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不機嫌な転入生は元お嬢様!?

 週に二度行われる朝市は、新住民の追加もあってか、以前より活気があるよう見えた。

 エイプルは父と歩きながら、慣れ親しんだ催しを新鮮な気持ちで眺める。時々出店に駆け寄りたくなるのをぐっと抑え、家の用件に付き添った。


「"カーレル"からいっぱい移り住んできたから、やっぱり朝市も人が増えたね。向こうの町はここより大きかったのかな」


「そうとは限らない。合併計画が始まったとき、外部からの移住者も募ったんだ。まったく別の場所から来た人もいる。エイプルの友達の、メイって子もそうだ。あの子は、ミモザさんちの養女として引き取られたしな」


「えっ!? メイちゃん、ミモザさんたちと暮らしてるの?」


 エイプルは驚きのあまり叫んだ。その反応は大きく、道行く者が数人振り返るほどだ。


 町のことで慌ただしかったのもあるが、メイの家に関する話はまったく耳に入っていなかった。

 なにより、その家の"一人息子"と会う機会もよくあったのに、彼がメイのことを一切話さなかったのも疑問に思った。


「じゃあ、メイちゃんは"ラリィ"のお姉ちゃんってこと!? 聞いてないよー!」

「なんだ、知らなかったのか? まあ確かに急な話ではあったが……」


 父のオリバーも困惑して話す。大工として、多くの家と関わりのある彼だが、個々の事情までは立ち入れない。


「いろいろ理由があるにしても、みんな平和で安全な場所を求めてやってきたんだ。町を支える俺たちは、その期待に応えないとな。だから、今から来る一家も明るく迎えよう」

「うん!」


 親子は町の入り口まで歩いて待つ。オリバーの用事とは、町の合併から数日遅れで移住を決めた、とある家族の出迎えと、新居への案内。

 同じ年頃の女の子がいると聞き、エイプルは喜んで同行したのだ。



 人の目は朝市に向き、町の門周辺は人通りもなく静かなもの。親子が見守るなか、新しい住民を乗せた馬車は、ひっそりと町に訪れた。

 御者がうやうやしく扉を開くと、初老の男性が降りてきた。


「貴方がオリバーさんですか?」

「そうです。そしてこっちは娘のエイプル」

「こんにちは! ようこそ、カーレル・シズネ町へ!」


 これはこれは元気のいいお子さんで、と男性は柔和に微笑み、背後へ声をかけた。


「降りなさい、オーガスタ。皆さんにご挨拶をしなさい。さあ、新しい家に行こう」


「いやですわ!!」


 大気を裂く拒絶の声に、親子は肩を跳ねさせた。男性はさっと顔を曇らせる。

 この悲嘆は若い少女のもの。エイプルと同じ年頃だという、彼の娘が発したものだ。


「すぐに首都へ戻りましょう、お父様。こんな田舎町、誰が住むものですか!」



 ◇ ◇ ◇



「授業の前に、新しい生徒の紹介を……あっ、待ちなさいオーガスタ! どこへ行くんだ!? 今日から学校に通うって、納得したはずじゃないか」


 教室の前に立つやいなや踵を返す少女。教師のオータムは素早く引き止め、なんとか入室させた。


 その姿を見た生徒たちは、まず彼女の麗しさに息を飲む。町で育った者にはない、高貴さというものが少女には満ちていた。

 黄味がかった長髪は豊穣に実った麦穂のよう。相貌も美しく整い、どのような立ち振る舞いも優美を約束されている。人目を集めて離さない容姿であるも、彼女は現状のすべてに怒り、不機嫌な表情を向けていた。


