第四話 ラケッティア、かっこいい忍者は好きですか。
気のせいかもしれないが、イスラントがぶくぶくぶく!から立ち直る時間が少し早くなった気がする。
体感二秒くらい。
さて、〈ちびのニコラス〉に戻ったら、元の姿に戻る薬を飲んで、午後はトキマルからハンモックでも借りてゴロゴロしようかと思ったら、背筋を伸ばし妙に衣装を整えたトキマルがやってきて、
「頭領。よくぞお戻りになられた」
と、深々、頭を下げた。
「はぁ? なに言ってんだ、お前?」
「いえ。いつもと変わらぬ挨拶ではないか」
「明らかにおかしいだろ。また道に落ちてるもんでも拾って食ったのか? それよりハンモック貸せよ。今日は疲れたから、もう仕事しねえ。ゴロゴロするんだ」
すると、トキマルはパチパチウインクを始めた。
男にウインクなんかされても、別にときめかないのだけど、なんか顔が必死だ。
「ああ、来栖殿の叔父御であらせられるな」
キリっとした少女の声。見ると、トキマルそっくりのくノ一、妹ちゃんのシズクが二階に通じる階段からあらわれた。
「お初にお目にかかる。わたしはトキマルが妹、アズマの忍び、シズクと申す。兄者が大変世話になったとのことでお礼のしようもない」
「そ、そうか。初めまして。わしはヴィンチェンゾ・クルス。来栖ミツルの叔父だ。トキマルからきいているよ。忍びとして有能で大切な妹がいると」
「兄者がそう申したのか?」
「おや、本人には秘密だったのか?」
その後、妹ちゃんはキラキラと憧れと親愛の眼差しを送ってきたので、おれはちょっとトキマルと話があると言って、〈モビィ・ディック〉の厨房へ引っぱった。
「どうなってんだよ?」
「グラマンザ橋のアズマ街を守るために送られたらしい」
「つまり、ずっとこっちにいるってこと」
「うん」
「……お前、いろいろ耐えられるの?」
「どーでも」
「いやいやいや。ぐーたらできなくなったら、明らかに体壊すでしょ?」
「そーかもしれないけど」
「アズマ街はおれが守るとか言って、国に返しちゃえば?」
「それは、……しない。シズクがこっちに住みたいなら、おれはそれでもいいし」
「お前もだいぶシスコンだな。でも、絶対体壊すぞ。よし、おれがお前の本性、妹ちゃんに教えてやる」
すると、トキマルは慌てておれの袖をつかんだ。
「じょーだん。それはダメ」
「じゃあ、何か? 妹ちゃんと一緒に暮らしたい、ぐーたらなことは知られたくない、でもぐーたらしたい。これを三つ叶えたいっての?」
「頭領、分かってんじゃん」
「分かんねえよ」
「とりあえず、二時間ぐーたらしたい。それで今日明日は乗り切れる」
「すればいい」
「シズクがいるから無理」
「つまり、おれに二時間つくれと?」
「そーゆーこと」
――†――†――†――
「ここがアズマ街。本当はグラマンザ橋って橋だったんだけど、最近、アズマ街の名前が浸透しつつある」
「ははあ。なんと異国では橋の上に店家を建てるのか。アズマでも屋台くらいは立つが、そうか石の橋であるから店を建ててもよいわけか。面白いものだ」
妹ちゃんとの面識が深い来栖ミツルに戻り、トキマルが惰眠をむさぼる、もとい精神安定のために妹ちゃんを連れ出す。
今やすっかりアズマの街並みとなったグラマンザ橋。
障子、暖簾、畳、近海の海老が金色の衣をまとった天ぷら屋、染料の甕が裏口まで続く染め屋、畳に涼を開いた扇屋といった具合に異国情緒たっぷりに(おれにとっては本国情緒たっぷりなわけだが)並んでいる。
刀鍛冶に顔を出すと、まさに今、一本打っている真っ最中だった。
この刀屋は口数の少ないいかつい鍛冶屋の六兵衛と人当たりのいい拵え研屋の七助のふたりで成り立っている。
