第五十話 帝都、メガンテ・カード。
連射式クロスボウと装甲ベストで武装した帝国軍特殊部隊二十名は鳥型の気嚢をつけた飛行機械に乗り、帝都の夜空を静かに移送されている。
眼下に広がる油の灯はどれもべたついた黒煙を流し、壁にぶつかると粘っこい煤と錆がこびりついた。
黒い四角の塊である一ブロックのまわりを夜店のねばついた灯が囲い込み、猥雑を吸い込み、倍の大きさにして発散していた。
国営印刷所で刷られた賛美詩の真鍮の輝き、こっそり売られる怪しげな薬の秘めた夢、ヘビの生皮を三秒足らずでさっと剥ぐ若い娘の鉄面皮、吊るされる獣肉の熟成済みの赤と白、魔導装甲車の窓から伸ばされた手が無造作に市場の品物をつかみ走り去り、行商人たちが恨めしい視線をその轍に送る……。
こうしたもの全てを飛び越えて、第一種武装の特殊部隊は進む。
特殊部隊が市場の空を飛べば、そのときだけ民衆は黙る。
そして、特殊部隊が用があるのは別の不運なやつらしいと分かると、喧騒が取り戻される
今夜の彼らの獲物はレジスタンスだった。
貧民居住区にある菜食料理主義センターという閉鎖された施設でレジスタンスの会合が行われるという密告があり、軍の情報部が太鼓判を押したのだ。
「軍の情報部? またガセをつかまされて終わりじゃないですか」
兵士のひとりが言った。
指揮官はじろりとにらんだが、まだ十八のお調子者の兵士は続けた。
「南部戦線じゃあゲリラ戦士なんて言っても、年寄りとガキだけだったっすからね。本物のゲリラと戦いたいっすよ」
「願いがかなってよかったな」
指揮官が言う。
〈砂の星〉のメガリスに従軍していたのだが、最近突然勢いを取り戻したレジスタンスを壊滅するために特殊部隊の小隊ごと引き抜かれたのだ。
飛行機械の内部ではろくな仕上げもされていないむき出しの鉄パイプが彼らの頭上を走り、それによって気嚢に供給される気体とプロペラのゆっくり逆回転しているように見えるくらいの高速回転が空と彼らを結んでいる。
作戦が説明されたとき、爆発に気をつけろと再三釘を刺された。
レジスタンスは新しい爆発物質を手に入れていて、すでにふたりの要人が爆殺されていた。
飛行機械が目当ての建物の上に到着すると、扉が開き、特殊部隊は次々と屋上へ飛び降りた。
植物は一切存在せず、トタンで区切った屋上には用途不明の魔導機械がピストンや調速機を無駄に振り回している。
ハンドサインで素早く建物内部へ降りる階段へ部下を誘導し、それからはドアを蹴破り、部屋をひとつひとつしらみつぶしにしてレジスタンスを探す。
すでに別の分隊が屋上からロープで降りているから出入口は封鎖されている。
レジスタンスに逃げ場はない。
指揮官が部屋に飛び込む。鉄パイプの椅子がいくつも積み上がり、引き出しを全部抜かれたテーブルが壁に押しつけられている。
「次の部屋だ」
マットレスのない鉄枠のベッドがあるだけの部屋。
床の跡から非合法な印刷機を置いていたらしい部屋。
窓に鉄格子がはめられ、壁一面に狂人の戯言が書かれた部屋。
どこにもレジスタンスはいなかった。
ささやかな応接用家具が置いてある一階の大広間に全員が集まり、どうやらまた情報部はガセをつかまされたらしいということで隊員たちの意見が一致したが、指揮官はどうも腑に落ちなかった。
なにかがある。
そんな気がしてならない。
口のなかをざらつくのは空気中の錆の粉だけではない。見落としている何かがあるはずだ……。
「隊長、これ、見てください」
魔導ランプが照らすのは小さなテーブルの上に乗った一枚のカードだった。
お調子者の兵士がそのカードを手に取り、読んだ。
「どんがらがっしゃん?」
「おい」
指揮官が叫ぶ。
「それにどんがらがっしゃんと書いてあるのか?」
「え、ええ」
指揮官の目が追い詰められた獣のように部屋の壁や天井を見回した。
「全員そこを動くな。これは罠だ。何も触るな」
「でも、隊長。このカード、裏に何か書いてありますよ」
「裏を読むんじゃない!」




