第四十話 ラケッティア、麻薬について。
ツィーヌをいいこいいこした後は、おれは目を白黒させている監獄長官に逮捕者の名前を、ドン・クルスからミツル・クルスに書き換えるために金貨五十枚を渡して、書記には十枚渡して、さらにカランサ陣営には伯父はビジネスの代理人として自分を置いてったことを伝えた。
カランサはおれが来栖ミツルの姿のままでカトラスバークの案内人ギルドを組織化して、傘下に置いたことを知っていたので、商売の話をしても大丈夫だと思ったのだろう。
〈聖域〉での序列もそのまま、おれは連中のために料理の腕をふるうことになった。
そんなこんなで疲れてベッドに横になったところに、ツィーヌとトキマルが黒装束姿のまま、おれの牢屋に現れて、報告した。
この監獄の地下で〈蜜〉がつくられていると。
――†――†――†――
この世界には二種類の麻薬がある。イドの葉と〈蜜〉だ。
イドの葉はマリファナとコカインの相の子みたいな麻薬で、〈蜜〉はヘロインのようなかなり重い麻薬だ。
〈蜜〉はある種の鉱石から精製する。
だから、〈蜜〉の製造所は大掛かりになるわけだが、これが莫大な利益を生む。
ラケッティアリングとしては高収益なのだが、服用すると人間があっという間に生ごみへと転落するので、聖院騎士団をはじめ、世界中の治安機関が〈蜜〉の売買にかなり神経を尖らせている。
もちろんガルムディア帝国でも国内に〈蜜〉を流すことは重罪であり、下手をすると死刑。
その〈蜜〉をだ、ここの役人たちはカランサという裏の世界の大物を抱き込んで、本国の目が届かない監獄で〈蜜〉を精製し、船に載せてガルムディアに流そうとしている。
おれが密輸商売に手を出す前から、この監獄の連中はハイリスク・ハイリターンのドラッグ・ビジネスに手を出していたわけだ。
うーむ。
ラケッティアになると決めたその日から、いつかこの日が来ると思っていた。
麻薬との全面対決。
ついに来たか。避けては通れない試練だ。
振り返ってみれば、マフィアと麻薬の問題は結構複雑。
ゴッドファーザーを見た人なら分かると思うが、あの映画のキモとなっているのが、マフィアと麻薬ビジネスなのだ。
麻薬は人をダメにするとして、麻薬に反対するドン・コルレオーネと麻薬賛成派のボスたちの抗争がストーリーの主軸にある。
だから、イタリア系マフィアというのは麻薬に反対の立場のものが多いという印象を受ける。
1970年代、ニューヨーク五大ファミリーのゴッドファーザーにして、全米最強の勢力を誇ったカルロ・ガンビーノは麻薬ビジネスをかなり嫌っていて、シチリア系マフィアの大物アンジェロ・ラバーベラがヘロイン取引をもちかけた際、
「なあ、アンジェロ。あんたは大切な友人だ。あんたを困らせるやつがいたら、それはわしの敵だ。でも、あんたがヘロインをアメリカに持ち込んだら、あんたを殺す」
とまで言っている。
カルロ・ガンビーノの跡をついだポール・カステラーノも麻薬を嫌い、扱ったら殺すと禁止令を出していた。
1960年代のマフィア抗争でニューヨークを追われたボナンノ・ファミリーの初代ボス、ジョセフ・ボナンノはずっと後になって出版した自伝で(五大ファミリーの元ボスが自伝!?)、自分が抗争に敗れたのは麻薬に反対したからで、ゴッドファーザーのドン・コルレオーネのモデルは自分だと言っていた。
映画つながりなら、グッドフェローズに出てくるプリズン・ニンニク・スライサーのポーリーもかなり麻薬嫌いで、あの映画の主人公であるヘンリー・ヒルが見捨てられたのはポーリーの禁を破って、コカイン売買に手を染めたからだ。
このように麻薬を嫌ったマフィアのボスは取り上げると結構な数がいる。
麻薬を嫌う理由は倫理的な問題、逮捕されたときのリスクが大きすぎること、そのうち商品に手をつけて手下がジャンキーになってファミリーの結束がゆらぐのを恐れたことなどが挙げられている。
メキシコやコロンビアのカルテルたちがコカインを主力に商売しているのに比べると、イタリア系マフィアというのは、結構まともな人たちに見えてくるだろう。
ただ、忘れてはいけない。
マフィアというのはすさまじい嘘つきだということを。
例えば、カルロ・ガンビーノ。
ボスになってからは麻薬嫌いで有名だったが、それでも若かりしころ、1946年のハバナでのマフィア・サミットの際、カルロ・ガンビーノは熱心な麻薬賛成派だった。
というより、ハバナ会議で麻薬に反対したのは東海岸一帯にスロットマシン帝国を築きあげてカネに困っていなかったフランク・コステロだけだった。
禁酒法が終わったが酒の密売がもたらした巨万の富をマフィアたちは忘れられず、あのくらいの高収益なビジネスを欲していた。
それがヘロインだと彼らは考えた。
コステロ以外のマフィアたち――ラッキー・ルチアーノやヴィト・ジェノヴェーゼ、ジョセフ・ボナンノらは国際的なヘロイン密売シンジケートをつくろうと躍起になり、実際つくりあげた。
それが映画にもなった『フレンチ・コネクション』で、イスタンブール――マルセイユ――コルシカ――シチリア――そしてニューヨークを結ぶ一大ヘロイン密売ルートが完成した。
