絵本の冒険仲間
またも衝撃を受け、壁が軋む音に、子どもたちは悲鳴をあげた。
鮮やかに飛び交う少女たちが見えた窓は、霧の侵入を防ぐため、すべて板で塞がれていた。少女騎士たちの活躍は今や、壁の隙間からちらつく彩光でのみ確認できる。
「だ、だっ、大丈夫だからね、みんな。少女騎士さまたちは、すぐそばにいるからね。なんにも、こわいことなんてないからね……」
子どもたちが避難している教室では、下級生担任のサマンサが中心となって皆をなだめている。新人教師がどもりながらも果敢に対処しているが、子ども心はどうしても暗闇に不安を見出してしまう。
ひとりでも泣き叫べば全体に伝播する。そうなれば、大人たちの士気も下がることだろう。
「……そこの三人組、戻れ」
外の情報収集をと、教室を抜け出しかけた悪童たち。ウェザー、ラリィ、エリュンストの三人を目ざとく呼び止めたのは、カーレル側の子供たち代表、教会図書館のクィンだった。
「蛮勇は害悪にしかならないと、過去に言ってやったはずだ。いくらおまえたちでも、この事態にできることはない」
「んだよ、てめー。俺たちの邪魔するってのか?」
「わからないのか? 子どもがうろつくこと自体が、前線で戦う者たちの負担となる。あるべき場所で大切に守られているという事実が、彼らを戦いに集中させるのだ。その前提を崩すことによる不利益に、思い至らぬ訳ではあるまいな?」
食い下がろうとするラリィを、ウェザーは抑えた。
「なら、あんたならどうするというんだ、クィン? ここで皆の心がバケモノを想像し、勝手に怯えはじめるのを見ていろというのか?」
「俺たちはもう、誰の胸にもバケモノなんかを生み出させない。今から、もっと美しいものを創造してやろう……彼女の"絵本読み聞かせ会"は、そのために始めたのだ」
ちょうど準備が整った、とクィンは言い、その場の注目を集めるように、軽く手を上げて歩く。
彼が進んでいくにつれ、ざわめきの波が静まっていく。蝋燭の光も届かない片隅にて、ひとりの少女の手を取った。
「また、物語を"視た"のだな、リーネちゃん?」
「うん! さぁ、よいこのみんなあつまれ〜!! 今から私が、楽しいおはなしをしてあげるよぉ〜!」
「うおおおおおおおおおお!!」
リーネが呼びかけた途端に、狂喜乱舞するカーレルの子どもたち。ついていけない者たちも押し流す勢いで殺到する。熱狂はあるが、クィンによく訓練されているようで、彼の指示でピタリと黙った。
この世界には、些細な事象から運命の欠片を垣間見る、預言者、占い師といった者たちが存在する。リーネもまた、そのような異能を持つ”真実の語り部たち”のひとり。丸眼鏡の奥の瞳は、過去の光景を見つめている。
今から彼女が語るのは、いずれ楽しい絵本となる物語。
子どもたちのいるすぐそば……校舎の外にて起こった、数秒前の出来事である。
◇ ◇ ◇
見渡す限りの白、霧は濃さを増すばかり。松明を高く掲げても、建物の影ひとつ見つけられない。
まるで世界が消え去ってしまったかのような孤独感。避難場所を守るため、勇敢に立ち上がった者たちだが、超常の脅威に対して、どうしても恐れを拭えない。
少女騎士たちが来てくれて本当によかったと、自警団員たちは痛感する。もし彼女たちがいなければ、恐れのあまり狂騒に走っていた。集落の全滅もありえたことだろう。
しかし、頼りの少女たちの現状だが……
「はあ、はあ……”あ、赤玉百七号”。”百八、号”……」
「ううっ。霧を吹き飛ばすの、きりがないっす。いやまじで、冗談とかじゃなくて!」
「連続しての魔力行使は……さすがに、きついです……」
籠城戦の主力である"魔法少女(略)"たちは、霧を払うため、休みなく魔法を放ち続けていた。包み込むように迫る脅威に死角はなく、彼女らは校舎の全方面を守護しなければならない。
