第七十六話 ラケッティア、クールだけど心は熱いってやつ。
フレイア。別名、古の女神の星。
舷窓から見る限り、カッターナイフと同じ色のバリアが星全体を覆っていて、なかはどうなってるのか分からない。
正直、こんな死の福袋を買いたがるやつはいないだろうが、あのなかにはフレイがいる。
「で、いま、イスラントとはどうなってるの?」
「殺すのは借りを返してからということになっている」
「じゃあ、帝国にさらわれたの助けたことは借りと思ってるのか」
「一生かかって返す借りだと思っているらしい」
「……素直に仲間になりたいっていえばいいのにねー」
「プライドの問題らしい」
「相変わらずだな。ああ、それと出待ち幽霊に気をつけろよ。あいつ、腐ってる」
「オーナー、彼女の死体は腐敗と白骨化を通り越して、風化して消えてなくなっている。なにせ百万年前だし」
「うん。ジャック、そのままのジャックでいてくれ」
「?」
シップの声がきこえてきた。
「もうすぐフレイアに突入します。皆さん、準備は?」
「準備はまだだけど、覚悟はした」
「わかりました。突入します!」
シップは(おれが拭いて拭いて拭いて拭いて拭いて拭きまくって、ようやくギトギトを落とした)青い三角錐の力でバリアに穴を開けた。
空が割れるようなもんだから、もしフレイアの星に原始人に先祖返りしたやつらがいたら、この世の終わりと思うことだろう。
中国では古い時代、ある悪い皇后が国を支配していたのだが、そこで皆既日食が起こった途端、めちゃくちゃビビって、ああ自分が悪さばかりしたから、太陽が消えてなくなったのだ!とわめいたそうだが、果たしてフレイアに人はいるのか?
シップは青い空のなかを渦巻いた風の筋が見えるほどの速さで降りていく。
船のなかはちょっとした無重力状態になり、おれは最後にやってくるであろう床にビターン!を少しでも軽減すべく窓のそばの出っ張りをつかんで、覚悟はないけど準備はした。
「ふわふわするんよー!」
「ひゃあー、マスター見てください!」
重力を操る魔法は存在する。存在するが滅多にない。
種子島宇宙センターもない世界の住人たちとしてはこうした疑似無重力はいいおもちゃのようだ。
「楽しむのは結構だけど、これ、最後にはビターン!が待ってるから、受け身取る準備しとけよ~」
「OK、ベイビーなんよ~」
「わかりました。マスター!」
窓の外から見たフレイアは新宿みたいだ。
朽ちた高層ビルと広場にジャングルがしがみつき、そして、カッターナイフもどきと同じ輝きの結晶が文明の全てを覆いつくしていた。
間違いない。このカッターナイフもどきはかなりろくでもない材料でつくっている。
下降速度が緩やかになり、予測していたバーン!はなくゆっくりと着陸。
シップの優しさが目に染みるぜ。
「ヘイ、シップ。クソガキとフレイの居所は分かる?」
「レーダーをかけていますけど、生命反応が三件。あのビルからです」
「一件はクソガキ、一件はフレイ、じゃあ、三つ目は誰だ?」
アロハ男だった。
生命反応二件はビルの最上階から発せられていたが、あの青い結晶にガチガチに固められていて、例の三角錐でも突破ができない。
それでシップには外に待機してもらうことにして、一階のエントランス・ホールに入ると、ジャングルと結晶に満ちた十階くらいの吹き抜けになっていた。
「よくここまで来たな。わたしが全ての黒幕だ。全てはわたしの手のひらで進行していたのだ」
「よーし、みんな、こいつを殺っちまえ。ぶっ殺してバラバラにして塩漬けにして下水道に捨てちまえ」
「待った、待った。冗談だよ。おれはラスボスなんかじゃない」
「じゃあ、なんだ? 十文字以内でこたえろ。でないと、殺っちまうぞ」
「事情に通じたアロハ男」
「十文字ぎりぎりだ。じゃあ、教えてもらおうか」
アロハ男はここはフレイア救済センターだと言った。
「救済センターって〈錆の星〉にあったやつか?」
「あれより始末が悪い。〈錆の星〉は一本の〈剣〉のみから力を取り出そうとしたが、フレイア救済センターは〈原初の星〉から力を取り出そうとした」
「〈原初の星〉?」
「この星界に最初に出現した星だ。いまから一億年前、そこにはたったひとりの科学者がいたんだ」
「科学者? なんだ、そいつは――って、消えちまった」
エレベーターは死んでいるから、階段を使う。
階段の踊り場が結晶に塞がれていたから、一階下に戻り、ドアを開けると、二本の椰子の木にかけたハンモックでアロハ男は寝ころんでいた。
