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ラケッティア! ~異世界ゴッドファーザー繁盛記~  作者: 実茂 譲
カラヴァルヴァ ケッレルマンネーゼ戦争編
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第三話 ラケッティア、ギリギリの強度。

 盗賊ギルドは自分たちは盗賊ギルドです、と看板を出しているわけではもちろんない。

 市内のマフィアが〈商会〉の体裁で存在しているように盗賊ギルドもだいたいが酒場か倉庫の体裁をとる。


 盗賊ギルドと商会の違いは前者が窃盗に特化している点だ。

 ギルドのメンバーには怪盗と言われるレベルの技のある泥棒がいる。

 それに故買屋に関して、非常に強いネットワークを持っている。


 つまり、どういうことかというと、盗賊ギルドの資金源は、盗んだものを処分したカネの他に何々を盗んでほしいという依頼と何々を取り返してほしいという依頼、これらの手数料がある。


 たとえばある男が冬用の外套をかっぱらい通りで追剥に盗まれたとする。

 カラヴァルヴァの日常的経過を経るならば、この外套は匕首横丁か白ワイン通り当たりの故買屋経由で前科持ちの仕立て屋に持ち込まれ、足がつかないよう全部ハンカチにされる。


 だが、そうなる前に、盗賊ギルドにカネを払って、外套を取り返してくれと言えば、外套は少しも欠けず、それどころかきっちりブラシをかけて返却される。


 これを言うと、自分らで盗んで、それを持ち主に返すマッチポンプで稼ぐやり方がよい子のパンダのみんなには思い浮かぶかもしれないが、これはやらない。


 盗賊ギルドはそんじょそこらの両替商以上に信用第一だ。

 そもそも盗人から成り立つ組織であり、隙あらば他人のものを盗もうとする泥棒たちを信用で結びつけ、このカラヴァルヴァの暗黒街で優位な位置につこうと考えるわけだから、規律ってもんがある。


 規律を嫌って、ソロで盗む泥棒もいるが、もっと効率的に盗みたいという泥棒はギルドに入る。


 泥棒が官憲に捕まるのは盗みに入るときではなく、依頼人と出会ったときだ。

 その依頼人がサツのまわしものであえなく御用。


 だが、盗賊ギルドはこのへんはしっかりしている。

 依頼人の身元は必ず保証している。安心ができるのだ。


 そんなわけでたいていの泥棒はソロの気楽さとギルドの安心を天秤にかけて、自分なりにリスクに納得をして暮らす。


 そして、現在、ポルフィリオ・ケレルマンはそれを侵害している。


 イヴェスも切れ者だから、これから巻き起こるかもしれない抗争の重要ファクターが盗賊ギルドにあることを認識し、必要なら仲裁も行うつもりらしい。


 モリオン兜をかぶり、ツギハギだらけの上着を着た門番があらわれて、おれたちは奥に通された。


 そこは横倒しになった樽が壁面全部を覆った酒場で馬車の車輪に蝋燭を十本立てたものを天井から吊るして明かりにしていた。

 盗賊ギルド側はふたり、問題の〈キツネ〉ことナサーリオ・ザッロ、それにギルド長の〈砂男〉ことカルロス・ザルコーネが待っていた。


〈キツネ〉はとびきりめかし込んでいた。

 格子柄のジャケットとチョッキに真鍮のボタン、とくにスペード型の顎ヒゲとクラヴァットにはこだわりが見える。


 噂ではセヴェリノのおしゃれ探偵が飛ばした鳩から手紙を盗み取り、最新流行のクラヴァットを誰よりも先に手に入れることに血道を上げているとか。


 今日のクラヴァットはネクタイよりも小さいもので水の流れを象ったような複雑な刺繍がされている。じきに〈ラ・シウダデーリャ〉のコーデリアの店にも同じものが並ぶだろうが、そのころにはまた新しい流行を盗み出している。


 まあ、技のある泥棒だ。若い世代での注目筆頭株だそうだ。


 一方、ギルド長〈砂男〉のカルロス・ザルコーネはずっと年配で、秀でた額の下にはいつも眠そうにしているふたつの目がくっついている。

 ごま塩の口ひげは伸びすぎて下唇まで隠してしまうし、ファッションも喪服と違いがつかない十九世紀シチリアの農民みたいな埃っぽい黒い服でシャツにはほっそりとしたリボンのようなものが結ばれていて、頭にはくたびれたフェルトの帽子が乗ったままだった。


「何の話で来たかは分かっている」


〈キツネ〉が言う。


「これはおれとルドルフ・エスポジトの問題じゃない。ドン・ガエタノは凶暴な男だったが、盗賊の仁義は心得ていた。だが、あのポルフィリオ・ケレルマンのクソガキは、仁義も尊敬も何にもない。やつの手下のケダモノどもを放し飼いにして、おれたちの庭を荒らしまくってる。おれたちは少なくとも貧しいやつから盗んだりしない。だが、あいつらのやってることはめちゃくちゃだ。そこの屋敷のメイドにナイフ突きつけて服を剥がした。その子はまだ十三だぞ?」


「その通り。確かにポルフィリスタに仁義を知るものはいないかもしれん。だが、このままいけば、その仁義を知らんケダモノと戦争になる。ここのギルドの頭数は二十。それも暴力を使わず、スマートな盗みを心がける泥棒紳士が二十人。それに対して、ケレルマン商会は百人以上。何も暗黒街の語り草になるために全滅することはないだろう?」