防衛の難易度以上に、とある事実が皆の神経を削る。フロスト町長らの手によって、小規模ながら”獣除けの陣”が発現しているが、それで安全が確約されたわけではなかった。
この結界は、霧を完全に防ぐことができない。時間はかかるものの、霧は陣の効果すらも侵食し、消すことができる。
陣の中にこもって、朝を待つという手段はとれない。いつか終わりが来ることを信じ、霧を結界に触れさせないように立ち回るしかなかった。
失敗の許されない現実、町の未来を背負う重圧は、少女たちから余裕を奪う。気力、体力も朝まで持つかはわからない。
「でもっ! 私、ぜったいに、あきらめないから!!」
もう何発目かもわからない火球を放つエイプル。
「がんばれみんな! 私もがんばる! この町は新しくなったばかりなんだから! ここからみんなの未来がはじまっていくんだから!! 霧の魔法で、全部なかったことになんかさせない! 私たちはここを乗り越えて、すてきな明日を迎えるの!!」
その声が全員を鼓舞し、心を折れさせない。煌々と輝くエイプルの存在こそ、仰ぎ見る者たちの希望だ。
焦がれるほど待ち遠しい、太陽の光。小さくも、よく似た炎が照らした果て……ついに、白以外の色が見えた。
「おい、なんだよこの振れ!? 霧の次は地震か?」
「向こうに黒い山みたいなものが見えたぞ!! はあ!? こっちへやってくる!!」
「……気のせいだろうか。ひつじの鳴き声が聞こえるんだが」
「めえええぇえええぇええええぇ!!!!」
纏っていた瓦礫を盾にし、霧の層を突っ切って移動する巨獣。拠点前に到着した時、黒い小山は崩れ去り、その全貌が露わになった。
「ひつじだ! 瓦礫の中から、ばかでかいひつじが出てきたぞ!!」
見上げるばかりの巨体は、空気を含んだもこもこの羊毛でできていた。唖然とする一同を睥睨する獣の名は"重綿山白羊"、毛刈りを嫌がって逃走したひつじの究極形態である。そして、白い体毛の中から、何匹もの獣が姿を現した。
一斉に飛び立つ”鋭羽十字鴉”の群れは、翼で風を巻き起こし、霧を斬るように飛ぶ。その豪速でもって、他の獣や魔法少女(略)たち、自警団員のために道を切り開いていく。
さらに、群れの先頭を往く長の背には、赤縞柄のリスが乗っている。”狙撃栗鼠”という識別名のとおり、きのみを射出する魔法を使う獣だが、どういうわけか撃った弾は爆裂して、霧を吹き飛ばしていく。
みゃーん、と聞き覚えのある鳴き声に、足元へ目線をやったメイ。彼女に飛びつき、肩まで登ってきたのは” 流体猫”の子どもだ。メイの頬へ、ゼリー状の体をプルプルと擦り付ける。
自らを水と化し、周囲の水を呼び寄せ纏うのが、液体猫の魔法。子どもの力では上手く扱えない。ただし……
「 にゃあああぁご 」
凄みある一声で、周囲の霧がごっそりと削れた。子と違い、親猫の魔法は群を抜いて強力であった。恐ろしい抹消の白霞ですら、ただの水同然に扱い、ゼリー状の身の内へ凝固させる。奪った水の分だけ大きくなった獣は、メイを背に乗せ、しなやかに移動する。
「うっひょおおおおお!! 地下大深林のみんな、わたしたちに力を貸してくれるんすね!! めっちゃ燃えてきたうおおお!」
「めめぇッ!!」
「うわっ、” 重綿山白羊”!! なんか今、”黙れ!!”って怒られた気がするっす」
獣にたしなめられ、しゅんとするジュディを傍目に、巨体を持つひつじは、体毛を巻き取りはじめた。きつく編み上げることにより、獣の体躯はかなり圧縮され、身軽に動ける。
すべてを収納し切る前に、その一部を分断する。それは、毛糸玉の形になって、ジュディの前に転がった。
「は? はっ? えっ、なんぞ!? も、もしやこれ、わたしに譲ってくれるんすか……!?」
