第十二話 ラケッティア、九月十一日。
もし、カラヴァルヴァの歴史を編纂することになれば、編纂者はこう書かないといけない。
『旧王国星暦八三一年九月十一日 破滅ノ軍団 西ヨリアラワレル 彼奴等 財物ヲ奪イ 善キ人ヲ殺シ 良家子女ヲ犯シ 民ハ滂沱ノ涙ヲ流シケリ』
まあ、たぶん、この文章は採用されないだろう――『なんだ、この文章は?』『いや~、かっこいいかと思いまして』『没だ。ひらがなを使え。それに、なんのためにひらがなが生まれたか、その理由を考えろ。ボケ』『ひらがなが生まれた理由なら知ってますよ。紀貫之が土佐日記を書くためです』『よし、今日はもう帰っていいぞ。本当に帰っていい』『お疲れさまでーす』
まあ、社史編集課において、そんなやり取りがあることは想像に難くない。
いや、そもそもある地方自治体の歴史という考えただけで眠くなるもの書くにおいて、破滅ノ軍団とかまどろっこしい言葉使ってたら、誰も手にとって読んでくれない。
じゃあ、ざっくばらんに言おう。
『旧王国星暦八三一年九月十一日 邪神ノ使徒 西ヨリアラワレル 彼奴等 財物ヲ奪イ 善キ人ヲ殺シ 良家子女ヲ犯シ 民ハ滂沱ノ涙ヲ流シケリ』
うそうそ! ちゃんと教えるからブラウザバックしないで!
いや、ね。ケレルマン商会の山賊どもがやってきたんですよ。
その数、なんと二百二十七人。
これがまた人殺しを屁とも思わず、通りすがりの民間人の骨を折って一番大きな悲鳴を上げさせたやつが優勝とか、かなりろくでもないゲームに凝っている激ヤバ軍団ですよ。
これがみんなポルフィリオ・ケレルマンの味方という最悪の現実。
こいつら、本当にヤバい。
カラヴァルヴァにやってきて、最初にやったこと、何だと思う?
〈ちびのニコラス〉襲撃ですよ。
いや~、参りましたね。でも、新鮮でしたよ。
クルス・ファミリーにこうも面と向かって喧嘩をしかけるとは。
しかも、相当なダメージを受けました。主におれが。
その山賊、火縄銃を一発、一階の〈モビィ・ディック〉の窓にぶち込んでくれました。
そのとき、おれ、二階の談話室にいて、ディアナから
「新しいシリーズとして、別に抜きたくはないが、とりあえず勃たせたいときに見るのに手軽なエロ・カードを作りたい。だが、わたしは女ゆえ、別に抜きたくはないが、とりあえず勃たせたいときに見るのに手軽なエロが分からない。どんな絵を描けばいいか教えてくれ」
と、たずねられて、
「えー、それはまた絶妙な。それはよっぽどのやつじゃないとこたえられんよ。いや、その調整ができて、しっかり構図からプレイの選考まで全部できるやつを五人知ってるけど、みんな日本にいるんだよなあ」
なんて言ってたら、パン!
「ミツル、危ない!」
ディアナが飛びつき、おれをかばう。もちろんそれで終わるわけはなく、二階のドアがバタバタ開きまくって、
「マスター! 危ない!」
「オーナー!」
「来栖殿!」
「ぎゃあああああ重い重い重い!」
いや、二階にいたマリスやトキマルの妹ちゃんまではわかるけどさ、一階にいて、しかも自分の店にもろに撃ち込まれたジャックとイスラントまでのしかかってくるのはなぜなのかなー。
それどころか、それぞれ別の場所にいるはずのヨシュアとリサークも加わってくるのはなぜなのかなー。
とにかく大ダメージでしたよ。危うく圧死するところでしたよ。
――†――†――†――
さて、この緊急事態。
襲われたのはうちだけでなく、最近ディ・シラクーザがカネを出しているミラモンテス銀行が襲われてブラックジャックのディーラーが殺され、シデーリャス通りにあるフランキスタの賭場でもふたりの客が斬りつけられ、ひとりは軽傷だったが、もうひとりは一生自分の足で歩けないほどの重傷を負った。死人が出なかったのはフランキスタ系の組員たちがレイピア片手に山賊どもとやりあい、とどめを刺す時間を与えなかったからだ。
山賊たちは論理的な動きなどしない。
カラヴァルヴァのファミリーでは一番山賊に理解を示すフェリペ・デル・ロゴスが襲われ、金塊市場で斬りあいと撃ち合いが起きて、デル・ロゴス商会二人死亡五人重傷、山賊四人死亡。
治安裁判所では早速、判事と清掃夫が殺された。このメッセージのあらわすところは『司法に関するやつは上は治安判事から下は清掃夫まで誰でも殺す』。
