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三個目の魔道具融合に博士困惑

 きっかけは公園で剣術鍛錬をしたあと、獣に弁当をかっさらわれたことから始まる。

 突風に吹き転がされた少年たちは怒るも、このことを大人たちに知らせなかった。それどころか強襲にこりもせず、翌日、翌々日と同じ場所、同じ時間で鍛錬を行い、弁当を奪い取られ続けた。


 周回は習慣と化し、今や獣は少年たちの参集を見計らって、姿を見せるようになった。ウェザーが構想したとおり、餌付けの完成である。

 今日が計画の最終日なのだと、眼鏡の少年エリュンストはメモを見ながら言う。


「あの獣は、陣の影響を最低限にするため、町での滞在時間を短くしているのでしょう。今まで僕たちが集めた数値から見るに、侵入できる時間は……八秒」


「そして今日、奴に食わせるのは麻痺毒入りの弁当だ。薬の効果で弱ったところを捕獲する。わかったら、ねーちゃんたちは大人しく家に帰ってろ」


「いつものことだけど、よくそんな状況になるまで好き勝手するわね! "獣"については、大人たちに相談しなさいって、何度言ったらわかるの?」

「情報を漏らしたら邪魔が入る。自警団を呼んで捕まえたって、俺たちが勝ったことにならない」

「そうだぜ! あいつは俺の獲物なんだ、絶対にこの手で捕まえてみせるぜえええ!!」


「だっ、駄目だよ……ラリィくん!」


 三人組の作戦に口を挟んだのはメイ。彼女は、急に集まった視線にたじろぎつつも、実行を止めるよう訴える。


「みんなじゃ、捕まえられないよ……あぶないことはやめよう。ラリィくんに何かあったら、ミモザさんも悲しむよ……あとは自警団の人に任せよう、ね?」

「うるせええ! てめーはすっこんでろ。うちにもらわれてきたばかりのてめーに、俺たちの何がわかるんだよ!?」

「ちょっとラリィ、その言い方……っ」


 エイプルは今朝知ったことだが、メイとラリィは同じ家で暮らす姉弟。彼女の優しさを拒絶したことを咎めようとするも、ウェザーに強く袖を引かれ、注意が削がれた。


「……どうして、心配しちゃダメなの? 私、ラリィくんに怪我をしてほしくないの。さっきのは紙一重で躱せたけど、それは私だからできたことで……」


「ああああ! てめー本当にうぜえ、この俺ができるって言ってるだろうが!」


 少年の熱の入った主張だが、メイには響かない。

 澄み切った容姿の義理の姉は、無理だよ……と、優しく囁く。


「だって、ラリィくん……私より弱いじゃない」



 ◇ ◇ ◇



 あからさまにため息をついたウェザーは、激昂寸前の仲間を抑えて、少女たちに向き直る。


「何を言われようと俺たちはやる。特にラリィには、弁当を持って食わせるという、重要な役割がある。欠けさせるわけにいかない」

「でも! もし、あの鳥さんとぶつかったら、たいへんなことに……」

「そうだよ。メイちゃんはラリィのことが大事だから注意してるの。"お姉ちゃん"の言うことはちゃんと聞かないと」

「ちっ……わかってないとは思ってたが、ここまでとは」


 呆れ果てた声を上げ、ウェザーは琥珀色の視線を二人から外す。仲間を従えて向かったのは、リーネのところだ。


「ふぇ? ……どうしたの、君たち」

「ねーちゃん、リーネっていったな……立てるか? もう怖がらなくていい。俺たちが家まで護衛しよう」

「あ……ありがとうねぇ。小さな騎士さんたち。うふふ、なんだかお姫様になったみたいだよぅ」


 座り込んだままのリーネの前で、膝をついて手を差し伸べる。不安ばかりだった彼女がようやく笑みを取り戻し、反対にエイプルとメイは表情を暗くした。

 気遣いが足りなかった。不用意に喧嘩を売らなければ、彼女が脅えることもなかったのだ。


「メイ、っていうねーちゃんさあ、あんたの素性はラリィから聞いてる。女は戦うべきじゃないとか、前時代的なことは言うつもりはないが……その力の使い方、もっとよく考えたらどうだ?」