「めえッ!! めめめえめぇ!!」
”使え! 二度も言わすな!”、今度はこのように言われたと、ジュディは感じた。
あの巨躯を一目見た時から、尋常ではないもこもこだと見抜いていた。ブラシをかけたいとずっと思っていた。あわよくば毛の一筋でも手に入れたいと渇望していた。なぜならーー
「ふ、ふふふっ。うひゃひゃはははは! やっぱり思った通りっす! この毛糸は"さいきょーの武器"になる!!」
ただひとり、その価値に気づき、力を扱える人物として、羊は至宝の一部をジュディに託したのだ。認められた喜びに震えつつ、最高の仕事で応えようと、彼女は毛糸玉に風を流す。
「風編み”毛糸剣”、抜刀……!!」
風魔法によって編み上げられる、ジュディにしか使えない大剣。獣によって長年鍛え上げられた糸は、どんな鋼鉄にも負けないほど硬く、滑らかで美しい。
魔力の伝導にも優れている。ジュディの風を極限まで圧縮させ、一振りで真空波を放つ程度には。
変異したとしても、戦いが得意とは限らない。一部の獣たちは霧の魔法から逃れ、避難するためにやってきていた。
うさぎの兄妹が変異した"茶毛綿玉兎"と"白毛綿玉兎"、眠りの魔法を持つ鼫"必眠鼯毛布"などの力では、防衛の助けになれない。校舎の前で身を寄せ合い、扉が開くのを待っている。
「どうやら害意はないようじゃが、ここは人の聖域。獣を入れるわけには……」
「いえ、どうか彼らも守ってあげてください、フロスト町長。人を襲うことはないと、僕が保証します! 今後の獣対策のためにも、これは必要なことなんです!」
獣を排除するための結界に、獣を招き入れては意味がない。しかし、フロストの懐にいるぬいはかせは、この不可解な行動を強く勧めてくる。
即、却下すべき案だが、フロストはこの不死者の態度に、同じ研究者として感じ取るものがあった。
強いひらめきを受けたような興奮と、それを実践したいという熱意が、布と綿でできた機体から流れ込んでくる。
「……あいわかった! 存在は異なれど、私たちは目的を等しくする研究の輩。ここはあなたを信じよう! じゃが、あとで納得できる理由を聞かせてもらおうぞ!」
「もちろん。成立したての理論を、思う存分解説しますよ。僕たちに足りなかったのは、まさに"こういう視点"だったんです」
思いがけない勢力からの増援に、住民たちは驚くばかりだった。獣たちは町襲撃の前科があるものの、人々への敵意なく、協力してくれる。
戦力として充分と判断し、自警団長のオリバーは仲間へ、"獣除けの陣"内部への撤収を呼びかけた。
「要塞としての施工は完了した! あとは、騎士のお嬢さんたちに任せよう。陣の中で支援するぞ!!」
「えっ、いいんですかオリバーさん!? なんか、俺たちも外で戦った方が……」
「馬鹿おまえ、これ以上は足手まといになるぞ。これからは実力のあるやつらが、存分に戦った方がいいんだ。見ろ、またも英雄様の到着だ!!」
援軍の最後を飾るのは、雷光と疾風を駆る一騎。
「待たせたわね!!」
霧の層をぶち抜いて現れた"嵐纏馬"とオーガスタは、この夜一番の歓声を持って迎えられた。
「わたくしが来るまで、よく持ちこたえてくれたわ! もう安心なさい!! わたくしは風疾号と力を合わせて戦うことにしたの! これでもう百人力よ、勝てない敵などあるはずも……」
「やったあ! オーガスタちゃんも来てくれたんだね!!」
「ご無事でよかったあああああ! あっ、わたしたちも獣のみなさんと組むことになったっす! いいでしょこの剣!! "重綿山白羊"の毛糸でできてるんすよ!!」
「私のところには、ねこちゃんたちが来てくれました……オーガスタさんも、いっしょにがんばりましょうね!」
「ちょっとおおおお!! かっこよく助けに来たのは、わたくしだけじゃないのおおお!?」