「ドン・ヴィンチェンゾ。あんたのことは尊敬してるさ。あんたは仁義を知っている。だが、ポルフィリスタについて妥協はできない」


「やつらが〈鍵〉の縄張りに手をつけないと約束すれば、ひとまず収まるか?」


 そう言ったのはイヴェスだ。


〈キツネ〉がイヴェスを見て、〈砂男〉を見て、そして、おれを見た。


〈砂男〉はずっと頬と顎の無精ひげを手のひらでこすって紙やすりみたいな音を立てていたが、そのうち手を降ろして、背中を伸ばし、


「その約束は協定になるのだろうが……ドン・ヴィンチェンゾが立ち会うのか?」


「いや、ヴィンチェンゾ・クルスは立ち会わない」


「それじゃあ、あんただけが立ち会うのか?」


「そうだ」


「侮辱するつもりはないんだが、もし、ポルフィリオ・ケレルマンが約定を破ったら、何ができるんだ?」


「やつを逮捕する。必要なら聖院騎士団や〈聖アンジュリンの子ら〉とも合同する」


「なぜ、ドン・ヴィンチェンゾを立ち会いさせないんだ」


「イヴェス判事は――」


 と、おれ。


「もし、ポルフィリオが約定を破ったとき、ポルフィリスタとクルス・ファミリーが即座に抗争に陥ることを心配している」


 そこで後ろを見た。


 お供枠のイスラントとギデオンのあいだでも視線がかち合って、パチンと火花を散らしていた。


 一方、〈キツネ〉と〈砂男〉は盗賊ギルドの人間にだけ分かる手話で会話し始めた。

 もともとは夜中に忍び込んだ屋敷で音をさせずに意思疎通させるための技術で、門外不出。


 何を話しているのかこちらには分からないが、〈キツネ〉の手つきは飛んでいる蚊を払うような荒っぽいもので、〈砂男〉は顔を微動だにさせず、落ち着いた手つきでまるで諭そうとしているようだ。


 イヴェスの考えは分かる。


 ポルフィリスタと〈鍵〉の盗賊ギルドとのあいだで縄張りについて協定を結ぶとき、おれが噛めば、それはかなり強固なものになる。


 だが、万が一、ポルフィリオがそれを破ったら、それはおれへの侮辱、クルス・ファミリーへの宣戦布告になる。


 報復手段はまあ破られた度合いにもよるが、最悪ポルフィリオをぶち殺すかもしれない。

 だが、一度にポルフィリスタを全滅させることは無理だから、最悪一週間は大抗争になる。


 このように協定が強固なほど破られたときの反動も大きい。

 約束破りました。ハイ、クルス・ファミリーは街じゅう血の海にします。


 それじゃいかんとイヴェスは考えた。だから、イヴェスは協定の強度は落とすが、それでも破ったときのペナルティを確保しつつ、最悪の事態も避けるという綱渡りを考えたのだ。


 確かにここ二年か三年、司法側の横のつながりが強くなったのは事実だ。

 治安裁判所、聖院騎士団、〈聖アンジュリンの子ら〉のあいだに密な連絡というか、まあ、連携らしいものが見える。


 噂ではその共通項は来栖ミツルであり、おれが媒体になって司法サイドが一致団結しているという話もある。おれに言わせれば、ヤメテヨ、オキャクサンな話なのだが。


 ともあれ、イヴェスのペナルティは口だけのものではないだろう。

 それは間違いない。


 やがて、〈砂男〉のザルコーネがおれにたずねてきた。


「ドン・ヴィンチェンゾ。あんたはイヴェス判事がおれたちの仲介に入ることをどう思う?」


「わしが嘘は言わんのは分かっていると思うから言うが、わしが何かすると約束はできない。だが、判事の考えは大変好ましいものに思えるし、戦争を避けるために取り得る最高の手だと思う」


 正直、イヴェスが仲立ちしたおれ抜きの協定でも、それが破られたら、ポルフィリオが盗んだ家畜を買わないよう肉屋ギルドを通じて徹底させるつもりだ。それで結構絞れる。


 それにイヴェスは協定からおれを外しつつ、おれの影響があることをうまくにおわせるくらいのことはできる。


 こうしてみると、イヴェスってのはつくづく鬼みたいな現実主義者だなと思う。


 そこいらに転がってる現実から一番使い勝手のいいものを選んで積み上げる。

 しかも、それが歪んでないときてる。


 しばらく、風にはためくリボンみたいな手話が続き、最終的にはふたりとも納得した。

 これで平和が確保されたと言い切ることはできないが、何もしなかったことを後悔することはないだろう。


     ――†――†――†――


 さて、ギルドの外に出てみると、まだ解決していない戦争がひとつ。


 イスラント VS ギデオン。


 こいつら、まだ視線をバチバチさせている。


 すると、ギデオンはさっとピンを取り出して、自分の指に刺し、小さな血の玉をつくった。


 ぶくぶくぶく!


 相変わらずクソガキだな。

 そういや、イスラントをうちにけしかけたのもこいつの仕業だったっけ。


 倒れたイスラントに勝者の一瞥をくれてやりながら、ギデオンは颯爽とイヴェスの伴として歩きで帰り、おれは馭者に気絶したイスラントを馬車のなかに引きずり込ませた。

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