第十四話 怪盗、いつも変わらぬたったひとつの。
城は魔法によって部屋を組み替えたのだろう。
あの外套の部屋は消えてなくなり、ただ一直線に謁見の間につながるようになっていた。
忍び込むもへちまもないが、島民が反乱を起こした以上、オノリーヌが殺される可能性は高くなっている。
扉を開けて、謁見の間に飛び込むと、そこは紫色の空をした庭園だった。領主の椅子の上に煤まじりの酸を垂らした目玉の集合体のごとき魔物が浮いている。
「これまでいろんな悪人からお宝を盗んできたけど、ここまで趣味の悪いやつは初めてだね」
ルイゾンは、魔物相手にオノリーヌはどこだ!?とたずねたが、どう考えても、人間の言葉をこたえてくれるような代物には見えない。
目玉のひとつが赤黒い熱線を発射し、それを浴びた石像が一瞬にして煤と化した。
「なあ、どうだろう? ここはひとつ一時停戦を持ちかけて、お互い納得がいく解決法を――うわっ!」
熱線がクリスのコートの裾をかすり、クリスは慌ててコートを脱ぎ捨てた。
「交渉決裂。やるっきゃない」
「僕はハナからそのつもりです」
クリスが右へ走り、熱線がそれを追う。
植物、壺、扉が次々と煤に変じていくなか、クリスは距離を詰め、そして、クリスをにらむ目玉のひとつに向かって、マスクをつけていない顔を見せて、ニヤッと笑った。
ルイゾンの手に握られたマスクは剣に姿を変え、クリスが稼いだ時間で一番大きな目玉を突く。
勇気の剣は人間の皮でつくった焦げた魔導書を貫いた。
己が魔法が失われることを恐れた魔法使いが全てを託し、自分の皮と呪術でもってして、つくったこの世でたった一冊の魔導書。
死への恐れ、永遠の命、そのために少女たちを使い潰そうとする邪悪な意思。
目玉たちがどろどろとした煤となり、魔導書が断末魔の叫びをあげた。
――†――†――†――
「それでそれからどうなったんだ?」
ストリモールがコーヒーを淹れる。スプーン一杯の赤いザラメ。ミルクはなし。
「魔法使いは生贄にした女性を自分の体にしていったらしい。そして、その体が煤になりきると新しい、特に魔力が高いために名前を失わない少女を生贄にし続けたんだ。礼拝堂でマスクに変わった骨の小瓶――いや、勇気の小瓶は魔法使いと対峙すると、マスクは剣に姿を変えた。そいつで魔法使いを突くと、煤がはけて、なかに気を失っているオノリーヌがいたんだ」
「ルイゾンが助けたのか?」
「もちろんルイゾンが助けたさ。そうでなきゃいろいろダメだろ?」
「で、島はどうなった?」
「夜明けがやってきた。全ての呪いは掃けて、大団円だ」
「まだ、ルイゾンは島に?」
「いるんじゃないか? ひょっとしたら、もうカラヴァルヴァには帰ってこないかもしれない。〈鍵〉はいま、どんな調子?」
「〈梨〉が継いだ」
「〈砂男〉も満足だろうな」
「墓参りにいったのか?」
「いったけど、なんであそこなんだ?」
「行きつけの店だ。カフェ・モカが最高なんだとさ」
〈砂男〉の墓はカフェ・モカがうまいカフェの奥にあった。
もともと泥棒が盗みの相談をするための奥行きが天井が低い、穴倉みたいな店で、クリストフがやってくると、盗賊たちのひとりが舌で合図し、店の小僧がテーブルをどかした。床に『カルロス・ザルコーネ ここに眠る』って刻印されてるのを見たときは驚いた。
「まあ、〈砂男〉がそれでもいいならいいか」
「そういうことだ。ああ、それと。手を出せ」
「手?」
「いいから手のひら上にして出せ」
ほれ、くれてやるとパシンと手のひらに叩きつけられたのはシンプルな意匠の、だがクリス専用のフルオーダー怪盗マスクだった。
常夜の島 クリストフ旅情編〈了〉




