第九話 ラケッティア、夕餉の支度をする。
――で、またもやギルド屋敷へ戻って参りました。
だって、無理。
ちんまり妹系美少女にあんなふうに言われた状態で殺人の依頼を探せるほど、おれ、心臓強くないのよ。
それにどのみち、陽も落ちた。
昼間だって危ないであろうこの街を転生初日の夜にうろつくことはあるまい。
そんなわけで、夕飯をつくる。
昼にあれだけ食ったんだから、まあ夕飯は軽めでいいだろう。
大皿に一品。あとはパンがあればいい。
高利貸をだまくらかした帰りに買った食材はといえば、地下の食料庫にしまってある。
でかいパンをいくつか、それにナスとトマト、オリーブ、玉ねぎ、セロリ、バジル、ズッキーニ。
オリーブオイルはあったし、白ワイン・ビネガーも売っていたが、アンチョビがない。
どうもこの世界ではカタクチイワシを塩漬けにして発酵させる文化がないらしい。
まあ、これはおいおい自作する。
頭のなかではカポナータを作る気まんまん。
おれはワインビネガーのかわりに梅干しのペーストを入れるのが好きだけど、この世界には梅を塩漬けにする文化がないらしい。
まあ、これもおいおい自作する。
料理の材料を箱にまとめて、よちよちと厨房に戻ると、勝気系ツンデレ娘がたぶん今日初めて使うのであろう真っ白なエプロンして待っていた。
「手伝ってくれるの? えーと……」
「ツィーヌよ。人の名前を忘れるなんて失礼でしょ」
「いや、おれ、いま初めてきいた――」
「か、勘違いしないでよね! 自分で料理をつくれるようにして、マスターの世話にならないためにするんだから。マスターのためじゃなくて、わたしのためなんだからね!」
もし、ツンデレ教習ビデオをつくるとしたら、理想的なツンデレの例として掲載したいくらい、見事なツンデレでございます。
まあ、暴力系ツンデレでないことを祈ろうか。
「じゃあ、おれは教えて、横で見てればいいの?」
「そういうこと」
まあ、本人がそう言ってるんだから、いいか。
ここでゴッドファーザーの料理シーンの真似をしたいけど、余計なこと言ったら、気が散ってできなくなるだろうから、あえて自重。
「じゃあ、まず、下ごしらえから。ズッキーニとナスをこのくらいの大きさに角切りにして」
「こ、こう?」
「食べ物を切るときは猫さんの手」
「猫さんの手、猫さんの手、猫さんの手――」
ツィーヌは猫さんの手つきでナスを押さえ、仕事で刃物を使うアサシンとは思えないほどの不器用さでナスを切った。こんな形のサイコロで賭場に乗り込んだら、即座にぶちのめされそうな角切りでナスとズッキーニの下ごしらえが終る。
「そうそう。うまい、うまい」
下手くそ呼ばわりして、びんた食らうと思ってました? 残念でした!
「その二つはあとでオリーブオイルで素揚げするから。玉ねぎとニンニクのみじん切りはおれがやっておこうか?」
「いいわよ。自分でやるから」
「へーい。あ、でも、火は準備しておくよ。薪だから時間がかかるし」
「それも自分でやる。マスターは指示だけしてくれればいいんだから」
「そうですか……」
「ほら、ナスとズッキーニを切り終わった。これを炒めればいいんでしょ?」
「でも、炉に火が入ってないけど」
「そんなの大丈夫。これがあるから」
取り出したのは革の装丁がされた分厚い本。よく見ると、栞らしい紙切れが挟んである。
「それ、なに?」
「アレンカの魔法書。これに火を出す魔法があるの」
「え? 大丈夫?」
「わたしだって、毒の生成のときに魔法を使うことがあるんだから。このくらい、お茶の子さいさいよ」
こりゃ、フラグだな。
「さあ、いくわよ」
予想していたとはいえ、フライパンから高さ一メートルの火柱が立ったときにはさすがにちびるかと思った。
もっとも、ツィーヌはもっと驚いていたのだが。
とにかくフライパンの柄を握りしめ、燃える野菜を炉のなかに放り込む。
ナスとズッキーニは灰の上でゴウゴウと音を立てて、燃えている。
ツィーヌは顔をこちらに見せようとしない。
こりゃ泣いてるな。
「なによ。言いたいことがあるなら言いなさいよ!」
「ど、どんまい!」
「なにが、どんまいよ! あなただって、わたしが悪いと思ってるんでしょ!」
「まあ、そうだけど」
「う……」
「う?」
「マ、マスターのばかぁ!」
涙を目いっぱいためて、エプロンつけたまま、厨房から駆け出す。
本日泣き出した女の子二人目。おれも女泣かせになりました。
遠ざかる足音をききながら、今というときを噛みしめる。
なるほど、これが噂のツンデレか。様式美か。
「いや予想以上にめんどくせえぞ、こりゃ」
でもね。
「それ以上に不器用だなぁ」
苦笑しながら人差し指で頬を掻いた。
ツィーヌの声をききつけてか、マリスとアレンカがやってきた。
「あ、アレンカの魔法書! 探してたのです!」
「大方、ツィーヌがこれを使って、食材を吹き飛ばしたところか」
「よく分かってるじゃないか」
「ツィーヌは四人のなかで一番おっちょこちょいなのです」
「理不尽な怒り方するけど、嫌いにならないでやってくれ。あれでも、根は優しいし、人に嫌われるのをすごく怖がっている」
「女子に馬鹿呼ばわりされるくらいでいちいち怒ってたら、男なんてやってられませんよ。ところで、ツィーヌがどこに行ったのか、心当たりはある?」
「心当たりも何も行く場所は一つだけだよ」
と、言いながら、マリスは天井を指差した。




