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エゾギクとアネモネ

作者: 福山 秋


あれはいつだったか。

手に届くんではないか、そう錯覚する程に重い雲が降りてきて時折体を通過する風が身震いを起こす。いつ雪が降ってきてもおかしくない、そんな寒空の下の日だった。



俺には好きな幼馴染がいる。


あの日周りの店がクリスマスムードだっただろうか、何気なく思ったことだった。

周りからはあいつら付き合ってんだろみたいな暖かい視線を頂いてはいるが、実際にはそういう状況にはなってはいない。


元々、小さな町で親同士の仲が良く必然的に俺とあいつは頻繁に顔を会わしていた。そしていつも一緒にいて遊び、過ごしていた。

そのうちに親同士では勝手に子供達が結婚させたいね、なんて話をして口約束までしてしまったらしい。


そして、それを不満にお互い思ってはいなかった為にいつも一緒にいて付き合っているような状態だった。特別、告白をしたとかでもないが流れでそうなったという感じだ。世間的には許婚に近い形だろうか。


別にこの状態で結婚までするのが嫌だと言うわけではない。ただ、どちらかというと俺の場合は好きは好きでも家族的な意味合いが強いかもしれない。だからこそ、あいつが好きな人を見つけたらそれはそれで良いと思ってるし、あいつの幸せを優先したいとは思っている。

この事は既にあいつにも話を通している。あいつ自身は納得のいかないような顔をしていたがそこは、押し通した。

そして俺たちは親に内緒でこっそりと約束をした。

それは、互いの恋愛を邪魔しないと言う事だ。どちらかに好きな人が出来たらその応援をする。

この約束事は高3の今でも続いている。実際にそのような事はなく、こうして付き合えている以上問題はないと思う。あんな約束をしたが、決してあいつの事が嫌いなわけではないのだ。内心、このまま続いても良いとさえ思っている。

でもあいつから言われることもいつかあるかもしれないと不安はあるし、言わないだけで本当は好きな様に恋愛をしたいのではないかと思う時もある。この不安は昔からずっとつきまとっている。

例え、どんな事があろうと俺はあいつの味方でありたいのだ。


でも、こんなどっちつかずの俺ではあるが、だからそこイベント事や、プレゼントに手抜きはしたくない。

こんな俺でもいつも居てくれてありがとう、と本人の目の前では絶対に恥ずかしくて言えないが他でカバーするようにしている。

長年、一緒にいる為にあいつの好みは把握済みである。


今の所眼鏡に叶うような物は見かけていない。それもそのはずでここら辺には良く足を運んでいるため少し目新しさに欠けるのである。それに今日は天気が良い日だと予報にあった為、軽装なのである。それにこの寒さは少し堪える。

だがあいつの喜んだ顔を見れるならと奮起し、いつもは行くことの無い郊外の方にまで足を運んでみた。


暫くの間歩き回ってはみたが一向にピンとくるものが見当たらず、寒さもあり入った何処にでもあるカフェで暖をとっていた。そして携帯で周りの店を調べていたが、それでも何もなく諦めて帰ろうとした時に