「来栖さん。おや、それにシズクさんもかい。来るってきいていたけど、はやいお着きだ。おい、六兵衛。誰が来たと思う? 来栖さんと忍びのシズクさんだ」
「ああ」
「すまんね。ぶっきらぼうで」
「いやいや。刀打ってるときは集中したいだろうから」
「いや、刀を打ってるときが一番おしゃべりになるんだ、六兵衛は。麦湯を出すから、ちょっと待っててくださいな」
畳に座り、七助の出す麦湯に喉を鳴らしながら、諸肌脱ぎに侍烏帽子をかぶった六兵衛が真っ赤な刀を打つのを眺める。
彫刻家泣かせの筋肉を膨らませ、灼熱の炉から取り出した鋼の赤い輝きから切れ味と刃文を取り出さんと鎚を振り下ろしている。鎚が鋼を打つたびに短命な火の玉が花開く。
「商売のほうはどうすか?」
「好調ですよ。来栖さんの言った通り、刀を貸し出したのがよかったみたいです」
刀を貸すというのは、ダンジョンを冒険したり魔物討伐の依頼を引き受けた連中に無料で刀を貸して、その切れ味を宣伝させ、ついでに魔物を斬らせて、それで号をつけるというものだ。
ずいぶん前から貸し出しをしているので、六兵衛の打った刀には既にトロル切、ドラゴン切の号がつき、売約の札が下がっている。
「でも、玉鋼を使わずに打つときいたときはおれも驚いたけどね」
すると、六兵衛がぼそりしゃべる。
「……南蛮打ちは前からやっていた」
玉鋼というのはアズマでつくる鉄だ。
最初、ここで刀屋を始める、しかも、刀を輸入するんじゃなくて、ここで打ってそれを売るときいたときはどうやって玉鋼を手に入れるつもりだろうと思った。
刀は魂を打つんだとか何とか言って、刀の命の玉鋼がなかなか手に入らないから店が開けられないかと思ったが、六兵衛は普通にこっちの鍛冶屋が使っている鉄でがんがん打ち始めた。
さっき口にしていた南蛮打ちというのは、つまりアズマにいたころから舶来の鉄で刀を打っていたということらしい。
曰く、玉鋼とは前々から相性が悪かったとか。
刀鍛冶が絶対に玉鋼で打たなければいけないというわけではない。
刀工として能力を出し切れる鉄が国になければ、舶来の鉄で打つのは当たり前というわけだ。
もちろん、こだわりがないわけではない。
六兵衛は銀取引所に行って、あちこちの産の鉄を試して、自分に合った鉄を探したのだ。
「絵師だって納得のいく色のためなら舶来の高価な顔料を使う。それと変わらん」
「おお、六兵衛。お前、いま今年一年分はしゃべったんじゃないか」
「……」
「ははは、怒るな怒るな」
すると、剣士らしい男が刀を見たいと言ってやってきたので、おれと妹ちゃんは刀屋を後にした。
――†――†――†――
その後、瀬戸物屋や玩具屋をまわり、懐中時計を取り出すと二時間四十分経っていたので戻ることにする。
「あそこは夜になると、提灯がきれいで縁日みたいになるんだ。夜になったら、トキマルやみんなも連れて、また来よう」
「はい。しかし――」
「ん?」
「来栖殿は街のものたちに慕われているのだな」
「そりゃおれが開業資金出したからね」
「それだけで、ああも慕われるわけではない」
「外国の移民を見つけると殴りつぶしたくなる馬鹿どもから守ったけど、それは、まあ、おれの投資潰されたら大損するから」
「そうではない。来栖殿はアズマを救い、こうしてアズマのものたちが暮らすことを助けている。みな、来栖殿の器の大きさに惚れているのだ」
「なんだかくすぐったいけど、その器、たぶんベコベコにへこんでるよ。いろいろ悪さしてきたから――ああ、それと何だか急に打ち上げ花火を上げたい気分になってきたんで、花火打ってもいいかな? いや、決して誰かにおれたちが帰ってくることを前もって知らせたいってわけじゃないんだよ。ただ、花火を打ち上げたいなあって思っただけ」




