第二十八話 ラケッティア、十月四日。
他のボスはいない。
おれひとりだ。
ドン・ヴィンチェンゾもいない。
おれのままだ。
尾行をまくために干し草に隠れない。
その価値もなくなった。
イスラントとクレオを連れてやってきた密造酒工場では相変わらず、ヒゲの男たちがラベルを張ったり、玉ねぎの汁を入れたりして、密造酒に偽りのコクを出そうとしている。
フランシスコ・ディ・シラクーザは前と同じ小さなテーブルにつき、鼻眼鏡をして帳面の上に指を走らせていた。そして、その姿勢のまま、話した。
「来栖くん。ごきげんよう」
「残念だが、こっちはちっともご機嫌じゃない」
「ほう。それはなんで?」
「あんた、またやっただろ?」
「何を?」
「家族殺しと子ども殺し」
「いったい何の話だね?」
「ピノ・スカッコと女房、それに下手人のガキふたり」
「知らんな」
「あんた以外に誰がいるんだよ?」
「ポルフィリスタの生き残りだろう。スカッコも最後にはこちらに寝返ったから」
「そんなごまかしが通用すると思ってる?」
「ドン・ヴィンチェンゾは? なんできみが来た?」
「叔父さんはもう二度と会いたくないとさ」
「だが、それは無理だ。わたしはケレルマン商会を継承したわけだし」
「クルス・ファミリーはそれに承認を与えるつもりはない」
「しかし、他のボスたちはどうだろう?」
「おい、他のボスたちは関係ない。これはあんたとクルスの問題だ」
「失礼、来栖くん。わたしにはわけがわからない。それにだいたい、仮にその事件がわたしのやったものだとして、きみにそれを責める権利があるかね? 子どもを殺し屋に使うのはきみもしているだろう? 確か、ヴォンモと言ったか?」
ガールズたちを連れてこなくてよかった。
だが、許さん。
おれは帳簿を机から叩き落し、おれについては何を言ってもいいが、と言い、
「その薄汚い口からヴォンモの名前を出すな。子どもを使い捨てにするその薄汚ねえ口からあの子たちの名前を口にするな。分かったか?」
話は終わった。もう、これ以上は無意味だ。
「来栖くん」
おれが振り返ると、ディ・シラクーザはニコニコしていた。
「わたしは別にきみみたいなガキがわたしの前で大きな口を叩いて、無礼を働いても、許すよ。なにせ、〈鍵〉の盗賊ギルドの縄張りがつい今さっき、わたしのもとに転がり込んだ。ああ、言いたいことは分かっている。これが戦争の原因だ。だから、わたしが戦争が起きないよう管理することにした。心配は無用だ。ほら、耳を澄ませてみたまえ」
響いてきた爆発は爆弾エルフ姉妹のものに比べれば十分の一以下だろう。
だが、それで吹き飛ばされているのは――。
「献花の注文は早めにしたほうがいいと老婆心から忠告するね。街じゅうの泥棒たちが注文して、花屋からはタンポポ一本もなくなるだろう。わたし? 昨日注文したよ」
――†――†――†――
〈ちびのニコラス〉に戻り、途中、白いユリを頼んで花屋でもらった引換札を〈モビィ・ディック〉のカウンターに置くと、イスラントとクレオと別れて、外に出て、道を挟んだ向かいにある東棟のキャンディストアに入った。
七色の飴が口の広いガラス瓶に入って並んでいるカウンターにはジルヴァがひとりで留守番していた。
「ジルヴァ、元気?」
「……(こくり)」
「他のやつらは?」
「遊びにいってる……」
「なんで、ひとりで店番してるの?」
「……チンチロリンで負けた」
「そうか……ひと仕事頼める?」
すると、無表情なジルヴァの目が、ちょっと輝いた。ほんとにちょっと。
「ちょっと難しいけど」
そう言ったら、むーっとマスクに隠れた頬が膨らんだ。
「問題ない。相手は」
「フランシスコ・ディ・シラクーザ」
ポルフィリオ・ケレルマン派(ポルフィリスタ)
†ポルフィリオ・ケレルマン 10/1 殺害
†ミゲル・ディ・ニコロ 9/9 殺害
†パスクアル・ミラベッラ 10/1 殺害
†ディエゴ・ナルバエス 9/25 殺害
†ガスパル・トリンチアーニ 10/2 殺害
†ルドルフ・エスポジト 9/8 殺害
†アニエロ・スカッコ 9/12 殺害
†ピノ・スカッコ 10/3 殺害
フランシスコ・ディ・シラクーザ派(フランキスタ)
フランシスコ・ディ・シラクーザ
バジーリオ・コルベック
バティスタ・ランフランコ
†サルヴァトーレ・カステロ 9/7 殺害
†アーヴィング・サロス 9/13 殺害
†アウレリアノ・カラ=ラルガ 10/3 殺害
ロベルト・ポラッチャ 10/3 転向
〈鍵〉の盗賊ギルド
†〈砂男〉カルロス・ザルコーネ 10/4 殺害 【New...】
†〈キツネ〉ナサーリオ・ザッロ 9/3 殺害




