第一話 ラケッティア、新たなクルー。
クルス・ファミリーに魔法生物クルーができた。
シップの魂というか純化された精神というか、そういったものをこの世界の魔法と機工学に、ちょっぴりフレイのオーパーツも加えたスチームパンク風な外観を持つ多脚歩行兵器が目下建造中で、それができた暁にはミミちゃんと合わせて魔法生物クルーになる。
〈ラ・シウダデーリャ〉の一階、フレイの銃火器作業場にはいろいろ機械が増えた。
高速地下水脈に設置した水車を動力源に旋盤や研磨機ができあがり、銃身のなかに螺旋の溝を彫りつける回転ドリルもできた。
そんなもんなくても、フレイなら亜空間リソースでヘッケラー&コッホMP7とかファブリック・ナショナルP90みたいなものが作れる、というか、それよりももっと凄いものが作れるが、基本的に金属薬莢を使った銃はなしにしている。
ロマンの問題もそうだし、そんなものこの世界に持ち込んだら、世のなかケダモノだらけになるのは分かりきっているというのもある。
それに火力の問題で言うなら、ウェティアとフェリスで十分すぎるほどの火力があるし、そこにアレンカが加わった日にはもう、それこそどえらいことよ。
そんなわけでシップの建造は鋳型に熱い鉄を流し込むところから始まる。
「司令。多脚戦車の建造、ご英断です。軍事アドヴァイス・ソフトは機械化歩兵一個師団の編成を推奨しています」
「おれたち戦争するわけじゃないんだけど」
「そうですか。機械化歩兵師団はクルス・ファミリーの戦闘力を128%に強化するとの試算もありますが」
「師団って結構大きな単位じゃなかったっけ」
「通常は少将が指揮する戦略単位です。百機の多脚戦車とそれを支援する一万八千の歩兵から構成されます」
「それだけの師団作っても、28%しか強くならないの? 128%って1.28倍だよ?」
すると、どこか遠いところから、ちゅっどーん! どっかーん!がきこえてきた。
工作機械のそばの採光窓を見ると、もくもくと髑髏型のキノコ雲が。
「司令、基準の100%は複数の計算から最も大きなものを採用した数字です」
「ウン、そーですね」
「それと司令、当該兵器の兵装についての指示を要請します」
そう言って、おがくずのにおいがする作業用テーブルに置いたのは、フレイがこの日のために印刷所軍団に刷らせた革装丁のカタログだ。
もしファンタジー異世界にデパートがあったら、こんなカタログになるだろうって感じのカタログでページを縁取るペンギンの足跡の枠のなかに商品の石版画があって、空いたところにかなり小さなフォントでびっしり細かく文字が印刷されている。
それをペラペラとめくってみる。
いろんな兵器がある。
「イ式魔法機関砲――シップは魔法使えないぞ。八〇式二十七糎加農砲――でかすぎる、つーか列車砲やんけ。五五式魚雷――魚雷って論外――お、これなんてどうだろう。フレイ、この後装式三十七粍多目的突撃砲ってのは?」
「ミスリル鋼の旋条砲身に金属薬莢を用いた多目的砲です。対装甲兵器用の徹甲弾、対生物用の焼夷弾、対防御陣地用の榴弾と多彩な弾頭を選択できます。さらにこれら火属性に加えて、凍結弾、雷撃弾、コショウ弾といった他の属性にも対応しています」
「多目的はいいけど、金属薬莢ってどんなの?」
「金属薬莢と言っても、司令が懸念しているようなものではなく、砲弾と黒色火薬を充填した単発式の原始的な薬莢です」
そう言って、フレイが見せたのは薬莢というより、大砲の子どもと言ったほうがよさそうなデカい金属筒だった。
「これならOK。こいつを回転砲塔に装備させて」
「了解しました。それと司令、接近戦用の武器がこちらから選択可能です」
「おお、またハーグ陸戦条約をぶっちぎりで破ってそうな破壊兵器にあふれてるなあ。じゃあ、この七七式火焔発射機と一〇〇式機関軍刀を」
「ホ式破城鎚も搭載してはどうでしょう?」
「載せられるんなら、ガンガン載せてよ」
