第三十一話 アサシン、十月六日。
ケレルマン商会はアルトイネコ通り沿いにある。わたしはアルトイネコという言葉がかわいらしくて好きだけど、みんなはくそったれ通りと呼ぶ。治安裁判所があるからだ。マリスやツィーヌもそう呼んでいる。アレンカは呼ばない。アレンカは美少女なのです、美少女はそんな下品な言葉を使わないのです、と言っていたけど、このあいだ、サンルームで寝ていたとき辛そうな顔で、うわーん、くそったれ通りに連れていかれるのですー、と寝言を言っていたから、本当は言っているのだろう。同じことが川の向こうのオリーブ通りにもあって、〈情け容赦ない畜生ども〉通りと呼ぶ人がたくさんいる。聖院騎士団の庁舎があるからだ。さて、どこかの飼いネコらしいキジトラの顎を撫でてから、そろそろと動く。影を意識して、その意識を平らにして影に貼りつけるイメージをすると体は影のなかに溶ける。そして、影から影へと飛び移るのだけど、これはチョークで道に描いたわっかを飛んでいくイメージ。そんなわけでケレルマン商会の人間は誰もわたしに気づかない。殺そうと思えば、殺せる。でも、殺さない。わたしはプロだし、マスターもそっちのほうがいいと言うに決まっている。気遣いができるアサシン、ジルヴァ。えへん。ただ、マスターが言うには相手の護衛は手引きがあって、全員外に出かけるらしい。まあ、それは楽だけど、わたしはたくさん護衛がいても、この影に潜るやり方でターゲットに近づいて殺せる。たぶん。それに護衛がいなくなってから殺すと、他の子たちが自分なら護衛がいても殺せた、と言うに違いない。だから、護衛がいなくなってからではダメ。いるときに殺る。ケレルマン商会の玄関広間の吹き抜け階段には隠れ甲斐のある影がたくさんある。階段にかかった影に潜るのは実に難しい。横になって転がりながら階段を上るのはできないでしょ? もちろん、わたしはできる。ゴロゴロと上る。ときどき剣を下げた男たちのそばを通る。話すのはお酒、女の人、賭け事、昔やった殺し、明日やる予定の殺し、などなど。「帳簿がないってどういうことだ!?」叫び声の主。ターゲット。その部屋へ向かう剣士の影に飛び移り、また部屋のなかへと飛び移り、大きなクマの剥製の影に潜む。ターゲットが本来あるべき場所に帳簿がないと怒鳴っている。ふたりの幹部はさっぱりワケが分からないとこたえる。鍵はターゲットしか持っていないのだ。わたしは知っている。クリストフの仕業だ。本当は金庫から持ち出されて、ターゲットの家にあるときがより簡単に盗めたのだけど、〈鍵〉のギルド長に敬意を表して、わざと商会の金庫に移されてから鍵を破ったのだ。クリストフは最初は南洋諸島の剣士だったが、いまではすっかり怪盗としての人生を送っている。こちらに来てから、大勢の泥棒の友達ができた。そういうのはわたしたちにはあまりない。四人でひとつ。そこにヴォンモも加わった。それで十分。わたしたちの暗殺者としてのシマをクレオが食い始めて(あのゲテモノ食い!)、イスラントもジャックが関わるとき限定で任務に就く。でも、今回は例外。醜悪なターゲットを見て、暗殺者としての本能がうずいたとのことだ。ちなみにイスラントには変な特徴がいろいろあるが、アサシンという呼び名を嫌がる。暗殺者と呼べ、暗殺者と、とよく言っている。それにジャックのことをヨハネと呼ぶ。ジャックとヨハネ。ここまであっている言葉がないのはある意味で才能だ。たぶん、階段の一番上から落っこちて、十五段連続で頭をぶつけ続けたら、そんな考え方ができるに違いない。たとえば、マスターのことをパトロンと呼ぶようなものだ。でも、わたしは階段の一番上から落っこちて、十五段連続で頭をぶつけ続けても、マスターのことはマスターと呼ぶ。マスターはマスターでマスターのマスターだから。ふたりの幹部――バジーリオ・コルベックとバティスタ・ランフランコは部屋を後にする。すると、他の組員が館を出る。いったいどこまでが知っているのだろう? ディ・シラクーザが売られたこと。買い取るのはわたし。最高の暗殺術で買い取る。「誰も計算ができないんだからな」ターゲットはぶつぶつ言っている。いま、わたしはターゲットの影のなかにいる。このまま影を刺して殺してみようかと思うけど、それだと自然死だと思われる。そうじゃない。この男はマスターに逆らった。その代償として体の血の半分以上を失って死んでもらわないと。どうしようか、ちょっと考えて、思いついた。まず右手のナイフで心臓を刺す。それをねじれば、相手の体がぐぐっと前のめるから、そこで今度は背中から心臓を刺す。人呼んで『ウソ串刺し』。前と後ろから心臓を刺されているのに、それが実は貫通によるものでないことはカルボノが検死して初めてわかる。うん。これはいい。問題はターゲット、ちょっと太ってる。このナイフでとどくかな? 突然、扉が跳ね開けられた。驚いた。でも、ターゲットはもっと驚いた。「聖院騎士団だ!」「治安裁判所だ!」イヴェスとアストリットだ。「フランシスコ・ディ・シラクーザ! 精霊の女神より与えられた権能により、お前を逮捕する。罪状はディエゴ・ナルバエス、並びにルシータ・ナルバエス、アソーリオ・ナルバエス、エドゥアルド・ナルバエス殺害容疑だ」「国王陛下より委任された権利によって、お前を逮捕する。罪状は違法事業の運営だ」イヴェスはターゲットの帳簿を持っていた。手錠をかけられながら、くそっ、とターゲットが毒つく。それはこっちのセリフだ。
ポルフィリオ・ケレルマン派(ポルフィリスタ)
†ポルフィリオ・ケレルマン 10/1 殺害
†ミゲル・ディ・ニコロ 9/9 殺害
†パスクアル・ミラベッラ 10/1 殺害
†ディエゴ・ナルバエス 9/25 殺害
†ガスパル・トリンチアーニ 10/2 殺害
†ルドルフ・エスポジト 9/8 殺害
†アニエロ・スカッコ 9/12 殺害
†ピノ・スカッコ 10/3 殺害
フランシスコ・ディ・シラクーザ派(フランキスタ)
フランシスコ・ディ・シラクーザ 10/6 逮捕 【New!!】
バジーリオ・コルベック
バティスタ・ランフランコ
†サルヴァトーレ・カステロ 9/7 殺害
†アーヴィング・サロス 9/13 殺害
†アウレリアノ・カラ=ラルガ 10/3 殺害
ロベルト・ポラッチャ 10/3 転向
〈鍵〉の盗賊ギルド
†〈砂男〉カルロス・ザルコーネ 10/4 殺害
†〈キツネ〉ナサーリオ・ザッロ 9/3 殺害




