第七十九話 ラケッティア、氷の涙。
ドン・ガエタノ・ケレルマンがパクられた。
殺人が一件、誘拐が一件、官憲に対する暴行、そして死体遺棄がたんまり。
井戸の底に捨てられていた死体一体につき三年の死体遺棄で五十体見つかったから最低でも百五十年の禁固刑。
しかも、収監先はオルディア―レス要塞ではなく、マネンドラス島。
アルカトラズみたいな場所でムショからファミリーを動かすことはできない。
跡目は誰が継ぐかでおれがいないあいだ、話し合いがされ、ボスふたりの連合体制で行くことになったらしい。
それをきいたとき、「あ、これはもめる」と思った。
山賊と都市犯罪者の折り合いやら同化やら転向やら、タダでさえ面倒なことの絶えない商会がひとつにまとまっていたのは良くも悪くもドン・ガエタノ・ケレルマンが暴力で、それも圧倒的な暴力で締めていたおかげだ。
それがなくなり、誰がボスになるかで中途半端な解決策が出て、そして、納得したやつがひとりもいない、初手から詰んだ協定が平和を担う。
さて、ふたりのボスだが、ひとりはフランシスコ・ディ・シラクーザ。
よい子のパンダのみんなは覚えてるかな? 密造酒にうちのブランデーのブランドを使わせてくれといい、本当はおれと話がしたかった、ナポリ系ギャングのジョズエ・ガルッチそっくりなナンバー・ツー。
やっこさんが話したかったというのはまさにこのことであり、商会はディ・シラクーザの心配した通りになってしまった。
さて、パイのもう半分にフォークを突き立てているのはポルフィリオ・ケレルマン。
ドン・ガエタノ・ケレルマンの息子だ。
ドン・ガエタノ・ケレルマンには子どもがたくさんいるが、認知されかわいがられたのはこのポルフィリオだけだ。
このポルフィリオ、父ちゃん譲りの生まれついての犯罪者みたいなやつだ。
ドン・ガエタノがケレルマン商会を継いだとき、ポルフィリオはアルバレス山に残り、山賊稼業を引き継いだ。
だが、だいぶ前、カラヴァルヴァで一度見たことがある。
サンタ・カタリナ大通りかロデリク・デ・レオン街か忘れたが、ゴッドファーザーでソニーがカルロをめちゃめちゃに殴りつけたようにポルフィリオも取引でトラブった金貸しをめちゃくちゃに殴りつけていた。
ただソニーは相手が無抵抗だと怒りは収まり、殴るのはやめる。
ポルフィリオは違う。死ぬまで殴った。
誰も止めに入らなかったが、それというのも馬にまたがり、火縄銃と山刀をぎらつかせた屈強なヒゲ男が五人もいて、ヒーロー気取りで止めに入ろうとするアホ野郎のどたまに風穴開けてやろうと睨みをきかせていたからだ。
年齢は二十四ときいたことがあった。
最初、遠くで見たとき、ドン・ガエタノと齢が近い弟かと思った。
髪が真っ白だったのだ。
噂では子どものころ、山の怪物に出会って白くなったらしい。
大きな金の指輪をいくつもしているので、殴られると、相手の顔がズタズタになった。
既にこのふたりには幹部や殺し屋や山賊がふたつの派閥に分かれていて、いまはぶち込まれたドン・ガエタノのために一致団結しようってことになっている。
だが、この平和、サバくらいにいたみやすい。
――†――†――†――
宇宙から帰ってきて、十日ほど経った。
暗黒街の勢力図にもいろいろ変化があったが、うちにもいろいろ変化があった。
一番の変化は〈モビィ・ディック〉にあり。
まず、バーテンダーがひとり増えた。
「こっちがジャックのつくったジンジャー・ジョヴァンニーノ、で、こっちがイスラントのつくったジンジャー・ジョヴァンニーノだ」
「どうして分かった?」
「こっちのほうがうまい」
