第三十話 ラケッティア、十月五日。
店の閉まった青物市場を抜けて湾曲するエスプレ川沿いの砂利道を道なりに行くと、そのうち魚油で焚いたらしい灯の群れが見えてくる。エビ漁師のたまり場だ。
板張りの民家や家畜囲い、石積み竈のスープ屋、それに漁師の網小屋が並ぶ道が交差して突然垣根で行き止まりになる下町であり、どこにいても一夜干しにされているイカや魚のにおいがする。
漁師らしい灰色ひげの男が家の前に立って、粘土製のパイプを吹かし、おれたちよそものに目を光らせる。ときどきエビ獲り籠や干した魚を盗むやつがいるのだ。
ここは市内で仕事ができなくなったカード賭博師たちの亡命地で、ほとぼりが冷めるまで宿屋などで低レートのゲームを主催し、宿屋にテラ銭を入れている。
エビ漁師のたまり場はいろんな〈商会〉が勢力を伸ばしていて、一種のフリーテリトリーになっている。
旨味のあるラケッティアリングはないように見えるが、漁船団はそのまま密輸に使えるので、これを独占とかすると大きな問題があるのだ。
川沿いには桟橋と直結している加工場がいくつかあり、そのうちのひとつ、『44 44』と扉にペンキで書かれた加工場へ入る。このあいだと同じ、クレオとイスラントを連れてだ。
なかでは作業員がふたり、鉤みたいな包丁でピンク色の海老の頭とワタと殻を次々と剥いで、箱に詰めていた。
ふたりとも指に切り傷の痕らしいものがあり、ひと言も発せず、よそ見もせず、次々と桟橋からやってきて、テーブルにぶちまけられる海老たちの頭とワタと殻を剥ぎ取っていく。
疫病神は伝染する。
いまではディ・シラクーザはみなを破滅に引きずり込もうとする厄ダネだ。
作業員が帰ると、バジーリオ・コルベックとバティスタ・ランフランコがあらわれた。
ふたりとあれこれ話した。
ドン・フランシスコのこと。人間ローストのこと。ピノ・スカッコとその女房殺しのこと。そのゲスな始末。そして〈砂男〉を殺したこと……。
ふたりにとってディ・シラクーザを売るのは容易なことではない。
山賊時代からの、十代からの付き合いだ。
だが、このままいけば、他のファミリー全部を敵にまわしかねない。
明日、ディ・シラクーザはケレルマン商会にやってくるが、護衛を一時的に全員引き上げさせる。
そこで殺ってくれという話だ。
自分たちで殺るには思い出が多すぎる。
こっちはもうジルヴァに頼んであるが、それは言わないでおいた。
――†――†――†――
居酒屋が左右に並ぶ、恐らくこの下町の中心らしい通りを歩きながら、
「しかし、裏切り者を丸ごとローストにするとはねえ。興味深い。なかなかの趣向だ。ククク」
クレオが低く笑う。
「おい、うちはカニバリズム禁止だ」
「クックック。僕にもそんな趣味はないよ」
「それにこの仕事、ジルヴァがひとりで決めることになっている」
するとイスラントが言う。
「暗殺部隊のメンバーにおれも入れておいてくれ。支援役でも構わない。あのディ・シラクーザという男、気に入らない」
「僕もそろそろ大物を仕留めたいしね」
「ジルヴァを説得できたらね」
「それは、難しいね。クク」
「彼女はどうしてあんなに無口なんだ?」
「それは冷酷な暗殺者として育てられた結果だよ」
本当はワニガメのぬいぐるみ(命名:ゴンザレス)を抱きながら寝ていて、雷が怖い子なんだよ、とは言えない。
「無口だけど、いろいろちゃんと気が遣えるいい子だよ」
「そうか」
「ないとは思うけど、バジーリオたちがおれたちをはめるかもしれない予防策はとる。そこで人が必要になるから、参加できるとしたら、そこ。それでいいなら、ジルヴァを説得する」
「まあ、しょうがない」
「それでいい。それと本物の暗殺者ならギャロットを使うものだと言っておいてくれ」
「ジルヴァはそんな見え見えの挑発に乗らない。たぶん喉を搔き切る」
「ぐ」
「我慢できる?」
「ふ、ふん。努力はしよう」
ポルフィリオ・ケレルマン派(ポルフィリスタ)
†ポルフィリオ・ケレルマン 10/1 殺害
†ミゲル・ディ・ニコロ 9/9 殺害
†パスクアル・ミラベッラ 10/1 殺害
†ディエゴ・ナルバエス 9/25 殺害
†ガスパル・トリンチアーニ 10/2 殺害
†ルドルフ・エスポジト 9/8 殺害
†アニエロ・スカッコ 9/12 殺害
†ピノ・スカッコ 10/3 殺害
フランシスコ・ディ・シラクーザ派(フランキスタ)
フランシスコ・ディ・シラクーザ
バジーリオ・コルベック
バティスタ・ランフランコ
†サルヴァトーレ・カステロ 9/7 殺害
†アーヴィング・サロス 9/13 殺害
†アウレリアノ・カラ=ラルガ 10/3 殺害
ロベルト・ポラッチャ 10/3 転向
〈鍵〉の盗賊ギルド
†〈砂男〉カルロス・ザルコーネ 10/4 殺害
†〈キツネ〉ナサーリオ・ザッロ 9/3 殺害




