第二十四話 ラケッティア、九月二十六日。
オハイオ州にヤングスタウンという都市がある。
ひとつの産業に寄りかかって存続した、よくあるアメリカの地方都市で、ヤングスタウンは鉄鋼に依存していた。
それなりに儲かっていたが、所詮は単一産業。
シカゴやニューヨークと比べれば、何もかも小さい。
人口。教育。予算。世帯収入。そして、数当て賭博。
ヤングスタウンには正式な意味でのファミリーがなく、正式な意味でのボスがいなかった。
クリーブランドのファミリーが準構成員を、ピッツバーグのファミリーが兵隊を送っているだけで、幹部クラスはいない。
そんな地方都市の組織犯罪が全国的に有名になるはずがなく、そもそも旨味のある商売もポリシーしかない。
1960年代、そのポリシーの支配権を握ろうとして、クリーブランドの準構成員とピッツバーグの兵隊が抗争を始めたのだが、なぜかこいつらは相手を殺っつける手段として爆弾を選んだ。
ただの地方都市のポリシー王になるべく、お互いを吹っ飛ばし始めたのだ。
ギャングがギャングを殺すのは問題ないのだが、爆弾が使われ、子どもが巻き込まれるとそうは言っていられない。
クリーブランド派のチャールズ・〈キャデラック・チャーリー〉・カヴァラーロ・シニアがそれだった。
あだ名にもなっているキャデラックに爆弾が仕掛けてあったのだが、カヴァラーロは自分のふたりの子ども、十二歳のチャールズ・ジュニアと十一歳のトミーをフットボールの練習に送るためにエンジンをかけたところ、キャデラックが爆発。チャールズ・ジュニアが瀕死の重傷、チャールズ・シニアとトミーは死亡。トミーの体はほとんど残っていなかった。
感謝祭のすぐ後、全国の新聞の第一面を賑わし、マホニング・バレーというローカルでブイブイ言わせていた、全国的には知名度の低かったヤングスタウンは『マーダータウンUSA』というかなり不名誉なあだ名を頂戴した。
言うまでもなく、これは掟破りだ。
家族に手を出す、というのはリトル・ニッキー・スカルヴォやヴィクター・アムーソみたいな残虐なボスしかやらない掟破りなのだが、子ども殺しというともう悪夢だ。
ただ、この事件に関して、ペナルティが加えられたようには見えないのだ。
この爆弾事件が起こったころにはクリーブランド派、ピッツバーグ派ともに主要なギャングがTNT爆薬の塵と消えていて、残ったのはジョーイ・ネイプルズというピッツバーグ派。
兄弟のサンディとビリーがクリーブランド派に殺されていたので、その復讐かと思ったが、その復讐はとっくになされていて、クリーブランド派の中心だったヴィンス・デニーロが前年に吹き飛ばされている。
キャデラック・チャーリーはこのとき年齢六十歳で健康に不安があり、引退も考えていたので、そんな相手を子どもごとぶち殺したのなら、その犯人にはめちゃくちゃな拷問をされ、車のトランクから見つかるのが相当な罰のはずだが、誰も殺されていない。
ジョーイ・ネイプルズも二十九年後の1991年、ライバルの雇った殺し屋にスナイパーライフルで撃たれるという、映画やゲームにおけるマフィアのボスの死に方ランキング一位だが実際には世界じゅう見ても片手で数えられるくらいしかない死に方をするまで、命を長らえていた。
また、マフィアも一応爆弾は使わないみたいな暗黙の了解ができていたが、1970年代にはクリーブランドでヤングスタウンよりもひどい爆弾騒ぎが起きていたし、いくつかの都市でもボスクラスを吹き飛ばすのに使われている。
ただ、さすがに911のテロ以降は絶対禁止が通ったようだ。
かといって、カラヴァルヴァでそんなテロが起きるとしたら、暴走ドラゴンの乗った馬鹿者がカラヴァルヴァで最も高い建物に突っ込むことになるが、その建物とは〈ハンギング・ガーデン〉に他ならない。
それは嫌だな。
――†――†――†――
見張りは驚いたんじゃないかなあ?
