ。
ロジスラスはどうでもいいが、イヴェスは貧乏神が泣いて銭を投げるほど貧乏だからスープ窟でしかものが食べられない。
でも、さっき言った問題があって、おれはスープ窟で食事するのはちと都合が悪い。
結局、第二グレードの屋台で肉を焼いてくれる串焼き屋に決めたのだが、
「犯罪者の情けは受けない」
おれがおごると言ったときのイヴェスのこたえです。
まあ、そうなるだろうなとは予想していた。
イヴェスはここに座ると、ポケットから古くなったパンを取り出し、
「これに肉汁をつけてくれ」
といって、銅貨一枚払った。
さすがにそれでは足りなくて、お腹の虫がぎゅうぎゅう鳴っていたが、イヴェスは自分の体は生まれながらそういう仕様なのだと言わんばかりにすまして無視し続けた。
「じゃあ、おれからふたりに話がある」
ぐうううう。
「さっき、うちの店に――」
ぐうううう。
「腹を刺された女の子がひとりやってきて――」
ぐうううう。
「あの――」
「気にするな。続けてくれ」
「じゃあ、まあ、その子が暗殺者みたいで――」
ぐうううう。
「いま、うちで寝てて、まあ、安静にしているんだけど――」
ぐううううううううううううううううぎゅぐるううううううううううううううううううううううううううううううううううううううぎゅるぎゅるうううううううううううううううううううううううううううううううううううううううう。
「ロジスラス、頼む」
「引き受けた。イヴェス判事、わたしがおごろう」
イヴェスにしっかり栄養を取ってもらい、話をざっと仕上げる。
「つまり、来栖ミツル。お前はそのアサシンがあえて逃がされたものだというのだな」
「そういうこと。うちに逃げる。逃げたアサシンを捕まえに来る。そこでもめて、その子を口実にカラヴァルヴァに進出する。そんなことを考えてるやつらがいる」
「カンパニーか?」
「つい先日、カンパニーの暗殺部隊が町外れの空き地で派手にやられたときいた。しばらく、やつらはこない」
「その少女を引き渡すこともできる」
「お、ロジスラス。試してんのか、おれのこと? 正直、犯罪の低年齢化は嘆かわしいけど、それをおれが解決できるとは思ってない。あの手の女の子を全部救えるとも思ってない。でも、実際やってきて、目にして、瀕死の目に遭わされたのを見たら、話は別でしょ? まあ、ともあれ、ちょっと抗争が起きるかもしれない」
「二重の罠かもしれないぞ」
「つまり?」
「そうやって情をかけさせてから、お前を殺すつもりかもしれない」
「それが狙いだとしたら、もう無理だな」
「どういうことだ?」
「その子はいま、あそこにいる」
おれは〈ハンギング・ガーデン〉を指差した。