「こっちがひいひい階段上ってるのに、いい御身分だな」
「おれがやったことを考えれば、このくらいの特別扱いは当然なんだ。それより話の続きだ。一億年前、〈原初の星〉にひとりぼっちだった科学者は人間をつくることにした。彼は自分が神になれるかどうかを実験することにしたのだ。そうして、つくられた原初の人間、その名はフレイオス」
「それで、フレイオスがフレイア文明をつくったのか?」
「そうだ。フレイオスそっくりのコピーをたくさんつくってやって、それに動力も与えた。それがこのあちこちにあるカッターナイフもどきの結晶だ。もちろん、これは〈原初の星〉から抽出した非常に強力なエネルギー体だから、そうそうたくさん与えても使い切れない。フレイオスは最初の数千万年を生きたが、結局は朽ち果てた。ただ、そのころには立派な古代文明と呼ぶべきものができあがった。こんなコンクリート・ジャングルではない、もっと夢のある文明だ。ただ、その文明は滅ぶ。この結晶のエネルギーの奪い合いをしたんだ。〈原初の星〉の科学者はそれで新しい実験をすることにした。結晶を全て引き上げさせた。それでも戦争は終わらず、結局、人類はそこにいた生物もろとも全滅した。科学者はまたフレイオスをつくった。これがあのフレイオス三十八世の先祖だ。科学者は用心深く文明を育て、今度は成功すると思えた。だが、間違いが起きた。科学者は全ての結晶を回収しきれていなかった。間が抜けていると言ってくれるな。彼は神ではない。ただの科学者なのだ。回収しきれなかった結晶はきみたちがカッターナイフもどきと呼んだあれだ。あれが正確になんであるのかは誰も知らない。科学者自身も知らない。彼は〈原初の星〉から抽出しただけで無から作り上げたわけではない。なぜ〈原初の星〉がそんなにエネルギーを持っていたのかは誰にも分からない。たぶん、十億年くらい前に何かがあったんだろう。別の次元からやってきたとか。ともあれ、フレイア文明は百年前、〈剣〉から無限のエネルギーを内包する結晶の存在を知った。フレイオス三十八世の時代、やつはそれを〈原初の星〉から引き出そうとした。ほんのわずかだ。ほんのわずかだけ引き出したら、この体たらく。洪水みたいに氾濫するエネルギーを前に時が止まり、フレイアを滅ぼし、時間のはざまに封じ込めてしまった。だが、それがよかった。フレイアのまわりに時の断裂によるバリアが張られて、他の星までが巻き添えを食って滅亡することはなかった。フレイオス三十八世は自身がフレイアに閉じこめられるに至って、自分の分身ともいうべきものを氾濫するエネルギーから作り出し、あちこちの星に飛ばした。きみたちが探しているフレイはそのひとりだ。時が来たとき、自分とフレイアを復活させるための保険だったわけだ」
「今は違うぞ」
「その通り。いまはクルス・ファミリーのスロットマシン担当幹部で銃火器担当なんだっけ?」
「そういうことだ」
また消えた。また階段を上らないといけないのだが、二十階くらい上って気がついた。
全然疲れない。
これって、この結晶の持つエネルギーの影響なのかな?
「その通り」
また、突然あらわれたアロハ男が言った。
「皇帝の最期は見ただろう? あんなふうにこのエネルギーに対して、自分をさらすべきじゃなかったんだ」
「ひとつききたいんだけど、フレイオス三十八世はこのエネルギーを自在にコントロールできるだけの力を持っているのか?」
アロハ男は首をふった。
「残念ながら。彼は狂った神なんだよ。より上位の存在に実験のためにつくられた神。自身がつくられたものであることに気づかず、自身を全能と思い込んでいる。まあ、それも仕方がない。フレイオス王は普通の生殖で産まれるのではない。初代フレイオス王のコピーとして、培養ガラスのなかでつくられるのだ。普通はコピーに伴い、劣化していくが、フレイア文明の発展とともにコピーのほうが優れた力を持つようになり、フレイオス三十八世は〈原初の星〉のエネルギーを自在に扱えると思い込んだ。おそらく、彼は眠りにつく前に〈門〉を作り終えている。それが開けば、世界は結晶のなかに閉じ込められる」
「……」
イスラントが難しい顔をして、
「あなたはその科学者に会うことができるのか?」
「ああ、できる」
「じゃあ、科学者に伝えてくれ」
と、言うなり、渾身の右フックをアロハ男の横っ面にぶち込んだ。
アロハ男はそのまま左に吹っ飛んで、ぶっ倒れたが、腫れた頬を抑えながら起き上がり苦笑しながら「確かに伝えよう」とこたえ、消えていった。