「失礼ですが、何かお探しでしょうか?」


とどこかのお屋敷に執事として勤めているんじゃないかと錯覚しそうな、白髪混じりの小綺麗なみなりで背筋のピンとした御老人に声を掛けられた。

余りに突然だったために胡散臭さや警戒心よりも一言


「あっ、はい」


そう応えてしまった。咄嗟にそうはいったが知らない人に話す内容でもない為すぐに


「いえ、何でもないです」


とは言ったが、その御老人はこちらのそんな発言に気にしたようもなく


「物は試しという言葉もあります。宜しければお手伝いしますよ」


と1枚の名刺と共に話を続けようとしてきた。


そこには「代行屋」

の3文字が書いてあるだけだった。

この時点で俺は警戒心で溢れかえっていた。当然だろう、いくら身なりが整っていようとも知らない人から声を掛けられた時点で不審に思わなければ危機感が無さすぎる。


「本当に何もないんで、他を当たっていただけますか?自分急いでるので」


そういって、足早にその場所を立ち去った。


「折角休んでいたのにあの人のせいで台無しだよ」


そうつい独りごちしてしまったのもしょうがないだろう。元々帰るつもりであった為にそこからは駅まで歩いて帰路についていた。

途中でポツポツと雨が降り出してきた。


「今日は雨の予報じゃなかったんだけどなあ、ついてない日ってとことんついてないよな」


そう文句を垂れ流してはいるが、傘は持ってきていなかった為コンビニかスーパーで傘を買おうと周囲を見渡した。

しかし、店は見つからず周囲にあるのは家屋だけであった。舌打ちを1つ鳴らして走って駅まで向かっていると店らしきものが見つかった。雨も止むどころか強くなる一方だったので、雨宿りさせてもらおうと駆け込んだ。


「いらっしゃいませ.........おや?先程の」


そう言ったのはさっきの老人だった。

心の中で


「うわ、まじかよ...」


と悪態をついてしまったのもしょうがないだろう。何せ、自分の中には好印象どころかマイナスしかないのだから

仕方ないが、また走るかと溜息をついてドアノブに手を掛けた。


「まあ、お待ちください。これも何かの御縁でしょう。丁度雨も本降りですし少し雨宿りしていったらどうです?その為にここに来たのでしょうし」


と先に言われてしまった。こう言われて断れる程の強さを残念ながら持ち合わせていない為


「御言葉に甘えさせて頂きます」


そう言うしかなかった。


「では、そこで立っているのも何ですしこちらにお掛けになって下さい。今何か拭くものをお持ち致しますので」


と見るからに高級そうな椅子に案内された。

すぐに、老人がタオルを持ってきてくれそれで濡れた部分を拭いてから、座った。


「生憎、ここの主人の意向で紅茶しか御座いませんが宜しかったでしょうか?」


そう聞かれ


「いえ、お構いなく。止んだら出て行くつもりですので」


と断ったが、先程のカフェと同じようにこっちの意見も聞かずに紅茶を準備していた。(その姿はまさしく最初にイメージした通り執事のようであったとだけ言っておく)