また、マフィアたちは第二次大戦後、ヘロインを試しに黒人相手に流した。
チャーリー・パーカーやビリー・ホリデイなどなどジャズの世界の名プレイヤーにはヘロイン中毒がつきものだったが、そのヘロインは他ならぬマフィアが卸したヘロインなのだ。
嘘は他にもたくさんある。
ガンビーノの跡目をついだポール・カステラーノは麻薬禁止令を出しておきながら、子分が麻薬で稼いだと知れる上納金を知らぬふりをして平気で受け取った(先代のガンビーノはこれをやらなかった。若かりし頃はともかく年老いてからは頑強な麻薬反対派だったのだ)。
自伝を出したジョセフ・ボナンノは麻薬には反対と書いているが、これは真っ赤な嘘で、ニューヨークのマフィアでありながら、アリゾナとカナダのモントリオールにも縄張りを広げていた。
メキシコとカナダ経由でヘロインを密輸するための基地にしていたのだ。
そして、ヘロイン・ビジネスで莫大な軍資金を手に入れたボナンノはニューヨークを牛耳るべく、ガンビーノらほかの五大ファミリーのボスに先制攻撃を仕掛けたが、雇った殺し屋がガンビーノに密告したせいで、逆にニューヨークを追放されることになった。
ボナンノ追放後、ボナンノ・ファミリーはその後も個性丸出しでヘロイン取引に参加した。
麻薬犯罪の量刑もカルロ・ガンビーノの忠告も屁ほどに思わなかった凶暴なカーマイン・ギャランテ。
ピザの材料だと言ってヘロインを密輸し、ピザの配達だと言ってヘロインを密売した『ピザ・コネクション』のサルヴァトーレ・カタラーノ。
みなボナンノ・ファミリーのボスか幹部だ。
グッドフェローズのポーリーことポール・ヴァリオが筋金入りの麻薬反対派だったのは事実。
だが、彼の所属していたルケーゼ・ファミリーというのはボスクラスが麻薬にガンガン関わるファミリーだった。むしろポーリーは少数派だったのだ。
ルケーゼ・ファミリーは他の五大ファミリーと比べて、労働組合を通じて運輸業界や衣料品業界を支配したり、金融犯罪、破産詐欺などホワイトカラーな犯罪でボロ儲けしていたのだけど、でも、ヘロインにも手を出しまくっていた。儲かるものには何でも手を出すファミリーだったのだ。
当時ボスだったカーマイン・“グリッブス”・トラムンティは政府に寝返ったヘロイン・ディーラーから取引を持ちかけられ、一言も発せず、二度うなずいたが、それがもとで麻薬取引の罪に問われ、連邦刑務所に十五年ぶち込まれた。
二度うなずいて十五年なら、なるほどポーリーも麻薬を嫌がるわけだ。
また、麻薬はファミリーの結束を弱める。
ポーリーの手下のヘンリー・ヒルがコカイン密売でつかまり、ポーリーに破門されると、破門だけでは済まず、殺されるかもと思ったヒルが政府に寝返って、ポーリーの裁判で証言。
ポーリーは四年の実刑判決を受け、刑務所のなかで病死した。
麻薬とマフィアの関係は人殺しと同じで、マフィアになる以上、きちんとしたこたえを出しておかなければいけない問題だ。
で、クルス・ファミリーは麻薬に反対の立場を取る。
理由はジャンキーを生み出す行為が単純に考えてむかつくからだ。
もちろん、賭博や売春だって悪事だし、それで稼いでおきながら、麻薬はやらないなんて偽善だろう。
だが、やらない。
それにおれは正義の味方の勇者さまじゃない。
正義の味方の勇者さまなら自分のしていることが偽善だとしたら、思い悩むだろうが、おれは悪党だ。
偽善結構、だからどうしたって話。
悪党の利点は何でも好きに主義を選べるところだ。
正義の味方が必要悪や偽善といったものを苦渋抜きに選択できないのに比べ、こちとらラケッティアは必要悪も偽善も平気で自分のものにできる。
誰かに後ろ指さされても、よく眠れるし、ごはんもおいしい。
それにおれは自分の縄張りに麻薬を流されたら怒るけど、別のファミリーがそれぞれの縄張りで麻薬を売る分には文句を言うつもりはない。
おれが彼らを食わせるわけではないのだから、他人のシノギにケチつける筋合いはない。
ただ、連中が自分の縄張りをジャンキーだらけにして、ごみ溜めみたいにするのは自己責任だ。
でも、今回はケースが異なる。
ここの監獄長官とあのカランサはおれの相談役をさらって、自分たちの麻薬ビジネスにこき使ってる。
事実上の宣戦布告だ。
「で、マスター。どうするの?」
「全面戦争だ。
ツィーヌ、マリスたちを呼び出せ。洗濯娘としては不自然かもしれないが、構うもんか。
しばらくは様子を見る。まあ、カランサと監獄長官が考えていることは分かる。おれがリッジソン内海に築いた一大密輸網に自分たちの〈蜜〉を流せないかと思ってるはずだ。
それにおれの資金もあてにしたいと思ってるに違いない。
まあ、そのうち話はあるだろう。〈蜜〉にカネを出さないかと。
そのときは乗ったふりをする。
とりあえずこれまではヤクは扱わなかったが、ここの〈蜜〉は安全だから、伯父も考えると思いますとか、何とか。
で、潰せる見込みがついたら、ぶっ潰す。
その後はエルネストのおかえりパーティで腕をふるって、グッドフェローズ風トマト・ソースをつくったる。うまいぞ」