それに対する返答として、ダミアン・ローデウェイクはケレルマン商会へ徒歩で向かい、建物の前でだべっていた山賊五名を素手でめちゃくちゃに殴りつけた。
そして、そのなかで一番年上の五十八歳の山賊と一番年下の十四歳の山賊の頭を愛用の針槐製の警棒で一撃のもと、たたき割った。
このメッセージが言いたいところは『山賊は年齢に関係なく頭をたたき割る』。
また公営質屋の書記がひとり殺されたが、それというのもその不運なやつがフランキスタのナンバー・ツーのバジーリオ・コルベックにそっくりだったから。
他に船舶向けに索具をつくっている職人が殺され、その外見がフランキスタの切り込み隊長バティスタ・ランフランコに似ていたので、抗争がらみの殺しと思われたが、ずっと後になって、その職人の女房が不倫相手と結託して殺したことが判明し、職人の女房と不倫相手は治安が回復したずっと後になって絞首刑になった。
つまり、まあ、大混乱、殺しの大安売りですよ。
現在、カラヴァルヴァでは司法、犯罪、学会、どの世界においても他の理念が位置を下げたことで相対的に暴力の地位が上がってます。
いま、この街で最も尊敬されるのは最も情け容赦なく暴力をふるえる人間です。
それをきくと、四人の元祖アサシン娘たちは『いやあ、参ったな。人気者はつらいぜ。てへてへ』的な態度をとるし、イスラントも『ふっ、困ったものだ。人気者はつらい。てへてへ』的な態度をとる。
そして〈インターホン〉は『おれとサアベドラには関係ないな。てへてへ』的な態度をとるが、いや、それは違う。
この街で最も情け容赦なく暴力をふるえるのは間違いなくサアベドラです。
まあ、譲ってもダミアン・ローデウェイクとカサンドラ・バインテミリャと同率一位。
あのね、これはおれの勝手な持論だけど、『暴力』と『殺し』は全然違うものなんだよ。
キャンディ・ストアで依頼を受け、ピンポイントに標的を抹殺するのは『暴力』じゃない。ただの『殺し』。
『暴力』ってのは頭突きして、膝蹴りして、マウントとって顔が紫色のぶくぶくに脹れるまで殴り続けることを言う。
もちろん結果として相手が死ぬこともあるだろうが、死なないこともよくある。
『暴力』の使い手は相手が死んでいるかどうかに興味がない。
殺そうと思って使わないのだ、『暴力』は。
ただ純粋にぶちのめそうと思って使われる。
それは純度の高い力の行使だ。
もちろん司法サイドから見れば、どちらも同じなのだが、おれ自身がやった四つの殺人を思い出すと、あれは『暴力』ではなく、ただの『殺し』だったとつくづく思うのだ。
――†――†――†――
殺された人間の勘違いをあげつらうことはしたくないが、ミゲル・ディ・ニコロは間違っていた。
黒と三角帽でシックに決めることが山賊のファッションだと思っていたが、パスクアル・ミラベッラ率いる二百二十七人の山賊たちは動くリボンカタログみたいにリボンを結びまくっていた。
帽子のバンド、クラヴァット、火縄銃の銃身にこれでもかと赤、黄、青、水色と金色のまだら模様のリボンをぐるぐる巻いている。
一年のほとんどを山で過ごすこいつらが外の世界と接するのは貴族を誘拐したときだけであり、そして、貴族のあいだではリボンを多用するファッションが流行っている。
しかし、カネのある貴族たちは自分と家族のためのリボン師と呼ばれるつぶしのききそうにない助言者を抱えていて、どんなリボンの色が流行っているか、どんな巻き方が流行っているかを的確にアドバイスしてくれる。
だから、貴族たちはどこに出しても恥ずかしくないリボン・マスターとして社交界に出ていけるのだが、山賊たちはリボン師なんて生き物がこの世に存在するなんて夢にも思わない。
山賊たちは僕が考えた最強のファッションでもって、カラヴァルヴァにあらわれ、笑いを誘うわけだ。
もちろん山賊たちの前で、そのリボンどうしちまったんだよ? ゲラゲラ、とか言ってはいけない。
もう十分血は流れた。これ以上、血を土地に吸わせると山滑りになっちゃうよ。
「とにかくだ、ジャック。相手はとんでもない馬鹿どもだ。そんなわけでこの店にも用心棒を置くことにした」
