第三十七話 ラケッティア、牢屋の談話。
あれから、トキマルとツィーヌが活躍して、どうやらエルネストは第二南棟にいるらしいことが分かった。
そこで、金貨の力でおれとトキマルは第二南棟の牢へ移った。
おれが収監された東棟からてくてく歩いていくのだが、扉を開けるたびに大銀貨一枚を看守の手に握らせた。
扉は実に二十九もあったが、看守たちの顔を見る限り、この倍はあってもいいと思っているようだ。
鍵付きの書き物机、ふかふかのベッド、小瓶を入れたガラスケース、雪花石膏のランタン、テラコッタの鉢に入れた観葉植物。
日に銀貨五枚支払える人間が入れる最上級の牢屋は〈公爵部屋〉と呼ばれていた。
そこにはムショ暮らしを快適に過ごすための上等な家具が揃っている。
扉に鍵はかかっているが、出かけるから開けろ!と大声で命令すれば、監獄士官が鍵束持って、すっ飛んでくる。
さらにいくらか払えば、ペットも飼えるらしく、芸を仕込んだネズミだの変な声で鳴く虫だのを勧められたが、そんなものに金払うくらいなら、〈レネンドルフの斧男〉を呼んだほうがまだマシだ。
で、呼んでみた。
トキマルからきいていた通り、小柄なじいさんで、おれがじろじろ眺めると、落ち着かなさげな様子をしてみせた。
見たところ、人畜無害なこのじいさんはガルムディア帝国西部のレネンドルフ地方で二十五年のあいだに上は十七歳、下は生後三か月の赤ん坊を斧で滅多打ちにしたのだ。
持ち物を奪うわけでもなく、性的暴行を加えるでもない。
動機は自分の名前を思い出せなかったから。
そして、ぷっつんしたオツムは子どもを斧で叩き殺せば、名前が見つかるかもしれないという狂人一流の論理のもと、六十七人の子どもを斧で殺したのだ。
だから、しばらく見つめていると、その困り顔にフッと、どこか浮世離れした貌が見えることがある。
本当の自分はとっくに死刑になっていて、ここにいるのは慣性の産物。
あるいは記憶の残渣。
「帰っていいかね? 居心地のいい牢屋なんて、どうも落ち着かなくて」
「ああ、構わんよ。――看守! 〈斧男〉がお帰りだ。送っていけ」
うやうやしく差し出された看守の手に銀貨を五枚握らせる。
「なあ、トキマル。あのじいさん、もし、シャバに戻ったら、またやると思うか?」
「どーでも」
「この脱力忍者め。それより、エルネストだが、この棟にいるんだな?」
「それは間違いない」
「だが、エルネストは一度も運動場に姿を見せない。それどころか、ありとあらゆる犯罪者がいる運動場なのに、偽造犯だけは姿が見えない。これは間違いないな?」
「そーだけど」
「分かった。エルネストは何かカネになるものを偽造させられてる」
「どーして、そー言い切れるの?」
「エルネストを隠して何かさせるとしたら、偽造以外にありえない。あいつは貨幣から旅券までなんでも偽造できる。よし、監獄に運び込まれた物品のリストを手に入れるぞ。書類にしろ貨幣にしろ偽造するなら専門の道具や薬品が必要になる。運搬船の積載量と合わせれば、隠して何かを運び込んでることも分かるはずだ」
「それ、おれが調べんの?」
「アタマが切れるな、そのとーり」
「めんどくせー」
「そう言うなって。プレゼントがある」
書き物机に鍵を差し込み、蓋を開ける。
中には忍び装束――黒一色!――がきちんと畳んである。
「囚人服に袖通すのも飽きただろうから、これ着て、一発、仕事きめちゃってください」
「これ、虫除けした?」
「樟脳入れた」
「匂いがついちゃってるよ」
「でも、樟脳の匂いだろ?」
「隠密行動に邪魔」
「大丈夫だって! みんな自分の服に虫除けをかけてるんだぞ? おれも樟脳の匂いがする。お前も樟脳の匂いがする。だから、どうした? どうせ監獄長官だっててめえのパンツに樟脳ふりかけてるさ。気にすんな。それともう一つ。お前の任務は探索だからな。アサシン娘たちの怒りを買いたくなかったら、暗殺だけはするなよ」
「頭領は忍びのなんたるかがわかってねー」
「なんだ、そりゃ? アサシン娘どもの真似か? あいつらもしょっちゅう、おれに言うんだよ。マスターはアサシンのなんたるかを知らないってよ。でも、おれに言わせれば、あいつらもお前もイタリア系マフィアってもんが分かってねえ」
「はあ……どーでも。ま、仕事はするよ」
「ほら、これで一つ面倒が解決した。おれたちは樟脳の匂いがもたらす問題を克服した。世の中は前進してるんだぜ、忍者マン。おれも前進、お前も前進、マリスも前進、アレンカも前進、ツィーヌも前進、ジルヴァも前進……ん、ツィーヌ? ……あ」
「どうしたの、頭領」
「忘れてた。ツィーヌのご機嫌取るための菓子つくるの……な、なあ、トキマル――って、いねえ! 逃げたな、あんにゃろー!」




