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ラケッティア! ~異世界ゴッドファーザー繁盛記~  作者: 実茂 譲
星々の世界 ラケッティア宇宙へゆく編
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第六十話 ラケッティア、〈砂の星〉到着。

 甲板から見下ろすと、砂が見える。

 それに迷路のように入り組んだ岩山、浅い谷に集まったカラフルで古代マヤ風の模様が染め抜かれたテント、砂漠の丘を避けるように蛇行して伸びるトカゲ隊商の列、傾斜した土地に乾いた粘土でつくった土侯の城。


 地平線は熱でゆらめいて真横に切り離され、砂漠名物オアシスの蜃気楼もある。


 それに暑さ。

 半端じゃない暑さ。

 においのある暑さ。


 甘いんだよ、ここの暑さ。

 なんか若干バニラのにおいがする。


 ひなたにいると汗が滝のように流れるが、シップの上にかかった三角帆の影に行くと、カルリエドが倉庫から持ち出したデッキチェアに横になり、ぷすー、ぷすー、とかわいらしい寝息を立てている。


 イスラントは氷の剣士らしく銀髪、青い目と涼しさの権化みたいな外見をしているのがスタンダードなのだが、デザートバージョンではもう我慢できないと言って、上半身裸、どこで見つけてきたのかうちわをバタバタ扇いでいる。


「氷出せばいいじゃん」


「魔法というのは、その場の環境に影響される。雪の土地であれば、発動は簡単だが、こうした砂漠では氷の魔法を使うのは消耗が激しい。だから魔力はいざというときのために温存しておきたい」


「いまがまさにその、いざというときだよ。イスラントくん。このままじゃおれたち干物になっちまう」


「影ならいくらかしのげる」


「決めた。カラヴァルヴァに帰ったら、製氷会社をつくるぞ」


「製氷会社?」


「氷をつくって市内の店に供給する。ほとんどの店は酒を冷やすのに硝石の粉と濡れた砂に壜ごと突っ込んで冷温状態をつくってるが、氷そのもののほうがいいに決まっている。それに何より、製氷会社とは由緒正しいマフィアの稼ぎ方だ。冷凍庫がなかった二十世紀初頭から禁酒法時代、リトル・イタリーの住人は氷を買うにはマフィアから買うしかなかった。製氷会社は人が死ぬほどのでっかい利益だ。ルケーズ・ファミリーの前身であるガエターノ・レイナがジュセッペ・マッセリアに殺されたのは自分の製氷利権を手放すのを嫌がったからなんだぞ」


「人がおれたちを雇ってでも氷の利権を手に入れたがるのは分かったが、どうやって氷をつくる?」


「なに? 興味あるの?」


「別に。暑さしのぎの気晴らしにきいただけだ」


「フロストゴーレムの破片か、氷の魔法か。ただ、市内全域に氷を供給するとなると、よほどの魔法使いじゃないとなあ。ちらっ、ちらっ」


「おれは関わるつもりはない」


「でも、結構、いいところまで行けるんじゃない?」


「いくらおれでも都市ひとつに氷を供給するのは無理だ」


「となると、魔法と機械の力を借りるしかないか。フレイを奪還する理由は一万個ほどあるが、一万一個目の理由がいま出来上がったな」


「その、フレイ、というのは、いったいどんなやつなんだ?」


「女の子だよ」


「それだけか?」


「それで十分でしょ。知りたかったら、ジャックと強敵と書いて、友と呼ぶ関係になれ」


「悪いが、それはできない」


「もう、ずいぶん長いこと宇宙旅行してるのに、まだツンデレ敵対関係解消してないのかよ、もー」


「いずれ、やつは殺す」


「上半身裸でおそらく古代フレイアの焼き肉店が配ったと思われる宣伝用うちわパタパタさせてる時点で説得力ないぞ。仲直りしちゃえよ」


「ふん」


 出た。ふん。

 トキマルのどーでもみたいなもので、これが出ると、もうダメだ。


 船内に入ると、シップの声がきこえていきた。


「あと三時間で到着です」


「ヘイ、シップ。冷凍庫つくれる?」


「魔導エネルギーを使うものでしたら」


「魔導エネルギーって魔法とは微妙に違うの?」


「そうですね。魔法はボクから見ると、力の取り出し方が粗削りな気がします」


「原料は同じでも製法は違うわけだ」


「ボクの冷房が壊れていなければよかったのですが。すみません」


「え? ああ、いや違う、違う。暑さをしのぐとかじゃなくてさ。カラヴァルヴァに戻ったら、氷をつくって儲けようと思ってるわけよ」


「ああ、そういうことでしたか」


「氷、あるいは物を凍らせる方法が確立すれば、いろんな商売が生まれる。炉端で氷水やレモン・シャーベットを売ったりできるし、カフェはアイスコーヒーを出せる。そして、こうした新しい商売全てから利権をちゅうちゅう吸うのは誰だと思う?」