荷馬車の干し草の山からアサシンウェア姿のマリスが出てきて、さらにリサーク製のアサシンウェア姿のジャックが出てきて、さらにやはりリサークに頼んで最近納品されたアサシンウェア姿のイスラントが降りて、そして、三人が素早く安全と警察の尾行がないことを確認したら、干し草のなかからヴィンチェンゾ・クルスがあらわれたんだから。
おれは白髪や口ひげに引っかかった干し草をつまみ落しながら、たぶんレリャ=レイエス商会の人間と思われるびっくりさんに言った。
「何事も経験だよ。それに人生における選択は常に楽なほうを選ぶとは限らんものだ」
荷馬車は高い建物に囲まれた、小さな農家風の家の前庭に止まっていた。
庭というよりは菜園で、不揃いなトマトが熟れて赤く膨らんでいる。
その昔、戦争中のこと、贅沢な庭園は非国民!と言われて、庭で野菜を育てた国があったとか。
その国はいま、不細工な形の野菜は出荷しないほどに豊かになったとか。
「ズッキーニはないのかな?」
民家の入り口にはナイフ使いが立っていた。
ドン・ウンベルト二世の身内で腹に刺したナイフをねじって一回転させて、肋骨に当たるまで裂いたとかで三年間ガレー船に送られたこともあるやつだ。
これが普通のファンタジーなら、この悪党は「ここは通れないぜ」と言いながら、ナイフをくるくるまわすところだろうが、ここでは殺人鬼が恭しく一礼して、ドアを開けてくれる。
「ドン・ヴィンチェンゾ。御三方がお待ちです」
つまり、おれはビリじゃなかったわけだ。
天井が煤で汚れた、がらんとした部屋のなかには大きな炉床があり、頭にスカーフを巻いた老婆が熾火にかけたスープ鍋の面倒を見ていて、テーブルには三人のボスがカードを片手に小銭をとったりとられたりしていた。
ボスたちと抱擁して、お互い挨拶をして、残りのボスが来るのを待つと、ひとりまたひとりと干し草を払いながらやってきて、フランシスコ・ディ・シラクーザは一番最後、干し草一本ない、優雅な身なりでやってきた。
そして、おれたちはディ・シラクーザと抱擁し、お互い挨拶をして、ついでにスープをつくっているばあちゃんにも挨拶して席につき、評議会が始まる。
議題はもちろん子ども殺しだ。
追及はもっぱらカサンドラ・バインテミリャとフェリペ・デル・ロゴスがやっていた。
ドン・ウンベルト二世と黒のジョヴァンニは黙って見ている。
「正直、あんたは謎だらけになりつつあるよ。ナルバエスをやつの家族ごとジグゾーパズルにしちまって、他のファミリーの被る損害を考えなかったのかい?」
「やつの家族が乗るとは夢にも思わなかった」
「ディエゴ・ナルバエスが家族とあの車に乗って出かけることはみんなが知ってることじゃねえか。聖院騎士団はおれたちみんなにガサ入れするだろうし、売人はしょっぴかれる。もぐり酒場ももぐりじゃねえ酒場もみんな営業停止だ。あちこちサツだらけで、おれらが安心して追い剥ぎできる路地はもう一本か二本くらいしか残っていない。どうしてくれるんだ?」
「じゃあ、逆にどうしろっていうんだ? 下手人の首を銀の皿にのせて差し出せっていうのか?」
すると、みんながおれを見る。
このなかで一番縄張りが大きくて、(外見だけは)一番年寄りなおれを。
マフィアの長老に期待されるムーブを見せるコツは決して怒らないけど実は怒っているふうの態度をとることと合唱コンクールの次の日みたいなかすれ声でゆっくりしゃべること。