 歩き出す前にウェザーは忠告した。今回ばかりはエイプルも、彼の言うことになまいきー! とは返せなかった。

 去りゆく刹那、エリュンストが立ち尽くす彼女たちへ、最後の進言をした。


「よかったらその羽根、博士に見せてきてもらえませんか? あの人なら獣の名前も、使ってくる魔法についても、知ってるかもしれませんので」

「エリュンスト! ねえ。やっぱり、あんたたちの作戦は……」

「一時間後、お昼の鐘から十五分経ったら決行です。それじゃ」


 軽く会釈をし、走り出す少年。その背中を見ながら、エイプルはメイに目配せした。

 少年たちを守りたい気持ちは同じだ。そして、そのために必要な力なら、もうすでに持っていた。




「うん、確かに魔力を感じる。この羽根は間違いなく魔女の使い魔……"黒き獣たち"のものだね」


 研究所に行き着く前に、白衣の人物を見かけて、二人は飛びついた。道行く途中で事情を説明すれば、博士は渡された羽根を観察しながら、うんうんと頷いた。


「あの三人組は本当に勇気がある。この羽根も有力な手掛かりになるけど、獣の名前まではちょっとわからないな」

「うーん。とにかくすごい速さで、風もぶわわーって巻き起こして、あと全体的に黒っぽかったけど、胸のところだけ少し白かったかな」

「エイプルさんも見たんですか? そうですね、あれは……胸のところだけ羽根が白くて、十字に見えました」

「へえ。君たち、よく見ていたね」


 返事もそこそこに、提示された情報から、獣の種類を絞り込む博士。彼女たちが、上空から地表近くまで八秒で往復する"獣"を視認して、魔道具も使わず素手で羽根を引きちぎってきたことにも、すごいねの一言で片付けた。


「見た目と、起こした現象からして、"鋭羽十字鴉グラアベム"の可能性が高いな。普段は群れで行動する獣なんだけど、もしかしてその一匹は前哨かも。早めに対処しないと、仲間を引き連れて襲ってくるよ」

「じゃあ博士、これはもう私たちの出番だよね! メイちゃんといっしょに、例の魔道具使って、ウェザーたちを守ってくるよ!」

「いやいや、君たちじゃ無理だって」

「えっ……そんな、なぜです?」


 自信たっぷりに出動を宣言するも出鼻は挫かれた。奇しくも、自分たちが少年たちに言ったことと一致している。

 納得いかず、不平を口にし、にじり寄るところまでお揃いとなった。


「だって相手は鳥だよ? 君たち飛べないじゃないか」

「むう……じゃあ、どうしたら」

「本来の防衛機構を発動するのさ。この前、とてもいい"ぎょく"を手に入れてね、新しい魔道具を作ったんだよ。一個目と二個目は君たちと融合しちゃったけど、これは計画通り使える。ちょうどいい機会だから、お昼になったら起動しよう」