「一〇〇式機関軍刀ですが、刀身をクニチカ、キヨヒデ、三代目サダマロの三振から選択できます」
「グラマンザ橋のリトル・アズマ産か。一番よく切れるやつは?」
「三代目サダマロです。ただ、一番高価でもあります」
――あ、あの。一番安いものでもいいですよ。
ひし形の明滅とともにシップの遠慮がちな声がきこえてきたが、
「構わん構わん。機関砲なしの金属薬莢封じのハンデを背負わせるんだから、刀は最高級のもんを持たせるよ。じゃあ、その三代目で頼むよ。シップも何か載せたい武器があるなら、じゃんじゃん言ってよ」
――えーと、じゃあ、痛いのは怖いので、装甲をお願いします。
「だってさ。痛くない装甲で頼む」
「現在の機関出力では正面装甲三十ミリが推奨されます」
「じゃあ、それで。どのくらいでできそう?」
「多く見積もって三日です」
「そんな納期詰めて大丈夫?」
「すでにいくつかのモデル・パーツを作成し、亜空間スペースに保存してあります。ご心配なく」
「ほんと? まあ、徹夜とかしないでね」
「了解です。司令」
シップと一緒に酒場のほうへ行くと、グラムと〈インターホン〉が小さな袋に銀貨や金貨を詰めて、カウンターに並べていた。
「賄賂?」
おれがきくと、グラムがうなずいた。
「そういや、ガメローニが消えちまったってきいたんだけど」
「そうらしい」
「月の賄賂ももらわずに消えたって」
「珍しいこともあるもんっすね」
「死体がまったく見つからないし、愛人の家につくってあった秘密の金庫も中身は手つかず」
「怒らせちゃいけないやつを、あの醜悪ジョークで馬鹿にしたからじゃないですかね」
「だとすると、事件は迷宮入りか。この街には怒らせると命に関わるヤバいやつ、それを知っててからかうマヌケ、どちらも大勢いるわけだし」
「あーと、それより、ボス。ケレルマン商会の下っ端が盗賊ギルドともめてるようです」
〈インターホン〉はときどき小銭を賭けて小さなポーカーゲームをやる穴倉みたいな店で夜を過ごすのだが、そこでケレルマン商会のルドルフ・エスポジトと〈鍵〉の盗賊ギルドに属する泥棒で〈キツネ〉のあだ名で知られるやつがちょっともめたらしい。
喧嘩の原因はポーカーのローカルルールを適用するかどうかだったが、本当の原因はもっと深いところにある。
ケレルマン商会と市内にある三つの盗賊ギルドの仲が険悪になり始めているのだ。
理由は簡単で山賊気分がまだ抜けないポルフィリオ・ケレルマンが手下の盗賊たちに好き放題盗みをさせまくっているからだ。
そのなかには盗賊ギルドの縄張りも含まれていて、ギルドからの文句を受けて、フランシスコ・ディ・シラクーザは自制を要請するが、それで自制するようなら山賊なんてできない。
ポルフィリオはますます泥棒稼業に励み、ギルド所属のスリ、空き巣、街道盗賊たちはギルドで結束して、この縄張り争いに抵抗していく。
ルドルフ・エスポジトはハンサムな若い洒落者でダンスもうまく、ポルフィリオの側近を気取っているが、実際のところ、巾着切り専門のケチなヒモに過ぎない。
ただ、最近、この手のケチな犯罪者があちこちでデカい態度をとっている。
これはケレルマン商会だけではないし、盗賊ギルド側にもあることだし、ディ・シラクーザの手下にも言えることだ。他の〈商会〉でも起きている。
これはマフィアの生態学とでも言おうか、大きな抗争の前には必ずこうしたチンピラの増長がある。
他にもヤクが温存されたり、汚職役人の賄賂の取り方が控えめになったりする傾向がある。
それに仇討がらみの殺人事件が何件か出てくる。
これは抗争中、警察のタガが緩んで、抗争とは関係ない私怨晴らしの殺人が起こるので、相手が復讐に来る前にカタをつけた形だ。
現在、こうした傾向は出ている。
抗争は避けられれば、それが最善だが、それが無理なら次善策を考えないといけない。
つまり、カラヴァルヴァ・マフィアの評議会開催だ。