「ドン・フランシスコ。ここにいるのはみなあんたの友人だ。みな今回の不幸な抗争に心を痛めている。わしにできることがあれば何でもしたいが、ナルバエスの家族を吹き飛ばしたことを大目に見てくれというのだけはできない。そんなことを許せば、この世界、ケダモノだらけになってしまうからだ。わしらは暴力をふるう、殺人もする。そんなわしらが、ケチな小銭目当てに年寄りを刺すごろつきや戦争で大勢を殺す王侯貴族と異なるのはわしらは暴力を抑制できるということだ。君主たちは尊敬や支配のために戦争をする。君主はそれを君臨と呼ぶ。だが、わしらは違う。争いを回避できるからこそ、尊敬され支配もできる。世人はそれを恐怖と呼ぶ。だが、恐怖があるからこそ、怖れがあるからこそ、この世界の均衡は守られるのだ。まあ、長々と話したが、ざっくばらんに言えば、一週間以内にこの抗争に決着をつけてほしい」
「できないと言ったら?」
「わしらは友をひとり失い、あんたは友を五人失う」
ディ・シラクーザは黙っていた。
怒っているようには見えず、デザートのケーキとプリン、どっちを選ぼうか悩んでいるような顔にしか見えない。ディ・シラクーザもマフィアの長老ムーブを心得ているらしいが、そもそもマフィアの長老は子ども殺しをよしとしない――ただし、本場シチリアのマフィアは除く。
しっかし、なんだかなあ。バジーリオ・コルベックたちが言ったことは本当だった。
いまのディ・シラクーザはかつてのディ・シラクーザではない。
もっと強欲な、別の何かだ。
悲しいことにこういうふうな激変はマフィアの世界では珍しくもなんともない。
ちょくちょくあるらしい。
三十年以上、自分の右腕を務めて三百万ドルを稼いでくれた男を三万ドルかそこらの金銭トラブルで殺すボスがいるし、マフィアになるために生まれたようなボスが嘘でなだめていつでも殺せるよう裏切者を近くにおいておくという賢いやり方の代わりに裏切者を殺す埋めると電話でさんざん脅かして裏切者がFBIに走ることを許してしまうというくらい物事が分からなくなることもある。ボスになったその日にスーパーマーケットでパンツを万引きしてパクられたボスもいる。テレビを見ていたら、強盗逮捕に一役買ったお手柄セールスマンのニュースを見て、こいつを殺せと命じて本当に殺させてしまったボスもいる。そいつが善良なカタギで強盗は身内でも何でもないにも関わらずだ。
シグバルト・バインテミリャだって、物が分かるボスだったが、あんなことになった。
もちろん、いいほうに変化した例もある。
フェリペ・デル・ロゴスとか。
「わかった」
と、ディ・シラクーザが言った。
「一週間以内にカタをつける。約束しよう。もちろん家族を巻き込むようなやり方はしない」
ディ・シラクーザは何の目途もなく、こんなことを軽々しく約束する男ではない――他のファミリーから脅されたとしてもだ。
あとで分かったことだが、このころには既にガスパル・トリンチアーニが寝返っていたのだ。
ポルフィリオ・ケレルマン派(ポルフィリスタ)
ポルフィリオ・ケレルマン
†ミゲル・ディ・ニコロ 9/9 殺害
パスクアル・ミラベッラ
†ディエゴ・ナルバエス 9/25 殺害
ガスパル・トリンチアーニ 9/26 離反 【New!!】
†ルドルフ・エスポジト 9/8 殺害
†アニエロ・スカッコ 9/12 殺害
ピノ・スカッコ
フランシスコ・ディ・シラクーザ派(フランキスタ)
フランシスコ・ディ・シラクーザ
バジーリオ・コルベック
バティスタ・ランフランコ
†サルヴァトーレ・カステロ 9/7 殺害
†アーヴィング・サロス 9/13 殺害
アウレリアノ・カラ=ラルガ 9/25 逮捕
ロベルト・ポラッチャ 9/25 逮捕
〈鍵〉の盗賊ギルド
〈砂男〉カルロス・ザルコーネ
†〈キツネ〉ナサーリオ・ザッロ 9/3 殺害