悔しがるオーガスタのそばを、銀色の影が駆け抜けていく。
豊満な毛並みを自信たっぷりにそよがせ、ついに現れた"激走透過狸"は、エイプルの前で立ち止まった。
彼女は満面の笑みを浮かべ、おいで! と手を広げてみせる。
「あはははっ! あなたがみんなを連れて来てくれたんだよね。ありがとう! とっても心強いよ!!」
当然である、と言いたげに胸を張る"銀たぬき"。ふくよかでまるまるしい姿から想像つかないほど、驚異的な魔法を扱う。
好奇心旺盛な性格で、心躍るがまま世界を旅してきた彼。ある"真実の語り部"の下へ、幻視としてたびたび登場し、彼女の描く絵本の主人公をも務めていた。
今もまた、リーネは銀たぬきたちの物語を"視て"いる。大衆の前で語るのは、数秒前に起こった過去の真実。優しい言葉で紡ぐ情景、登場動物の言動はすべて、本当にあった出来事を言い当てている。
「銀たぬきは、仲間たちに呼びかけました……"霧からは逃げられないが、立ち向かうことならできる! ワガハイたちを打ち負かした、あの少女たちと共に戦おう。力を合わせれば、切り抜けられぬ困難はない!!"」
そうして、"激走透過狸"たちは移動を開始した。彼の"すり抜け"の魔法を使って仲間を守り、無事に霧を越えてくることができた。
戦える獣は、特に相性のいい"魔法少女(略)"と組んで、拠点防衛を支援する。そのほかの仲間にも、この町を守るための、重要な役割がある。
「……最後に銀たぬきは、赤色の少女騎士さまのお手伝いをすることにしました。肩によじ登り、まっすぐ目を合わせて、言いました」
"少女よ、胸に希望を抱きたまえ"
新たに同盟を結んだ、ひとりと一匹。
交わした視線から、互いの情熱が流れ込む。刺激ある旅や自由を愛する心と、この町を、大切な者を守る慈愛……ふたりは手を取り合い、新たな夜明けへの一歩を踏み出す。
"冒険はまだ終わらぬ!!"
◇ ◇ ◇
ついに"魔法少女(略)"全員が集い、絆を通じた"黒き獣たち"とともに、無明の霧に立ち向かう。
約束の朝にはまだ早いが、この光景に立ち会った者たちは、すでに勝利を確信していた。
四人の少女と魔法を使う動物たちが共闘を繰り広げる。それぞれが圧倒的な力を持つが、その戦いに荒々しさはなく、人知を越える魔法も荘厳というより、どこか可憐さがあった。
誰しもが、幼い日に夢見た英雄の活躍によく似ている。
……そう、まるで絵本のような。
戦況は人の手を離れ、上位者たちの闘争へ移る。強力な助っ人を得たこと、元々の標的である獣たちが前線に現れたことからか、"抹消の白霞"は攻撃の手を強めた。巻き添えを避けるため、自警団員は校舎の中へ撤退し、他の住民と同じく、"獣除けの陣"維持に努めてもらう。
オータムにとっては、彼ら獣こそが倒すべき標的。攻勢を増して広がる魔法だが、"流体猫"の水源を得たメイと、"毛糸剣"を振るうジュディによる、風雲怒涛の活躍で押さえ込まれている。
二人で霧全体を押し留めつつ、オーガスタとエイプルは、さらにその先へ斬り込む。
"嵐纏馬"の暴風にオーガスタの雷霆を重ね、霧の層を吹き散らす。広範囲に放射する稲妻は、再びの侵攻を許さない。
エイプルと組んだ"激走透過狸"に、直接攻撃の魔法はない。しかし、彼はほぼすべての事象を"回避"できる。そばにいるだけで抹消も、力を削ぐ効果も受けない。
ゆえに大胆にも霧中に踏み入り、花火魔法で周囲を照らし、霧を晴らしていく。
「おほほほ!! 足掻こうったって無駄よ! このまま朝まで完封すれば、わたくしたちの勝ちなんだから! ざまあみなさい!!」
「でも……本当に、これでいいのかな?」
「こんな時に何言ってるのよエイプル!」
「オータム先生を閉め出したって、何も変わらないよ。このまま勝っても、先生は別の場所を削りに行っちゃう。この町は、後回しになるだけだよ」