「お気に召されるかはわかりませんが、どうぞ」


と目の前に紅茶が出された。


「出された以上は、一口ぐらいは頂こう。体も冷えてる事だし」


そう思いながら、口にするとその味に驚いた。

今まで紅茶なんて市販の物くらいしか飲まないし、そもそもそこまで好きでもないのだが、この紅茶のレベルは違かった。


「お気に召したようで何よりです」


そう微笑みながら御老人は言った。


その時に奥の方から大きな物音を立てながら人が歩いてきた。


「佐久間、何やってんだい!あんたには仕事あるじゃないか!」


と見る限り不機嫌そうな老女が佐久間と呼ばれた老人ににじり寄っていた。

そして、俺の方をちらりと見ると


「なんだい、このちみっこいのが客だってのかい?」


とジロリと三白眼のようなきつめの視線を向けられた。なんだ、このおばさん失礼なやつだな。

そう内心思いながらも


「いえ、こちらの佐久間さん?の御厚意で暫くの間雨宿りをさせて頂いてる者です。勝手にお邪魔させて頂いて申し訳ありません」


と体良く挨拶はこなした。すると、


「ふん、ここには客しか入ってこれないような仕組みになってるんだけどねえ。あんた何か悩みか探しごとあるだろう?」


と全身を舐め回すように見ながらそう言ってきた。

その言葉と目線に身震いしながらも不思議とこの人になら相談しても大丈夫な気がした。

だからだろう、あんな言葉を言ってしまっただなんて


「実は、彼女に贈るプレゼントを探してまして。好みはわかってはいるんですが、なにぶん目新しさに欠けてて。それを探しているんです。」


それを聞いて、おばさんは軽く鼻息を鳴らすと


「あたしが聞きたいのはそんな、甘ったるい話じゃないね。そもそもそんなのでここには入ってこられないよ。あんたが本当に悩んでるのはそれじゃないね」


とバッサリ切られてしまった。


「ここは、人の願いを聞き、それを叶える代行屋。あんたには、ここを動かすだけのものが心を占めているってことさね」


と続けて言った。

そこで俺が思う願いは1つしかなかった。別にこんな人に言わなきゃいけない道理はないはずなのだが意思とは裏腹に口が勝手に動いた。


「実は許婚関係にある彼女とこのまま付き合っていて良いのか、彼女自身が自由に恋愛をしていくべきなのかを迷っていまして...。自分の事よりも、家族のような彼女自身の幸せを願いたいのです。そこに自分の望む未来が無くとも」


暫くの沈黙が続いた後におばさんはこう言った。


「あんた、馬鹿か偽善者って言われたことはないかい?どこに自分の幸せより、他人の幸せを願うやつがいるんだい。結果次第ではあんたがバカを見るだけじゃないか」


そう言われてつい俺は


「馬鹿でも偽善者でも言われるのはわかってます。自分でもそう思うんで、でも俺にとってあいつは大事な家族なんですよ。家族の幸せを願うのは普通ではないですか?それに俺はきっと結果次第では嫉妬してしまうかもしれないし、後悔もするかもしれない。それでも良いと思ったいるんです」


と言い切ってしまった。

するとおばさんは観念したように長く溜息をついてこう言った。


「わかった、わかった。あんたの願いを聞こうじゃないか。まあ実際この代行屋に入った時点であたしらには願いを遂行する義務が発生するんだから、しょうがないけどね。全く酔狂な願い事だよ。」


そう言って、何処からか紙を取り出してきて俺に渡してきた。


「ここに、あんたの名前と幾つか質問事項があるからそこに嘘偽り無く書きな。うちの代々の方針でそこにあんたが支払うべき対価が浮かび上がってくるからね」


そういって浮かび上がってきた所に書かれた対価は

ーーーーーーーーーーーーーーーと書いてあった。


「ふん、これがあんたの対価かい。ま、いつかその時が来るってことさね」


訳がわからなかったが、金品の要求ではないだけまだマシであると思い内心ホッとした。


「あんたの名前は、五十嵐 晴貴ってんだね。じゃあ晴貴よ、契約の内容を話していくよ。こちらから行うことは、いつとは言わないがあんたの彼女に対して、代行屋から1人の男を近づけさせるよ。そいつは恐らく彼女にとって酷く魅力的に映るだろうさ。結果的にそいつとくっつくかあんたのとこに戻ってくるかの二択になるね。本当に後悔はしないかい?後戻りは出来ないよ?」


「どんな結果であれ受け止めます」


「よし、わかった。ここに代行屋 清水 紬の名において契約する」


そういって、俺が書いた紙に判子を押すとその紙は瞬く間に燃え上がった。


「どうやら、雨が止んだみたいだね。丁度いい、用が済んだのなら帰りな」


そういって、最後までぶっきらぼうに話す清水というおばさんは奥に戻っていった。

執事の佐久間さんもそれではお元気でといってそれに続いて言ってしまった。

仕方なく、自分も外に出ると雲は未だにあるが雨は確かに止んでいた。そして、振り返ると代行屋は見えなかった。思い返しても、雨の時に見えた店はコンビニの様な感じであったのに、中に入るとアンティーク調の内装だったのだからあの店自体の存在は本当にあったのか、今の体験は現実なのか狐につままれた状態になった。

怖さからか寒さからかわからない身震いをして俺はこの暗くなった寒空の下帰路にたった。





「同じ依頼が2つもなんて、これも運命かねえ。しかし対価はバラバラという事は一体どういう事なんだか。普通は大体同じものなら対価も同じと決まってんだけどねえ。」

代行屋の頭の中には

「あなたにとって大切なものを失う」

「来たるべき時に代行屋で働く」

この2つの対価が浮かんでいた。

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