「理解してくれ。俺たちは同じ町に住む仲間だ、そうだろ?」

「いいえ! わたくしは認めませんわ! これは陰謀よ、お父様は貶められたの。じき疑いが晴れて、もとの役職に復帰するわ。だから、ここにいる理由なんてありません!」

「現状を受け入れてくれ、オーガスタ。君のお父さんは、すでにその職を辞して……」


 黙りなさい、と少女は一喝し、唖然とする一同を睥睨して語る。


「気安く話しかけないでちょうだい。わたくしはオーガスタ! この国――エドラサルム=ジ・エラの、最高議長の娘なのよ!?」


 それだけ怒鳴ると少女は去った。オータムは追いかけるも、授業のため途中で断念し、同僚に送迎をお願いした。


「……エイプルがさっき話してくれたとおり、すごい子だったねぇ」

「ここまで案内したときは、ちゃんと着いてきてくれたんだけどな。それにしても、あの子のお父さんって、そんなにすごい人なの? 議長さんやってたって?」

「あ、はい……暗殺対象としても、よく名前が挙がってました。私も、一族郎党の顔は、覚えましたから……間違いありません」


 メイの発言は教室内の雑談に巻き込まれ、リーネとエイプル以外には届かなかった。

 生徒たちは華やかな姿のオーガスタに浮足立ち、彼女を知ろうと情報を求め、あちこちで噂話が展開する。話し声はオータムが戻ってもすぐには止まなかった。


「みんな静かに! 紹介は後日にするとして、授業を始めよう。昨日の歴史講話の続きから……エイプル! 教本の議会成立の章を読み上げてくれ」


「わわっ、はいオータム先生! えっと……"隣国ルトワヘルムとの大戦後、王政は廃され、民衆主導の議会制へと移行しました……」




 政治体制が変わり、王侯貴族などの特権階級が撤廃されても、数百年経れば平等は傾くもの。エイプルたちの住む国、エドラサルム=ジ・エラ――通称エドラも、権力の集中に合わせて、国民に階級差、身分差が生じている。


 オーガスタもまた、議員の娘として多くの恩恵を受け、育った者の一人である。だが栄光の日々は過去の話。父親が政界から追放された今、ただの少女として町をさまよう。


「くだらないわ……学校も、町も、あの家も! なにが新しい仲間よ!! あの人たちも今頃、わたくしを馬鹿にしてるんだわ!」


 教員たちの手を脱し、現実のすべてに呪詛を吐きながら歩く。一族の零落から現在に至るまで、彼女は多くの裏切りを味わい、友人も残らず去っていった。最後まで自身の味方をしてくれたメイドにも、暇を出さざる得なかった。


「負けてたまるものですか! わたくしは絶対に諦めたりしない! 地位を奪還して、首都に返り咲いてやるわ!!」


 多くを無くしてもオーガスタはいまだ絶望していない。生来の負けん気の強さは彼女を支え、同時に周囲へ威嚇の牙を剥く。

 まずはお父様に奮起してもらわないと……そう呟いたとき、運良く前方に当該人物の姿を見た。


 父は白衣を着た男性と話している。町の知り合いか。どこにでもいそうな凡庸な顔立ちだが、純白の服と髪のせいで、町の背景から浮いているよう、オーガスタは感じた。

 なんにせよ庶民に違いはないと、恐れなく近づいた矢先、驚愕の会話を耳にした。


「こんな短期間で、土地と家を提供していただけるとは……まさに感謝の極み。博士殿には大恩ができましたな」


「とんでもない。こんな時勢だからこそ、お互いが助け合うのは当然です。しかし……本当にあの宝玉を頂いてもよかったのですか? あれは、あなたの家が大事にしていたという、貴重な財産では?」


「構いませんよ。どのみち手放す予定でしたが、博士殿の研究の一助となれれば嬉しいものです」


 オーガスタは激しい衝撃を受けた。人目がなければこの場でへたり込んでいたところだ。

 父は軽く言ったが、手放した宝玉というのは、古くから一族に伝わる家宝に相違ない。それを住居を得る対価として、白衣の男に支払ったというのだ。


「許せない。あれはわたくしが継ぐはずだった至宝なのよ! 早く取り返さなくちゃ……」


 怒りに身を震わせつつ、オーガスタは白衣の男の住居を探し始める。一刻も早く家宝を手にして、父親に一族の誇りを思い出させなければならない。無くしたものは、残らず奪還すると、誓ったばかりなのだ。