「……っ! だからって、ほかに方法があって? あんなに揺るぎない意志を、どうやったら砕くことができるというの!?」
オーガスタの反論に、エイプルは口ごもるしかなかった。このまま朝を迎え、オータムを撃退すれば、町は救われる。けれど……
「それでも私は、先生を止めたい」
誰よりも未来を憂うがゆえに、このような行為に至った彼。目の前で散っていった命、傷つけた命を思えば、侵攻の手を緩めることができない。
オータムが背負う非業、それにより得た宿願を、否定する権利などエイプルにはない。
ただ、聞いてほしい。拳や魔法でなく、言葉を交わして分かり合いたい。そうすれば、見つけ出せるはずなのだ。
人も、獣も、不死者でさえも……この町で"世界を救う方法"を探しているのだから。
「ああ。いっしょに彼を止めよう」
白の人影が揺らめく。不死者"博士"の到来だ。白衣でも隠し切れない、壊れた身体そのままにやってきた。
歩ける状態ではないはずだが、なぜだかいつも通りに話して動く。欠けた部分も散見するが、淡い白色の光で補っているように見えた。
「博士!?」
「ど、どうやって、動いているんですか……? それも、新しい器では、ないみたいですが……」
「見ての通り、壊れかけなのは変わらないよ。本来なら立つこともできない状態だ。でもね、町のみんなに助けてもらって、ここまで来たんだ」
そう言って博士は、背後の学舎を指す。
「住民たちだけの力で張ってもらった結界。その維持のための魔力をもらって、この体を動かしているんだ。糸で吊られたあやつり人形みたいにね」
ほとんどの機能を失いながらも、変わらぬ微笑みをもって少女たちを見つめる博士。普段は自身の魔力を町に注ぎ、獣除けの陣を維持してきた。今は逆に、守るべきものたちの力を貸りて、少女たちの元へ駆けつけた。
逆の立場になっちゃったねと、彼は苦笑する。
やはり彼は"不滅の人形"。みんなの魔力によって、砕けることなく動き、何度でも自分たちを助けてくれる。こんなにも頼りになる存在は、他にない。
「博士っ! はかせ、よかったああ! 本当によかったよおおお!! ううっ、来てくれてありがとう!!」
「そうやって動けるんなら、もっと早く来なさいよっ!! ちょっと待って……町の人の魔力だけじゃ、学校守るので限界なのに、あなたに回す分があったっていうの? まだ隠してることがあるんじゃない!?」
「そうなの!? ねえ、オーガスタちゃんの言ったことって本当……? 博士、また無理したり、自分を犠牲にしてるんじゃないの!?」
「エイプルさん……どうか、落ち着いてください。博士につかみかかるのは、ちょっと……」
「あああああわかったッ!! 博士! 町のみんなの魔力ってのは、この子たちのも入ってるってことすか!?」
両の手をぶんぶん振るジュディ。天地構わず指し示す方にあるのは、いずれも"獣たち"だ。
「正解だよ。彼らは加勢してくれたのと同時に、その魔力も僕に委ねてくれた。すごいことなんだよ、これは! 自分の生命全部を任せてもいいってくらいの信頼……君たちの心優しい判断が成した奇跡だ」
世界を混乱に陥れた黒き獣たち。彼らの魔力を、守りの力に変えられたら、強固になるのも頷ける。現に町の結界は盤石なまま、不死者の体を操作する余力まである。
「とくに君、仲間たちを説得してくれたんだよね? 君からの申し出がなければ、この町の命運は危うかった。どうもありがとう! 働きには必ず報いるよ」
博士が礼を言うのはエイプル……の肩に乗った"激走透過狸"である。
「うん! 本当に、ありがとう……フォークスさんの時みたいに、私たちを信じてくれて。でも重いから、頭に乗るのはやめてね」