「来栖さんですね」


「ラケッティアの妙が分かってきたな。そういうことよ。カラヴァルヴァの機械技術と魔法の水準で製氷工場をつくれば、がっぽがっぽ。未来は薔薇色、幸せ色」


「ジャックさんは氷を使ってますよね」


「正確にはフロストゴーレムの破片ね。お、噂をすれば」


 シャツのボタンを全部開けて、風を扇ぎ入れているジャックがあらわれた。


「フロストゴーレム?」


「製氷工場をつくろうと思うんだよ」


「あれは、なんというか質にバラつきがある。採取した部位、採取したダンジョンによって冷え方が微妙に違う。カクテルによって使い分けることもある」


「氷の魔人を封じ込めた魔法書の上で蜂蜜を凍らせてるやつが〈ラ・シウダデーリャ〉にいたな」


「フロストゴーレムにしろ、魔法書にしろ、工場にできるほどの冷凍はできない。品質にムラがある」


「アレンカとフレイに知恵を出し合ってもらうしかないな」


「イースは?」


「断られた」


「そうか」


「大丈夫だ。少年漫画で言えば、結構いい線いってる。和睦まであと少しだ」


「……オーナーの気遣いは嬉しいが、イースと和解はおそらく無理だ」


「理由があるんだな? トップの座とかキャバ嬢めいたもの以外で」


 ジャックの話はこうだ。


 昔、組織にいたころ、使い潰しの子どもたちが一人一殺で次々消えていくころ、ジャックとイスラント、それにエステスという少女はたまたま組織に売り飛ばされた日が同じで他に頼れるものもなく、三人で寄り添い、必死になって生き延びた。


 それは暗殺者としての腕が上がってからでも同じで、三人そろってようやくひとり分の人間として、六つの目玉と三つの脳みそをフルに使い、殺し殺されの日々をがむしゃらに生きてきた。


 だが、ジャック曰く、あのときはまだ温かいものがあった。

 生まれてから絆というものを全く知らなかった三人が最初にして唯一得た絆がそこにあったのだ。


 ジャックは三人のなかで一番冷酷なのは自分だったと寂し気に告白した。そして、一番、優しかったのはイスラントだった。


 エステスはしっかり者で幼かったころは泣き虫だったイスラントをよくかばってやっていた。


 一番、正気に近かったのがエステスだったが、その正気は日を追うごと、年を追うごとに失われ、かわりに大きな狂気が彼女のなかに居座った。


 人を殺すのが好きではなかったエステス。

 それゆえに狂い、組織の制御がきかなくなり始めると、組織はイスラントにエステスの処分を命じた。


 ジャックではなくイスラントに命じたのは、イスラントのほうがエステスに依存していて、エステスもまたイスラントに精神的に依存しているから、簡単に近づけると踏んだのだ。


 このあたりの考え方、めちゃくちゃマフィアだ。

 マフィアは誰かを処刑するとき、そいつの一番の友人に殺れと命ずる。


 ジャックは詳しい過程は言わなかった。

 だが、結果としてイスラントはエステスを殺せず、自分が始末した。

 もちろん組織にはイスラントが始末したと報告した。


 そうしなければイスラントが処分されるからだ。


 こうして、三人そろってひとり分の、小さな、だがどうしても必要だったコミュニティが消えてなくなった。


 イスラントのなかにある感情は複雑だ。

 エステスを殺せなかった恥。殺したくなかった本心。ジャックへの負い目。そしてもっと強く、誰よりも強くなりたいという思い。


 見た目はクールだが、なかではそうした葛藤が常にイスラントを苛んでいる。


「じゃあ、オーナー。おれはこれで。バールの様子を見てくる」


「おう。今日は涼しめのメニューでいきたいよな」


 ジャックがいなくなると、シップがしょんぼりしたのが分かった。


「ジャックさん。辛そうですね」


「イスラントもな」


「ボクらにできることがあればいいんですけど」


「イスラントはプライドがあるし、ジャックには落ち込むと自己犠牲に転がりかけるところがあるからなあ。これについては以前より改善されてるんだけど、それでも手放しで見ていられない。難しい」


 AIとふたり、うんうん唸っていい知恵はないものかと頭を捻っていると、突然空気がひんやりとして、あたりが薄暗くなり、ぞわっと鳥肌が立ち、背中に冷たいが嫌な汗がぶわっと噴き出した。


 昔、サブカル王の早河とロリコンの毛瀬田とおれの三人で百物語をやって、百話目が終わったところで人魂が出たので、捕まえてYoutubenにアップしてバズりちらかしてやろうと、虫取り網を手にどったんばったんやっているうちに夜が明けたということがあったのだが、そのとき、記録表を見たら、おれも早河も毛瀬田も三十三話しか怖い話をしていなかった、でも怪異が起きたけど、じゃあ、百話目は誰が話したんだ?ということに気づいたときにこんな感じになった。


 しくしくしく……。


 そして、女の悲し気な泣き声。


「何ちゅう話や。イケメンたちに隠された悲しい過去。ああ、悲しいわあ。自分、死んだときでもこんなに悲しくはなかったで? アスキート・ボーイズのレインくんが飲酒運転で捕まって、事務所クビになったときでもこんなんならへんかったで?」


「出たな、出待ち幽霊」


「何とか助けったってえな。このままじゃ、尊すぎて死んでまう」


「ミミちゃんみたいなこと言いやがって。……でも、まあ、何とかできるならしたいよなあ。というか、こんなところで泣いてていいの?」


「何が?」


「いま、甲板に行けば、いいもん見れるよ? デッキチェアに寝転んだカルリエドの寝顔とか、上半身裸のイスラントとか」


「なんやて! それ、もっとはやく言ってえなあ!」


 女子高生幽霊がいなくなると、冷たい空気がねっとりした暑気に変わり、噴き出す汗も熱由来のものに変わる。


 こんなことなら、あの幽霊、もっとこっちに引き留めとけばよかったな。


 しかし、ジャックとイスラントか。


 どうにかならんかねえ。どうにか。


 そのとき、警報が鳴った。シップが叫ぶ。


「敵接近! 巨鳥型メガリスです!」

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