第五話 怪盗、技を持った泥棒。
「そりゃ心配さ、クリストフ。〈鍵〉の連中はみんな知っている。度胸があって根性すわっているし、仕事で暴力は使わんでも、悪党にやられたらやり返すくらいのことはできる。だが、とてもポルフィリオ・ケレルマンと戦えるほどの規模はない。わしとしてはあんな山賊どもはみんな山に帰っちまうがいいのさ。あいつらがわしの店のガジェットを買ったことはないし、わしのほうでも売るつもりはない。あいつらは斧一本さえあれば仕事はできると思っているが、追剥は仕事とは言えん。所業って言うんだ」
闇マーケットで怪盗ガジェット専門店を営むストリモールは山賊について口にしたときは女神の印を切って、口のなかとまわりの空気を清める。
「でも、ストリモール。結局、山賊たちは市内で暴れているし、〈鍵〉は自分たちだけで縄張りを維持できない」
「ドン・ガエタノもひどいやつだった。逮捕されるとマシに思えるのは不思議なものだが、あれもあれで相当な畜生だった。だが、ポルフィリオはそれを上回る。あれは本物の疫病神だな。やつの手下が十三歳の少女にナイフちらつかせて、服を剥いだ話はきいたか?」
「ああ、胸糞悪いよな」
「カス人間だよ、そんなことできるのは。ドン・ヴィンチェンゾが何とかしてくれればなあ。〈キツネ〉はカス人間に馬鹿にされて黙っているような男じゃない。トラブルが起こる前にしめてくれればと本気で思うよ」
すると、店のほうからストリモールの弟子のリザリアが顔を出して、
「師匠も店番手伝ってください」
「そんなもんほっとけ。今日は客は来ない。そんな気がする。それよりもお前もこっちに来い。いま、カス人間のことで話してたところだ」
「カス人間のことなんて話すよりも、もっと建設的なことに時間を使ったらいいと思いますけど」
「建設的と来たか。参ったね。そのうち天地創造的とか言い出すんじゃないか? 物事はいつだって拡大していく。カス人間どもの増長ぶりも然りだ」
リザリアは、は~、と長くため息をついて、店に戻っていった。
「リザリアはよくやってくれてるよ。実はな、このあいだつくった、とことこミツルちゃん人形のうち半分はリザリアが作ったんだ。気がついたか?」
「いや。それならすごい技量じゃんか」
「そういうことだ。だが、このままじゃ、あの子の時代には怪盗なんてものは絶滅してケチな畜生泥棒の天下だ。ドン・ヴィンチェンゾは仲介に入ってくれそうか?」
「どうだろうな。ひょっとしたら、ミツルのほうが入るかもしれない」
「それでもいいさ。とにかく山賊どもを何とかしないとな」
またまたリザリアが居間にやってきた。
「師匠、キツネさんが来ましたよ」
「キツネと来たか。参ったね。そのキツネ、タヌキと一緒か? 次に来るのはクジラさんかな? おいおい、そう怒らんでくれ。軽い冗談だ。〈キツネ〉を通してくれ」
やってきた〈キツネ〉は小さな葉巻を象牙製のシガーホルダーに差して、伊達男ぶりが際立っていた。
「よお、クリス。お前もいたのか」
「どーも。山賊たちと話をしてきたのかい?」
「ああ、〈砂男〉と一緒にな」
「それでどうなった?」
「縄張りは守られた。山賊どもが仕事をするときは必ずうちに話をつけることになった」
「そいつはいいや!」
ストリモールがそう叫んで、手を叩くと、秘蔵のラム酒を取り出し、グラスを四つ、リザリアも飲めと言って、乾杯した。
「怪盗と紳士強盗のこれからに!」
強いラムに喉を焼かれ、咳き込んでいると、ストリモールが、
「じゃあ、ドン・ヴィンチェンゾがあいだに立ってくれたのか?」
「いや。ドン・ヴィンチェンゾは関係ない。仲介はコルネリオ・イヴェスだ」
「なんだって? ドン・ヴィンチェンゾ抜きでか?」
〈キツネ〉はなぜドン・ヴィンチェンゾがあいだに立たなかったのか、そしてイヴェスの考えを説明した。
「ふーむ。イヴェスってやつは頭がきれるとはきいていたが、なるほどその言葉に嘘はないらしいな。イヴェスが怪盗ガジェットの製造を摘発しようなんて思わないよう、盗賊教会に祈りの蝋燭を立てたほうがいいかもしれん」
「おれも自分のやった仕事の捜査にやつが絡まないことを祈りたいさ。ただ、ドン・ヴィンチェンゾは加わらなかったが、この協定を支持すると言っていた。イヴェスもそのことは知らせた。だから、協定自体はそれなりのものに仕上がった」
「とにかく戦争が回避できたのはよかった。そういえば〈砂男〉とも久しく会ってないな。相変わらず眠たそうな顔をしてるか?」
「まあ、眠たそうだな。でも、元気してるよ」
「腕のいい泥棒はいつでも大歓迎だと伝えてくれ。そういえば、面白いものを買ったんだ。それが金庫の鉄板を音もにおいも煙も出さずに焼き切る不思議な薬で、ルルディーヤから来た錬金術士から買ったんだが、これは本物だ。ちょうど一個、メレデス商会謹製の最新金庫があるから、実演して見せよう。しかし、いやあ、よかった。本当によかった」
――†――†――†――
クリストフが〈ちびのニコラス〉に戻ったのは夕暮れどきだった。
水たまりに映る空は紫に染め抜かれ、家々の屋根にかじり取られた西空の底には刀鍛冶の鋼のように輝いていた。
〈チビのニコラス〉の一階ではみなが集まって、ちょうどグラマンザ橋に出かけるというところだった。
年寄りだから疲れたと言って、カルデロンは残るつもりらしく、グラムもちょっとどつかないといけないサツがいるということで〈ラ・シウダデーリャ〉に出かけていた。
〈インターホン〉はサアベドラと一緒に行くため、既に出ていた。
「なんだよ。おれ抜きで出てくつもりだったのかよ?」
「こうして待ってやってただろ。それとトキマルなんだが、かくかくしかじか――」
「――へえ。そりゃあ、また厄介なことになったなあ」
「お前、全然厄介なことになったと思った顔になってないぞ」
「そっちだって」
ふたりの顔はそれなりににやついていた。
「で、〈キツネ〉には会えたのか?」
「なんだ。知ってたのか」
「いや、あてずっぽう。で、会ったわけだ」
「まあね。協定成立。〈鍵〉の縄張りは守られたよ」
「ポルフィリオ・ケレルマンは全部呑んだのか?」
「ああ。そうらしい」
「なんか、すんなり行き過ぎてる気もするな」
「都会の流儀を学んだんだろ。それにイヴェスに追いかけられるのはクルス・ファミリーと事を構える並みに面倒だし」
「おれは嚙んでないけど、あの協定には結構賭けてるところがある。もし、破ったら、ポルフィリオの盗んだ家畜は一切扱わないつもりだ。そうなると、いろいろ面倒になるから、こんなふうにみんなで出かけるのもしばらくできなくなる」
「そうならないで欲しいもんだな」
「まったくだ」