イスラントは目に見えて、すねたが、ジャックは「ふてくされるな。イースの氷は世界一だ。技さえ身につけば、最高のバーテンダーになれる」と励ます。
「ふ、ふん! バーにいるのは足掛けだ。いずれ、お前を殺すためのな」
そんなこと言ってるけど、目に見えて嬉しそうな顔になる。
あと、もうひとつ、〈モビィ・ディック〉に幽霊が出るって噂が流れてる。
「けったいやなあ。イケメンしかいないのに。でも、座ったら死ぬ呪いの椅子がある店もあるくらいやし、気落とさんほうがええで。客足が遠のいたら、……そや。イケメンがバーテンしてる店って売り出したらええねん」
「噂の元凶が自分だって気づいてる?」
出待ち幽霊はカッカッカと笑った。
「幽霊? うちが? アホ言わんといてや。幽霊っていうのはこの世に未練たらたらのメソメソしたのがなるんよ。うちはあちこちイケメンだらけで大満足やで。そうやな、うちは幽霊じゃなくて、なんか、こう――純化した輝く魂っちゅうか、なんちゅうか」
そう言って、和やかな笑いは生まれるが、その寿命は短い。
みな少し沈む。
他に方法がなかったことは分かっている。
一隻の宇宙を飛ぶ船が宇宙の全ての生命を助けるために自分を犠牲にしたことを知っているのはごくわずかだ。
たかが乗り物とは言わないでくれ。
「はあ……」
ドアの鈴がなって誰かがやってきた。
カールのとっつぁんが悪化していく一方のケレルマン商会についての情報を持ってきたのかと思ったら、違った。
カルリエドだった。
「ヒューマンのブラッダ、元気かや? カルリエド、今日は外に出かけたんよ~」
「確かに魔族居留地以外であんたのこと見かけたのは初めてだ。大丈夫なの?」
「大騒ぎなんよ~。でも、カルリエド、どうしても知らせたいことあるんだや。カルリエド、あったかいの、ポカポカしたの大好きなんよ。ハイ&ローじゃない絶妙な温度あるんよ。それ、どこにあっても、カルリエド分かるんよ。ブラッダ、カルリエドとシェイクハンドするだや」
握ってみると、魔法で若干熱すぎる気のする温度だった。
「カルリエド、このポカポカにする魔法、快適テキテキんなるためによく使うんよ。このポカポカ、カルリエドどこにあっても分かるんよ。エブリタイム、エブリデイ、エブリプレイスなんよ。で、十日間探したんよ。それでやっと見つかったんよ」
「ちょっと待って。そのポカポカってケレルマン商会の現状をあらわす魔族同士の隠語とかじゃないよね」
「カルリエド、手を握って、ポカポカにしたんよ。そうしたら、スペース・スペースに漂っていたのを見つけたんよ。エブリタイム、エブリデイ、エブリ次元なんよ。ちょっと次元を切ったら、そこは真っ暗闇だや。寂しいところなんよ。何にも見えないだや。でも、カルリエド、ポカポカなら分かるんよ。だから、ポカポカ探して引っ張り出すことができたんよ。これ、クールマンのブラッダにあげるだや。それが一番なんよー」
カルリエドが取り出したひし形の青い鉱石片にはきれいな三色の糸を編んだ紐飾りが縛りつけられていて、まるで生きているみたいに光がゆっくり明滅を繰り返していた。
――うーん。
石がしゃべる。
――あれ? ボクは自爆したはずなのに。どうして意識が? それにここは――わわっ! どうして皆さんがここに?
おれの涙腺はよく頑張った。
ジャックの涙腺もよく頑張った。
出待ち幽霊の涙腺もよく頑張った。だが――、
――あわわ、イスラントさん、泣かないでーっ
イスラントの涙腺が無条件降伏。
その青い眼から涙が氷の粒になってポロポロとこぼれ落ちていった。
星々の世界 ラケッティア宇宙へゆく編〈了〉