「よろしくお願いします。出血がないように頑張ります」
シップが前に傾いて、お辞儀のような姿勢を取る。
あれからクロスボウ連射装置だの蓄電壜直結型暴徒鎮圧用スタンガンだのをつけ加えて、制圧力をガチ上げたわけでこれなら山賊の十人二十人軽くひねれる。
そして、その成果を世界はまもなく知ることになる。
暴力が地位を上げたことは先に述べたが、それはダンジョン探索や魔物討伐クエストで生きている冒険者の世界も例外ではなかった。
そもそも、冒険者というのはあまりいいイメージのある職業ではない。
十五、六歳の少年が冒険者になりたいと言ったら、親族会議でこっぴどくどやされる。
そりゃあ、素晴らしい大発見やすげえ魔物を倒して世間に名を知られ、尊敬される冒険者もいないわけではないが、そんなのごくわずかだ。
〈モビィ・ディック〉にやってきた冒険者たちは間違いなくロクデナシであり、暴力的だった。
魔物の骨でつくった首飾りだの、やたらとゴツゴツした胸当てだの見た目が世紀末っぽくて、山賊よりも山賊らしく見える連中だ。
こいつらかどうか分からないが、〈犬のよろこび〉でションベンまき散らした連中がいる。
「悪いけど、帰ってくれないか? 冒険者ギルドで飲んでくれ」
「もともとそのつもりだが、ちょっと喉が渇いてな。疲れたから、ビールを一杯だけいただきたいんだ。一杯もらえたら、冒険者ギルドに行くよ」
冒険者たちのリーダー格らしいのが言った。
確かに疲れているらしいし、誠意はあるように思えた。
ジャックはどうする?といった顔をしている。
「じゃあ、ビール一杯。ホントに一杯だけだからね」
全員にビールが行き当たり、それを飲み干すと、こいつらズボンの前を開けて、お返しに冒険者のビールをまき散らした。
「ビールの代金はいらない。今すぐ出ていって、金輪際この店に近寄らないでくれ」
「いやだね。おれたちゃ、この店が気に入った。おれたちの根城にしてやるから感謝しろ」
はあ、とため息。
こんなとき『ブロンクス物語/愛につつまれた街』のチャズ・パルミンテル演じるマフィアのボス、ソニーだったらどうすると思う?
玄関扉の鍵をかけて、こう言ってやる。
「もうこれで逃げられないぞ」
へらへらした冒険者たちの顔が凍りついた。
次の瞬間、シップのスタンガンが冒険者のひとりをビリビリにし、ジャックとイスラントがカウンターを飛び越して、馬鹿どもの顔にまわし蹴りをぶち込む。
さらに出待ち幽霊が冒険者のひとりの魂をしっかりつかんで、体から引っ張り出そうとする。
おれはというとリロ・ブランカート・ジュニア演じるカロジェロみたいに縮こまって、拳や蹴りが飛んでこないところへ引き下がる。
ええ、ヘタレですよ。それがなにか?
やがて、ひとり残らずボコボコにされ、冒険者たちはみな外に叩きだされた。
「おい、忘れ物だ」
イスラントはカチコチに凍らせたリーダー格を敗北者たちの背中目がけて蹴り飛ばす。
すると、近所の住民があらわれて、「おーい、よそ者どもをやっちまえ」の合図でまたボコボコにする。
おれはというと、すぐにイスラントを引っ込める。
ジャックとシップは血が出ないよう最大限の注意を払っていたが、近所の住民はそんなこと気にしないことが分かっていたからだ。
「イスラント。シップの戦いぶりはどうだ?」
「悪くない」
悪くない、はイスラントから引き出せる最大の賛辞だ。
シップがえへへと嬉しそうに照れ臭そうに顔を赤くした――ような気がした。
ポルフィリオ・ケレルマン派(ポルフィリスタ)
ポルフィリオ・ケレルマン
†ミゲル・ディ・ニコロ 9/9 殺害
パスクアル・ミラベッラ
ディエゴ・ナルバエス
†ルドルフ・エスポジト 9/8 殺害
ガスパル・トリンチアーニ
アニエロ・スカッコ
ピノ・スカッコ
フランシスコ・ディ・シラクーザ派(フランキスタ)
フランシスコ・ディ・シラクーザ
バジーリオ・コルベック
バティスタ・ランフランコ
†サルヴァトーレ・カステロ 9/7 殺害
アーヴィング・サロス
アウレリアノ・カラ=ラルガ
ロベルト・ポラッチャ
〈鍵〉の盗賊ギルド
〈砂男〉カルロス・ザルコーネ
†〈キツネ〉ナサーリオ・ザッロ 9/3 殺害