 嬉しそうな博士につられて、エイプルたちも新しい魔道具に興味が湧いた。

 研究所に到着し、少し散らかった作業台から、その道具を探そうとし……


「……ない」


 顔を青くし、博士は呆然と呟いた。

 台座に設置してあったはずの、できたばかりの魔道具がどこにも見当たらない。



 三人は必死で探した。けれど見つからない。台座から転がったとしても、研究所の内部に必ずあるはずなのに。


「!! お昼の鐘だ! どうしよう、ウェザーたち公園にいるよ。間に合わない!」

「仕方ない……外で呼び出すことにするよ。念のため、君たちも"魔法少女(略)"を準備して、ついてきてくれ」


 外に出て公園のある方向を見れば、上空に黒い点がある。円を描いて羽ばたく鳥、"鋭羽十字鴉グラアベム"だ。旋回する動きは準備運動なのだと、今なら理解できる。


「あ……ラリィくんたち、そこで訓練してます!」

「今の模擬試合が終わったら、きっとお弁当にするよ。博士! 私たちが行った方が絶対早いって!」

「大丈夫だよ。魔道具はこの近くにある、僕にはわかるんだ。遠隔で起動させたから、この町のどこにいても飛んで来……」



「ああああああ!! なに!? なんなのこれえええ!!」



 はたして魔道具はやってきた。

 ただし、ひとりの少女も連れてだ。


 高級な革鞄が浮き上がって博士の方に向かうが、彼女は喚きながら、逆方向へと引っ張る。しかし、呼び寄せられる力には敵わない。


「オーガスタさん!? なんで、かばんに引き摺られてるの?」

「君! 危ないよ、早く手を離して!」

「いやですわ! これはわたくしの家に伝わる宝なのよ! 絶対に渡してなるものですかあああ!!」

「僕が買い取ったから僕のだよ!! ちょっと待って、嫌な予感しかしないぞ。この展開って、まさか……!」


 鞄から飛び出す魔道具。家宝であったその"ぎょく"を、オーガスタは逃すまいと鷲掴んだ。

 初稼働時の命令権認証は至近の魔力に反応した。金色の光が彼女を包む。



 ◇ ◇ ◇



 左脚に白で電光の紋章。右脚に黒で雷轟の術式。閃光は縦横無尽に天地を駆ける。追いきれぬ残像は黄金の光幕と化し、靡く金糸は稲妻の形に固定する。

 全身に綺羅星を散りばめ、白金の大星を頭部に冠する。優美なる雷電に射貫けぬものはなく。彼女の輝きから逃れる術もない。


 その一閃は世界の黎明。万雷、見る者すべての魂を灼く。



 激しい光を伴うオーガスタの状態変化に、場の誰もが衝撃を受けたが、目を離すことはできなかった。あまりに魅せられる、美しい光であった。そして、最も強く驚愕していたのは彼女自身だ。


「な、なんですのこれはー!! この服装はどういうことなの、ちゃんと説明しなさい!」

「説明してほしいのはこっちの方だよ。君だね、僕の研究所から魔道具を持ち出したのは」

「はっ!! そうなのね……みなまで語らずともわかります。わたくしは、この宝玉に選ばれたのね!」

「はあ?」


 状況解明の糸口も掴めないが、オーガスタは自身の奥底からみなぎる力に気づく。同時に、近くで弁当を広げる少年たちの存在と、彼らを狙う黒い影にも。

 上流階級出身ゆえの教養と責任感は、これら事情に対して、斜め上の曲解を弾き出した。


「"黒き獣たち"の襲撃から人々を守るため、この宝玉はわたくしに力を与えてくださったんだわ! いいでしょう。高貴なる者には、無辜の民を守る責務があります! 戦ってあげてもよろしくてよ!!」


「ええ……何言ってるんだい。そのぎょくは僕が買ってきたものだし、力だって魔道具に搭載した雷撃の魔法だよ?」

「いいえ! わたくしは、まずこの町の救世主となって、ゆくゆくは国を救い……家名の復活を目指すのです!!」


 目的が定まればあとは成すのみ。オーガスタは栄光への第一歩を踏み出した。

 勇ましい足取りには雷撃が付随し、周囲に雷害の誤認を与える。異常気象に危機をおぼえたウェザーたちは、計画を断念して、大木の下に避難した。



 攻撃範囲を確保したのち、彼女は蒼天を仰ぎ、敵の姿を求める。"鋭羽十字鴉グラアベム"は強襲を取りやめ、町の外へ出る途中だった。魔法を用い、豪速で羽ばたいたとしても、獣に逃げ場はない。


 この世に、閃光よりはやいものなど存在しないのだ。


 震撼させた大気を足場に、オーガスタは飛翔する。痕跡は落雷そのものだが真実は逆。地から天へ。

 "轟雷"の右脚は彼女を獲物の下に届け、左脚の一旋は"電光"を生み、黒き鳥を撃ち墜とす。



「ご安心なさい。わたくしがいるからには、この町は無敵も同然。そこのあなた、わたくしという救世主の登場に感謝しなさい」

「いいや。君は救世主じゃない、ただの窃盗犯だ。更生のための社会奉仕活動は当然だし……まだ倒しきれてもないじゃないか」

「なによ! とんだ無礼者ね。獣だったら今、確実に仕留めて……」


 失墜は一時的なもの。暴風を帯びていたために致命傷を免れたのだ。平衡を得たのち、"鋭羽十字鴉グラアベム"は新たな標的に、報復の嘴を向ける。

 ここには自身のほか戦士はいない。追撃せんと構えるオーガスタだったが、大技の反動で動きは鈍り、徒手空拳で応じるしかなかった。


 そんな彼女の両隣を、赤と青の少女が通り抜ける。


「私たちといっしょになっちゃったね、オーガスタさん! さっきの攻撃すごかったよ、またあとで見せてね!!」

「あの……私も、はじめたばかりですけど……これからよろしくお願いしますね」

「ちょっとおおお! ダメじゃない、あなたたち! おとなしく救世主わたくしに守られなさいよ!!」


 黒き鳥に立ち向かう三人の"魔法少女(略)"たち。制御も連携も何もないが、各色の魔法が公園に飛び交い、獣の敗北は時間の問題となった。

 いっそうかしましくなるカーレル・シズネ町の命運に、博士は肩をすくめ、ため息をつくことしかできない。

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