第三十六話 ラケッティア、プリズン・クッキング。
白状すると、『プリズン・ブレイク』は見ていない。
あれってマフィア出てくるのかな?
ムショにぶちこまれた次の日。
ここは〈商会〉の大物専用の〈聖域〉。
玉投げができる砂利と壁を大きく切り下げて海への眺望を確保した葡萄棚。
酒も食べ物も望むがまま。
おれは外での評判とばらまいたカネと煙草の力であっという間に〈聖域〉に仲間入りした。
クルス・ファミリーがリッジソン内海の密輸事業で大儲けし、ローバンを縄張りに納め、解放軍とともに勢力を蓄えつつあることは監獄じゅうの噂になっていて、おれが銃の不法所持でわざわざ監獄に入ったのは何か大きな金儲けの話がムショのなかであるからだともっぱらの噂だった。
〈聖域〉を仕切っているカランサはおれにナンバー・ツーの待遇を与え、その金儲けの話に探りを入れようとしている。
で、おれは何をしているかというと、
「いやあ、カネでムショの特権を買って、ニンニクを薄く切るのが夢だったんですよー」
あきれ顔のジト目でおれを見つめるトキマルに小さな声で言う。
スコセッシの名作『グッドフェローズ』。
あのなかでルイスバーク刑務所のマフィアたちは牢屋に私物をガンガン持ち込み、快適な住処に作り変え、ボビー・ダーリンのラ・メールが流れるなか、アルミ缶と電熱線で自作したコンロでステーキをミディアム・レアで焼き、玉ねぎ多めのトマトソースを煮込み、氷がいっぱいのロブスターを入れた箱を看守に運ばせ、ボスは下ごしらえのためにニンニクをカミソリで薄ーく切っていた。
炒めている途中でニンニクが溶けるというのだ。
そんなわけで、来栖ミツルのプリズン・クッキング!
【おれ】
みなさん、こんにちは。来栖ミツルです。
【トキマル】
アシスタントのトキマルです。
先生、今日はどんなお料理をつくるんですか?
【おれ】
はい。今日はグッドフェローズ風トマト・ソースをつくりまーす。
これはムショのメシがまずくて辛い思いをしている受刑者のみなさんにぜひとも試してもらいたいレシピです。
【トキマル】
先生、このトマト・ソースは普通のトマト・ソースとどう違うんでしょう?
【おれ】
よくぞきいてくれました。
グッドフェローズ風トマト・ソースは看守を買収することで材料を手に入れ、厨房を自由に使います。
そこまでお金のない受刑者が溶かしたボール紙みたいなオートミールを食べているのをみながら食べることでソースの味がぐっと際立ちます。
ところで、トキマルさん。あなたはステーキの焼き具合は?
【トキマル】
ミディアム・レアですが。
【おれ】
ミディアム・レア? フーン、気取ってやがる!
【トキマル】
え? いま、なんて――、
【おれ】
はーい。まず、材料です。
ニンニクのかけら・・・・・三つ。
小さめの玉ねぎ・・・・・・三つ。
スパイス・ソーセージ・・・一キロ。
牛の骨付きすね肉・・・・・一かたまり。
子牛の首の肉・・・・・・・五〇〇グラム。
赤ワイン・・・・・・・・・一〇〇cc。
トマト・・・・・・・・・・一・五キロ。
生のままのバジル・・・・・二つ。
ニンジン・・・・・・・・・三本。
ミートボール・・・・・・・五〇〇グラム。
ステファン・チーズ・・・・適量。
スコッチ・・・・・・・・・適量。
材料はお近くの看守を賄賂漬けにして手に入れましょう。
看守は安月給ですので、金貨三枚、監獄士官には金貨五枚もくれてやれば、十分です。
では、下ごしらえから始めましょう。
まず、トマトを煮始めます。
へたを取ってつぶしたトマトを全部鍋に放り込み、弱火で煮詰めます。
それで水気が飛ぶまで、放っておきますが、焦げついては困るので、ときどき思い出して、まぜてあげましょう。
次にニンニクを薄切りにしましょう。
カセット式のカミソリの刃、なければ普通の髭剃りでニンニクを薄切りにします。
【トキマル】
ピーラーを使ってはいけないんですか?
【おれ】
カミソリでやるのがグッドフェローズ風です。
ニンニクを薄く切ることでソースに溶けることができます。
全部薄切りにしてくださいね。
では、薄切りにしたニンニクはこっちの容器に入れておきましょう。
次に玉ねぎを三つ、みじん切りにします。
【トキマル】
先生、玉ねぎが三つなのは多すぎはしませんか。
【おれ】
ですから、小さめのものを三つ選びましょう。
普通のを二つでもダメですし、すごく小さいのを四つでもダメ。
必ず、小さめのを三つ、使ってください。
そうでないとグッドフェローズ風トマト・ソースになりません。
【トキマル】
看守が小さめの以外の大きさの玉ねぎを持ってきたら?