 栄光に固執する少女の頭上にて、黒き鳥が旋回する。

 これは吉兆か、凶兆か……いずれにせよ、彼女の運命はこの町で大きく変わっていく。



 ◇ ◇ ◇



 下校途中、ふと友達の影が消えたのに気づき、エイプルは足を止める。遅れてリーネも異変を察した。

 メイは青空を仰いでいた。初めて出会った時と同じ姿勢だ。お空が好きなのかな、とエイプルは思うも、たくさんある彼女への質問は、またの機会にとっておくことにした。


 現在、彼女たちはオーガスタを探していた。刺々しい態度を取られても、仲良くなりたいと思うのは、優しく好奇心旺盛な少女たちにとって自然なことだ。


「もうメイちゃんたら、そんなに見上げたって、オーガスタさんはお空にいないよぅ。きっとおうちにいるんだって。本当に高慢な人なら、没落した事実だけで、自害寸前まで思い悩むものだからねぇ」


「そうだよ! 私、今朝お父さんといっしょに案内したばかりだから、道知ってるよ!」


「あ……ごめんなさい。進行の邪魔をして……でも私、あの"鳥さん"がどうしても気になって……」

「鳥?」


 メイの指す方を見れば、春の空に一羽の黒い鳥が舞っていた。悠然と飛ぶ光景に不審な点はない。しかし、元暗殺者の少女は、この鳥がずっと同じ軌道を描いているのだと指摘した。


「あれ、もしかして"獣"かな? 町の食べ物を狙ってるのかも」

「だったら大人に知らせて、警鐘を鳴らしてもらおうよぅ! 自警団の人に来るよう頼も……ぉ?」


 話している途中に、鳥は大きく翼を広げて、忽然と姿を消した。

 それを見たメイは青ざめ、小さく悲鳴を漏らす。



「ごめんなさいっ! 私……あの鳥さんに、殺気飛ばしちゃいました……!!」


「えっ?」

「リーネちゃん、危ない! 伏せて!!」


 魔道具を展開する余裕もなかった。応戦の構えを取る間もなく、少女たちを黒い旋風が襲う。



 "黒き獣たち"は人間を恐れない。魔法という力を宿した彼らにとって、人など障害物程度の存在に過ぎない。

 ただ、打倒したときの報酬は大きい。同じ動物を狩るより実入りがいいと、獣たちは学びつつあった。


 強襲する翼と嘴は鋭く、逆巻く風すら暴力的だった。

 黒き鳥は推進する。殺気に当てられ、怯えて逃げるのではなく、死に物狂いで脅威を排除することを選んだのだ。



 衝撃は、地に波紋を刻むほど強力ではあったが、邂逅は一瞬。


 ありとあらゆる物が地に転がるなか、メイはただひとり立ち尽くし、手にした黒い羽を握りしめる。




「エイプルさん! リーネさん! 大丈夫ですか!? ……け、怪我はないですか!?」


「うん、私は平気だけど……リーネちゃん、大丈夫?立てる?」

「ふえぇぇ……獣、もういないよねぇ?」

「はい。鳥さんは、向こうに飛んでいきました」

「早く町の人に知らせないと! あんなのがまた来たらたいへんだよ!」



「その必要はないぜ、エイプルねーちゃん」


 散らかった道を颯爽と歩く少年たち。カーレル・シズネ町が誇る悪童三人組だ。

 ウェザーは周囲の惨状も涼しい顔で流し、隣にラリィ、エリュンストを従え、エイプルたちを見上げて笑う。



「俺たちは、すでにあの"獣"の餌付けに成功している」

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