「さて、みんな。真の意味でオータム先生を止めたいなら、この霧を越えて、僕たちはもう一度会って話す必要がある。話し合いの場は僕が作ろう」
「でも博士は……探知機能を先生に奪われたんですよね? どうやって、位置を特定するんですか……?」
「わからないことは聞けばいいんだよ、メイくん。さあ、冒険仲間のみんな、教えてほしい!! この霧の主はどこにいるのかい?」
全知を求める不死者は、獣たちに教えを乞うた。魔力によって町と繋がる博士だからこそ、言葉に依らず、獣たちと意思を通じ合える。
同盟仲間は問いに呼応し、的確な答えを返してくれた。
その瞬間、少女たちは息を呑んだ。
すべての獣たちが、同じ一点を見つめていた。オータムの居場所など、彼らはとうにわかっていたのだ。強敵、高威力の魔法を探知する能力は、人より獣の方が遥かに優れている。
彼方に向け、ジュディは毛糸剣を振り下ろす。
剣風が霧を裂き、拓いた道は恩師に続く。一同は建物の屋根に、純白の人影を見た。
「!!」
数時間ぶりに会ったオータムの表情には、驚愕と焦りと、哀しみがあった。
道が閉ざされる前に、エイプルは爆風とともに飛んだ。
彼に伝えたいことは山ほどある。待ってほしい、もう一度話をさせてほしい。まだ、どこにも行かないでほしい……
しかし、どの言葉も恩師に届くことはなかった。瞑目するオータムの姿が、外套の端から霧と化したように崩れていく。輪郭すら溶け落ちて、エイプルの手は空を掴んだ。
「気をつけて! オータム先生は霧の魔法と同化した! 霧のある範囲にならどこにでも存在する。みんな、固まって防御の陣形になるんだ。獣たちを守ってあげて!!」
オータムと混ざり合った獣、"霧消白蛇"は霧の体を持つ蛇だった。本体を霧と化し、際限なく獲物を飲み込んだ。
その魔法を引き継いだ彼も、同様の性質を得ていた。
「うわわ、わわ! 明らかに霧の動きが違うっすよ!! 意思持ってる感じするっす!!」
「つまり……この霧自体が、オータム先生なんですか……?」
「そうだよ、メイくん。霧を出して操るより、この方がずっと確実で速いけれど……オータム先生、獣の抹消を押し通すためなら、人としての姿すら捨てるというのか」
攻勢から一転、うねり狂う白霧は的確に獣たちを追い、前線は結界付近まで押し返された。少女たちは獣を庇いつつ退避し、遠距離魔法のみで場を凌ぐ。
博士の判断は早かったが、ある一匹の獣は安全地帯から、離れた場所にいた。
「"影狼"!! 早くこっちへ!」
次々に飲み込まれる狼の群れ。狼の幻影を出す獣は、分身の群れを作り、霧に追わせて誘導していた。しかし、意思持つ霧は、獣の想定より機敏に動く。
ついに先頭を走る一匹、本体である子犬の背に、オータムの裁きが迫る。エイプルが必死に駆けるも間に合わない。
足りないあと一歩を、肩の上の獣が補った。勢いよく飛び出した銀たぬきは、跳躍する過程で、エイプルを振り返った。
一瞬だけ合った獣の目は、消失への嘆きもなく、恐怖も後悔の色もない。足取りも堂々としたものだ、いつものように。
いつも、リーネの絵本で見てきたような、冒険を夢見る瞳だった。
その目をしたまま、影狼のもとへ行き……二匹は霧に呑まれて消えた。
「エイプル!! 早く戻って!」
「…………」
「っ、あなたの気持ちはわかるわ! でも、あの獣たちのことは諦めなさい。ひどいと思うかもしれないけれど、切り替えていくしかないの」
呆然としたようなエイプルを叱咤し、オーガスタは動かぬ彼女に焦れ、その腕を引いて走った。
誰よりも心優しいエイプルが、目の前で守るべきものを失ったのだ。言葉を失くすほど、動揺するのも無理はないと、オーガスタは思った。
「……そっか」
しかし、エイプルの思考は別のところにあった。
「そういうやり方が、あるんだ……」