【おれ】
ぶち殺しましょう。
みじん切りにした玉ねぎもニンニクを入れた容器に移します。
では、次はお肉です。
大きな鍋を中火にかけて、スパイス・ソーセージを切らずにそのまま入れていきます。
両面に焦げ目がつき始めたら、ソーセージは取り出して、次は牛肉を入れていきます。
すね肉と首の肉は骨をつけたままにしましょう。
あとで煮込むとき、髄の美味しさが楽しめます。
こちらも両面を軽く焦がしたら、取り出します。
【トキマル】
鍋が空になりましたね、先生。
【おれ】
ここに玉ねぎとニンニクを入れていきます。
まず玉ねぎを先に炒め、色が透き通り始めたら、トマトのお鍋から大さじ一杯すくって、入れましょう。
さらにまぜて――。
【トキマル】
ニンニクを入れるんですね。
【おれ】
そのとおりです。
少し混ぜてから、赤ワインを入れます。
分量は一〇〇ccと書きましたが、お菓子作りじゃないので、そんなにこだわる必要はありません。
ゴッドファーザー風トマト・ソースをつくるときみたいに、ドボドボっと適当に入れましょう。
そのまま混ぜ続け、ワインが半分くらい蒸発したところで、最初に火にかけたトマトを全部入れます。
ここで今日のポイント。
トマトの煮詰まり具合はまちまちです。
薪の湿り具合や部屋の湿度の影響を受けがちです。
水っぽかったらそのまま煮詰めても大丈夫ですが、逆に煮詰まり過ぎてソースが固いと思ったら、水を適量加えましょう。
【トキマル】
なんだか、いい匂いがしてきましたね、先生。
【おれ】
まだまだ序の口。
これからソースはもっと味わい深くなりますよ。
ソースの表面がぶつぶつ泡立ち始めてから二分くらい後に、先に炒めておいた肉とソーセージを入れます。それに生の丸ごとハーブを二つ、茎つきで入れて、皮を剥いたニンジンを丸のまま三本入れます。
【トキマル】
ニンジンは切らないんですか?
【おれ】
ニンジンは甘味をつける隠し味です。
切ってしまうとスープのなかにニンジンが溶けて甘すぎになります。
【トキマル】
なるほど、具ではなく調味料なんですね。
【おれ】
その通りです、トキマルくん。よくできました。
【トキマル】
えへへ。
【おれ】
ソースはこのまま弱火で長時間炒めます。
どのくらいの時間炒めるかは、最初のトマトの水気がどのくらいあるかで決まりますが、だいたい一時間です。
ときどき味見をして、必要なら塩コショウをふりましょう。
ただ、ソースはバジルとニンジンの他にお肉をたくさん煮込んでいるので、その旨味がすでに味を調えているので、たぶん調味料を入れる必要はないはずです。
【トキマル】
ソースを煮込んでいる時間が空きますね。
【おれ】
そのあいだ、スコッチを飲むか、ステーキを焼くか、覚せい剤を売りさばくかして時間をつぶしましょう。
【トキマル】
でも、先生、お酒飲めないし、麻薬もシノギにはしていないですよね?
【おれ】
そうですね。では、ステーキを焼きましょう。
トキマルくん。焼き加減は?
【トキマル】
ミディアム・レアでお願いします。
【おれ】
ミディアム・レア? ハーン、気取ってやがる!
【トキマル】
ですから、それはなんで――、
〈〈〈一時間経過!〉〉〉
【おれ】
はい、ソースもだいぶ煮詰まってきました。
ちょっと味見をしてみましょうか?
【トキマル】
うわ。先生、これ、すごくおいしいです。
【おれ】
グッドフェローズ風トマト・ソースは具材の旨味で味が出来上がるところに特徴があります。
【トキマル】
でも、先生。やっぱり玉ねぎが入れ過ぎな気がします。
【おれ】
それも合わせて、グッドフェローズ風です。
さて、ここまで来たら、あと一息。
ここでミートボールを入れましょう。
ミートボールの大きさはテニスボール大の大きなものを用意しましょう。賄賂で。
トキマルくん。その苦無はまだ人殺しに使っていませんね。
【トキマル】
はい、先生。
【おれ】
では、その苦無でミートボールを突き刺して、きちんとなかまで火が通っているか確認しましょう。
【トキマル】
大丈夫です、先生! ばっちり通ってます。
【おれ】
はい、それではグッドフェローズ風トマト・ソース完成でーす。
ステファン・チーズをすりおろして、早速食べてみましょう。
【トキマル】
トマトに材料の旨味がしっかりついて、それにお肉はボリューム満点。
すごくおいしいです。
【おれ】
パンと一緒に食べてもいいですし、ペンネなどの塩ゆでしたパスタにトマト・ソースを少し加えてあえさせた後、お肉を二つ、三つ乗せれば、それだけで贅沢なプリズン・パスタにもなります。
【トキマル】
いろんな料理に使えるんですね。
【おれ】
そういうことです。
グッドフェローズ風トマト・ソース、どうでしたか?
みなさんもぜひ看守を買収して作ってみてくださいね。では、また来週~♪
【トキマル】
バイバーイ!
……。
思いのほかトキマルが乗ってきたのが意外だ。
本人はハッと自分を取り戻し、おれは今まで何を?とか、また幻術返しがどーのこーのとかぶつくさ言っている。
〈商会〉連中はというと、おれの料理にうまいうまいとがっついている。
いやー、満喫プリズン・ライフ。
「暢気に料理なんかしてる場合?」
トキマルがゴッドファーザー・パート1のソニーみたいにおれに苦言を呈した。
「でも、せっかくムショに入ったんだから、思い出づくりに――」
「それより、エルネスト。どこにいるか、探らないの?」
そうだ。忘れてた。
ここにはエルネストを助けに来てるんだった。
「それに、南の王子サマたちも動き始めるんじゃない?」
そうだ。もっと忘れてた。
おれ、いま、ファイアーエムブレムの真っ最中だったんだ。




